★★エクストラルート第8話 最後に掛ける言葉


「そうですか、アイツ無断欠勤を……すみません、アイツにここを紹介したのは俺です。本当にご迷惑をおかけしてすみません!」


「あ、あ、いえ! でも全然電話にも出てくれなくて……」


 稲葉さんは不安を口にした。


 楽しそうにしていたバイトも、白石は無断欠勤。

これはいよいよ、マズイ想像をしなきゃいけないと思った。


 そんな時、俺のスマホが着信を知らせてくる。

真白さんからだった。


「もしもし、どうかしたか!?」


『さっき、白石さんから電話が!』


「なんだって!? それで……ちょっとこのまま待ってて!」


 俺はとりあえず、受話口を押さえて、稲葉さんへ向き直る。

電話の口ぶりを聞いて、不安を感じている様子だったからだ。


「急に色々とすみませんでした。白石は俺が責任をもって探します。待っててください!」


「は、はいっ!」


「それじゃ!」


 俺は再びスマホを耳に当て、cafeレッキスの前の後にする。


「お待たせ。それで白石はなんて?」


『急に電話かけてきて、ありがとうとか、ごめんなさいとか、言ってきて……ああもう、どうしよう! どうしたら良いの!?』


「落ち着いてくれ。今は真白さんが受けた電話が頼りなんだから」


『そうだね。ごめん……』


「で、なにかこう、電話口からアイツが居そうなところのヒントとか、何かないか!? 声の後ろから他の音が聞こえたとか……」


『そういえば、音楽みたいなのが……いつも5時になると、流れるやつ……』


 この街の郊外には夕方5になると、時報の代わりに音楽が鳴らされていた。

その音楽は、郊外の高台にある、のぞみ公園から発せられている。

その音が、はっきりと電話口でも聞こえるということは……


「真白さん、白石はのぞみ公園にある展望台に居るはずだ!」


『そ、そうなの!?』


「たぶん。もうこの可能性にかけるしかない!」


しかしのぞみ公園は、ここからだと歩いてかなりの距離がある。

そこまで、白石が踏みとどまってくれれば良いが……


『分かった。私、車出すから! すぐに大学の教育キャンパスに戻れる?』


「車!? 持ってるの?」


『うん! 多分車ならすぐにのぞみ公園へ!』


「分かった。ありがとう。すぐに向かう!」


 俺は急いで大学の教育学部キャンパスへ走る。

そして路肩に駐車されていた軽SUV車と、運転席に座る真白さんを発見する。


「お待たせ!」


「早く乗って! かっ飛ばすよ!」


「うおおっ!?」


 助手席へ乗り込むなり、真白さんはいきなりアクセルを全開で車を急発進させた。

なんだか、こんな真白さんの運転を知っているような気がするのは、なんでだろ?


「翠ちゃんと兼太君も街中を探してくれてるから」


「あの2人が……?」


「だって、白石さんはみんなの友達だもん! 当然だもん!」


 おいおい、白石、今の真白さんの熱い言葉を聞いたか?

お前はもう1人じゃない。1人で抱え込む必要はないんだぜ。

早く、このことを今のアイツに伝えてやらないと。


 そんな中、スマホが妙な震え方をした。

取り出して見てみると、ツワッター越しの、音声通話申請が来ている。


相手は……兎葉 レッキス。

まさか!?


