★★エクストラルート最終話 また巡り合う日が来たのなら……


 夏休み初日、アパートで酷暑を凌いでいるとインターフォンが鳴り響く。

玄関を開けると、そこには白石がいた。

真っ白なワンピースと、麦藁帽子が良く似合っていた。


「お、おはよう!」


「よお。どうした?」


「ちょっとお話が……」


「まぁ、上がれよ。暑いだろ?」


「だ、大丈夫! すぐに済むから……」


 とは言うものの、白石は中々要件を口にしない。

今日はやけに蝉の声が煩いと思った。


「暑んだけど……」


「ご、ごめんね……あのね、その……」


「……」


「私、大学辞めることにしたの……」


「えっ……?」


「武雄やみんなには感謝してるよ。でも、やっぱりあんなことがあった後だし……」


 以前よりは落ち着いたものの、それでも未だに白石には好機の目が寄せられていた。

加えて、その原因となったのが、一部ネットでも有名な"鬼村英治"だ。

なかなか火は消えずにいるし、時折白石が辛そうな表情をしているのも見ている。

 実際、俺たちにも自分の生活があるので、四六時中白石に付き添っていることはできていなかった。


「ごめんな、力不足で……」


「ううん、全然。武雄やみんなには凄く感謝してるよ。ありがとう。みんなが居なかったら、私はこうしてここに居ないと思ってるし……」


「……」


「実は大学を辞めるのって、ずっとお母さんと相談してたことなんだ。半期が終わったら、どうしようか考えようってことになってて」


「……そっか。で、辞めてどうするんだ?」


「お母さんの生まれ故郷に帰るの。そこだったらたぶん、私のことなんて誰も知らないだろうし……私も働きに出て、二人でやりなおそうって……」


「勝手なやつだよな……俺をあの大学に引き込んで、お前自身はトンズラかよ」


 俺は寂しさを気取られないよう、敢えて悪態を吐いてみた。


「ごめんなさい、本当に……貴方の大事な時間を狂わせちゃって……」


「まぁ、良い。結果として親友と再会できたし、今は毎日が楽しいから」


 心の一部は"白石もいるから楽しい"と言っているような気がする。

でも、その言葉を素直に口にできないのは、未だにどうしても白石の中に黒井姫子を感じてしまうからだろう。

口ではかっこいいこと言っておきながら、俺はまだまだお子様なんだと感じた瞬間だった。

 結局俺はまだ、"黒井姫子"のことを完全に赦せずにいる。


「武雄……」


「なんだよ、まだ何かあんのかよ?」


「一つ、お願いが……」


 白石の細い指先がシャツの裾を摘んでくる。

その様子に、胸が勝手に高鳴り出した。


「な、なんだよ、お願いって……」


「あのね、もう、会えないかもしれないし、だから……エッチ、私としてくれない……?」


「は?」


「この間のお礼もしたい……っていうか、私自身が、今すごく武雄とエッチしたい……」


「……」


「ゴムさえ使ってくれれば、好きにして良いよ。多少乱暴なことをしてもいいよ? なんでもする。武雄のためだったら……」


 何言ってんだか、こいつは……。


「ばーか」


「いたっ!」


 白石のおでこへ向けて、思い切りデコピンをしてやった。

白石は恨めしそうな目つきで俺を見上げてくる。


「そういうのはダメだ。全然ダメダメだ! それじゃ黒井姫子のまんまだ。全然、白石 姫子じゃない! わかってるのかよ?」


「そ、そうだね……ごめん……」


「全く……寂しいからってホイホイ、男に手を出すなよ? ビッチ禁止! 人でなし行為も禁止! 黒井姫子はあの日に、のぞみ公園の高台から飛び降りて死んだ。いなくなった。今のお前は清楚で清純な白石 姫子なんだから」


