第49話 成果の小径を通れ
まるで赤ずきんちゃんが緑のずきんをかぶっているような、昭和の香り漂うレトロなキャラクター「みどりちゃん」。
そのみどりちゃんの人気が再燃している。
SNS上でインフルエンサーの女性が「ふるキャラ」という言葉を使い始め、全国のさまざまなレトロ感漂うキャラクターの紹介をしていて人気を博している。
その中でなんとダントツ人気になっているのがみどり食品のみどりちゃんだ。
白河課長にかかってきた「お弁当の中にみどりちゃんのイラストカードが昔は入っていたのに今は入っていないから復活してほしい」という電話だったり、黒沢課長が取った「みどりちゃんグッズはよりどりぐりーんで販売していますか」という電話だったり、ささやかな兆しからそれは始まり、いまでは驚くほどたくさんの問い合わせが毎日のようにある。
みどり食品中央センターの二階事務所では、清野マリアが本日何度目かの叫び声をあげていた。
「いったああああい! ふえーん、また紙で指切ったー」
作業テーブルの横を通りかかった氷川主任が心配そうにマリアの手元をのぞきこむ。
「大丈夫ですか? このような作業をするときはなにか手袋をしたほうがいいのではないですか?」
マリアは手をひらひらさせて笑った。
「だいじょぶ、だいじょぶ。ほら、この爪でダンボール開封してるから、手袋するわけにいかないんですよー」
小田桐このはも近づいてくる。
「マリアさん、お手伝いしますよ。カッターとかはさみとか持ってきました」
氷川主任がこのはに加勢する。
「そうですよ、マリアさん。このはさんがいうようにカッターを使ってください。前々から思っていましたけれど、マリアさんの爪長すぎませんか」
マリアは口を尖らせて氷川主任に言い返す。
「これは……、この爪は……、私のこだわりなの!」
氷川主任の表情が少し緩んだ。
「そうでしたか……。気をつけてくださいね。割れるんじゃないかといつも心配です。このはさんはこんなに短く切っているのに」
このはは、はっと驚いたような顔をして恥じらった。
「あ、私は楽器をやるので……」
氷川主任が優しい顔で話しかける。
「ヴァイオリンでしたか。前にちらりと言っていましたね」
のんびりした会話のリズムにマリアがいらついて言う。
「これぜんぶ今週中にやっちゃいたいんです。まずは今日は検品だけでも。手が空いているなら手伝ってください!」
かくして三人での流れ作業となった。
氷川主任がカッターで開封、梱包材をこのはが片付け、マリアが商品をあらためながら並べていく。
並べられているのは大量のみどりちゃんグッズだ。
<みどりちゃんグッズプレゼント!お客様アンケート企画>
みどり食品についてのお客様の声を集めています。
アンケートにお答えくださった方から抽選で500名様に
いまSNSで話題のみどりちゃんグッズプレゼント!
#ふるキャラ
#みどりちゃん
ほとんど休眠していたみどり食品のSNSアカウントにて、みどりちゃんグッズを全部テーブルの上に並べて撮った写真をつけて投稿したところ、予想を上回る反応があった。
白河課長と黒沢課長と一緒に、引き出しの奥にしまわれたままずっと開封されていなかった段ボールを開けてそこに大量のみどりちゃんグッズを発見した。
人形や湯呑み、巾着、タオルハンカチ、メモ用紙、下敷きなどさまざまな種類のノベルティ。数えてみると980個ほどあった。
「こんなにあったなんて……」
「1000個作ったんだろうな。ほとんど使われてねーな」
「これをプレゼントしますということにして、アンケート企画やりましょうよ! お客様がみどり食品のことをどう思っているかアンケートを取りましょう! そして抽選で500名にこれのどれかをプレゼントということにしませんか? 何かのために半分くらいは残しておいてということで……」
「いいけど、500なんて、そんなに来るかあ?」
実際、ハガキで来たもの、メールで来たものすべて合わせると、集まったアンケートは8000通を超えていた。札幌市内だけではなく、全国から集まった。
マリアはそのアンケート全てに目を通し、なるべく札幌市内在住者で実際にみどり食品の顧客となったことのありそうな人を中心に500人を選んだ。
今日はさっそく500人の人達へみどりちゃんグッズ発送をするためのグッズの検品とラッピング作業へ取り掛かろうとしていたのだ。
三人で流れ作業をしていると、カツカツという高い音が聞こえてきた。
天野碧社長だ。
最近は東京出張が続いていたが、ここ数日は社内にいる。
「おつかれさま。マリアさん、聞いたわよ。お手柄ね! みどりちゃんを使ったアンケート作戦。8000通も来たんですって?」
今日の碧社長はめずらしくパンツスタイルだ。白いブラウスと白いパンツに、チョコレート色のジャケットを羽織っている。足元にはピンク色の9cmヒール。
「あ、社長お疲れ様ですっ。はあ、今日も素敵です。チョコレート色と白ってかわいい。時計のベルトとピアスと靴がピンク。わー、白とチョコレート色とピンクって超かわいいです」
「まあ、ありがとう。ピンクはマリアさんの影響かな。マリアさんみたいに周りに優しくできるように……」
「わ! とんでもない、そんな! えーと、えーと、アンケートのこと! 黒沢課長からお聞きになったんですね。なんとか本当にうちの商品を食べてくれたっぽい属性の方とか、コメントの方とかを500人に絞りに絞って今から発送作業開始です」
「大変だったわねえ。抽選に洩れた7500人の皆さんにも何か差し上げたいわね」
「あ、それは黒沢課長がファンづくり策として何か考えるっておっしゃってました」
「ふうん」
碧社長は何か思いついたように手帳を開いてメモをし、音をたててパタンと閉じた。
「で、その500人の方からのアンケートというのは?」
「はい。これからデータ化して来週の会議にでもお配りできるようにします。このはちゃんがグラフとかつくるの得意なんで」
横で作業をしていたこのはが恥ずかしそうに碧社長に頷いて見せる。
「ちょっと見せてくれる……?」
マリアは無造作にファイルしていたアンケートの元データのプリントアウトとハガキの束を出してきて碧社長に渡した。
「まだこの状態ですけど……」
「サンキュ」
碧社長は空いている椅子に座り込むと、それを読み始めた。しばらく読みふけっている。
マリアが「もう少し読みやすいようにしてからお渡ししましょうか?」と声をかけると、碧社長は首を振った。
「いいのよ、ありがとう。未加工のものを読みたいの。そのままのものにはエネルギーがあるのよ。マリアさんはセンスがいいから素敵に二次加工してとても読みやすいものになるかもしれないけど、本人の筆跡がいいわ。読みづらいものもそのままがいいわ。この、送ってきたそのものを私たちは使いましょうよ。あ、そうだわ!」
輝かしい顔をして椅子から勢いよく立ち上がった。
「成果の小径をつくりましょう」
「小径?」
碧社長は、恋する少女のように胸に手をあてて言った。
「そうよ! この建物の二階の廊下の掲示物、古いポスターとかいったんすべてはずしましょう。あの廊下を、成果の小径にするのよ。ねえ、この500通をあの廊下にぜんぶ張り出しましょう。縮小コピーとかすればなんとかなるでしょう。私たちにとってもっとも大事なのはこの声だわ」
碧社長は大劇場のステージに立つ女優のように高らかに言った。
「成果の小径を通れ。これで私たちは目的を見失わないわ!」
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