 俺は白石の頭を撫でやった。

白石は一瞬意外そうな顔をした。

しかしすぐさま、身を委ねてきて、嬉しそうに、恥ずかしそうに顔を綻ばせる。


「色々頑張れ。白石にはみんながついてる。そのことだけは忘れるなよ」


「ありがとう……忘れない、絶対に!」


 名残惜しさがあるのは確か。

でも、今の俺ではこれ以上前に進むことができそうもない。

それにここで、欲望任せに前に進むことは、白石のためにもならない。

だから俺は本音をグッと抑え込む。


「じゃあ……元気でな」


「うん……武雄もお元気で」


「さようなら」


「さようなら……」


 白石は少し寂しそうな様子で去ってゆく。


 正直、危うかった。

エッチしようと提案された時は、二つ返事で部屋へ招き入れようとしていた。

今だって、ほんの少し、OKしとけば良かったかなって思うところはある。

俺だって健全な男子なんだもん。仕方がない。

でも、ぎりぎりで踏みとどまれたのは、幸か不幸かやはりまだ完全消化式っていない"黒井姫子"の記憶があるからだ。


 まだ、アイツは完全に白石 姫子になってはいない。

俺の中でもやっぱり、何割かはアイツが黒井姫子に見えている。


 三年という時間はあまりに長かった。


 これが完全に消化されるにはかなりの時間が必要と思う。


 だからこそ、今はタイミングじゃない。白石の今後の為にも。


 もしかすると、さっきとのやりとりが今生の別れかもしれない。

それはそれで構わないと思う俺がいる。


 だけどもし、遠い未来のどこかで、アイツと再会して。

その時、アイツがもっとちゃんと"白石 姫子"となっていたのなら。

あるいは……



●●●



ーー大学を卒業してはや10年。

俺は仲間内でも、最後の牙城となっていた。


 金太と林原さんは卒業早々に結婚。

後輩として入学してきた稲葉さんと鮫島さんは、ここ数年で立て続けに結婚ラッシュ。

そして今日は、俺と最後の牙城を競っていた真白さんの結婚披露宴の帰りである。


「なぁ、タケ、お前結婚する気ないのか?」


 俺と金太は真白さんの披露宴後、居酒屋かいづかで男同士の三次会をしていた。


「したいさ。でも、タイミングがね」


「お前、5年くらい前からずっとそんなこと言ってんじゃん」


「はは、まぁな……」


 正直、仕事が忙しいというのもある。

職場が基本的に男ばかりで、出会いがないというのも確かだ。


「あのさ、今更だけど……大学時代は真白さんや稲葉さん、たぶん鮫島さんもお前に気があったぜ?」


「そうなの? そりゃ初耳だ!」


……なんて、こんな発言誤魔化しだ。

俺だって木の股の間から生まれたわけじゃない。

でも、なぜか俺は意図的にかわし続けていた自覚がある。


「あっ、じゃあ私もついでにカミングアウトしておくわね?」


「真珠さんも? はは、なんのご冗談を……」


 とはいえ、一緒にバイトをしていた当時も、なんとなく真珠さんからはそんな雰囲気を感じてはいた。

まぁ、これも、気づかないふりをしていたんだけど。


「タケ、お前もしかして……」


「真珠さん、生おかわり!」


 俺は金太の言葉をかわし、注文を叫んだ。



……自分でも、俺はバカだと思っている。

頭の中がお花畑で、ファンタジー思考だと思っている。


 でも心のどこかでは、ファンタジーを信じ、今に至る。


……

……

……


「そういや、ようやく事務で人を採用してくれたんだってさ!」


「マジか! これでようやく自分の業務に集中できる……」


 同僚からその話を聞いて、安堵する俺だった。

だって、俺営業なのに、事務所で事務作業する割合がめっちゃ多いんだもん。

おかげで残業ばかり。本来の営業の仕事が全然進まない。

だから、こうして新しい人が入ってくれるということだけで、感謝感激だった。


「本日より営業事務としてお世話になります"白石 姫子"です。即戦力になれるよう頑張ります。よろしくお願いいたします!」


……おいおい、マジかよ、こんなファンタジーあり得るのかよ……


 10年ぶりに目にした白石は、前よりも数段落ち着いていて、大人びていて、すごく綺麗で。

ついつい、左手のあたりを観察してしまう。

よし、指輪は着けていない! 苗字も"白石"のまんまだし、これはワンチャンありそうだ。


 一瞬、白石と視線が重なった。


 俺は少し手を振ってみせる。


「ーーっ!?」


 すると、あっちもこちらへ気づいてくれたのか、最初はすごく驚いていた。

でもすぐさま頬を緩ませてくれた。

とても可愛らしくて、胸が高鳴るほどの笑顔だった。


 10年以上も経てば、黒井姫子との過去なんて、俺の中では可愛いものになっていた。

だって、社会人は、あの数倍理不尽があるんだからね。

むしろ学生時代にああいう経験をさせてくれた"黒井姫子"には感謝をしている節もある。


 さて、この10年で、彼女は本当に"白石 姫子"になれたのか。


「どうも。営業の染谷です」


「し、白石です! よろしくお願いします! あの……」


「そっ。あの染谷です。久しぶりだな、白石」


「やっぱり……!」


 おいおい、入社初日に泣こうとするなよ!

俺が新人さんを泣かせたみたいになっちゃうんじゃん!


「ごめんね。でも、こんなことが本当にあるだなんて……」


「俺もびっくりだよ……またお前に会えるだなんてな」


「うんっ……嬉しい……」


「さ、さぁて! まずは仕事の話からだな!」


「はいっ! ご指導のほど、よろしくお願いしますっ!」


 まず歓迎会って体で今夜一杯誘ってみよう。

色々と語り明かしてみたいと思う。


 そしてチャンスがあるのだったら検討してみたい。


 俺と白石の未来を……



エクストラルートルート おわり



_____________________


 もしも、白石(黒井)がいじめを受けずに武雄と出会っていたのなら、お互いにぽっちゃりさんですけど、とてもお似合いにのカップルになっていたように思いました。

とはいえ人生山あり谷あり。

そんな雰囲気を本ルートから感じ取って貰えたならば幸いです。


 良いじゃないですか、こういう方向性がたまにはあっても。

リーダビリティーはやっぱり微妙だなぁ、とは思いましたけども。

とはいえ、PVから察するに予想以上に読んで頂けてはおりました。

感謝です。ありがとうございました。


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