「もしもし……」


『さ、先ほどはどうも……cafeレッキスの……稲葉ですっ! 染谷さんで間違いありませんか!?』


「え、ええ……」


『よかったです。実はさっき、白石さんからメッセージが入ってきました! ありがとうとか、ごめんなさいとか、すっごく長い文章が……』


「そうですか……」


『大丈夫なんですよね!? 何があったのかよくわかりませんけど、白石さん変なことしようとしてないですよね!?』


 稲葉さんの悲痛の叫びが響き渡る。

これもアイツに聞かせなきゃいけない。

お前はお前自身が思っている以上に、周りの人に愛されているんだぞ。


「わかりました。稲葉さん、一緒に行きましょう。すぐに迎えを寄越します。だからそこで待っててください!」


『わかりました。私、今すごく白石さんに会いたいですっ! お願いします!』


 通話を終えると、運転中の真白さんが横目でこちらを見てくる。


「戻る?」


「いや、俺たちはこのままだ」


 俺はスマホを操作し、真珠さんの番号を選び出す。

どうしてここで真珠さんが思い浮かんだのかはわからない。

でもきっと、真珠さんなら力になってくれそうな。

そんな気がした。


「もしもし、真珠さん? お休みのところすみません」


『構わないわ。で、何か?』


「急ですみませんが、今からcafeレッキスというお店へ行って、稲葉 兎さんって方を、のぞみ公園にまで連れてきてください」


『急を要するのね?』


「はい。かなり急いでます。友達の命がかかってます」


『……分かったわ、必ず送り届ける!』


 真珠さんは頼もしい言葉を最後に通話を終えた。


 どうして真珠さんなら間に合わせることができると思ったのか。

はっきりとした理由は答えられない。

でも、真珠さんならなんとかしてくれる。

そう思えてならない。


(待っていろ、白石……早まるんじゃないぞ!)



 のぞみ公園の展望台は、この街が一望できる、とても素敵な場所だ。

しかし同時に自殺者も相次いでいて、こんな奇妙な噂が囁かれている。


 のぞみ公園の展望台から、何かを望みながら飛び降りれば、望み通り世界へ行けると。

そんなつまらない噂が……



●●●


 陽はかなり落ち、のぞみ公園の広い駐車場には車が一台も見当たらない。

そんな駐車場に、白いスカジャンを着た人の乗る大型バイクが既に停車していた。

そして後ろに乗っているのは、稲葉 兎さんとみて間違いない。

 俺は真白さんの車から飛び降りるとすぐさま、バイクへ駆け寄ってゆく。


「こんばんはです。無理を言ってすみませんでした」


「良いのよ、気にしないで」


 白いスカジャンを羽織った真珠さんは、さらりとそう返してきてくれた。

もう二度と、この人には頭が上がらないと思う。


「早くしましょう。当てはあるのよね?」


「はい。恐らく、アイツはあの展望台に」


 夕闇の中に、不気味に佇む白い展望台。

きっと、あの天辺には、白石がいる筈。


「染谷君達は先に行って。私は念の為に警察を呼んでおくわ」


「頼みます。行こう、2人とも!」


 俺は真白さんと稲葉さんを連れて、展望台へ駆けて行った。


 展望台の天辺へ続く長い階段を、一段飛ばしで駆け上がってゆく。


……そして、見つけた。


 夜風に三つ編みのお下げを揺らし、フェンスへ身を乗り出している、地味なワンピース姿の女の姿を。


「白石っ!」


「ーーッ!? た、武雄……? どうして……?」


 白石は驚いた表情をしてみせる。


「わ、私もいるんだよ!」


「白石さん……ブラックっ! さっきのメッセージ何!? 説明してっ!」


 遅れて到着した真白さんと稲葉さんも、暗い表情の白石へ声を投げかける。


「なんで、みんな……どうしてっ……」


 白石は大粒の涙を流しながら、肩を震わせた。

これなら、行ける!

俺はそっと一歩を踏み出した。


「来ないでっ!」


 白石は思い切りそう叫び、再びフェンスへ背中を預けた。


「白石さん、そんなところにいたら、ほ、本当に落ちちゃうよ? 危ないからこっちへ……」


「雪ちゃん……貴方は知ってるの? 私の……」


「それは……」


 白石と真白さんの会話の意味がわからないのだろう。

稲葉さんは交互に2人の顔を見ていた。


「な、何があったかは分からないけど、変なことは考えないで! 嫌だよ、私! せっかく、友達になれたのに!」


「ありがとう、兎ちゃん……」


 それでも白石はその場から離れようとはしなかった。


「ありがとう、2人とも……私、今すごく嬉しい……だから、もうこれ以上私には近づかないでっ……結局、私は、白石 姫子に……別の人間に生まれ変わることなんてできなかった……」


 白石は夕闇に視線を漂わせる。


「幾ら態度を改めたって、何をしたって、私が黒井姫子っていう、最低な女だったって過去は変えられない……私がバカだったんだよ……そんな簡単に、過去も、何もかもをも捨てて、違う人間になることなんてできやしないんだよ! だから、こんなことになった。きっとこれは罰……最低で、最悪の私への……」


「最低とか最悪とか、そんなこと言わないで! 私、別に白石さんのことそんな風に思ってないよ!」


「私も! 白石さんは、ブラックは一緒にいて楽しいし、優しくて大好きだよ!」


 真白さんと稲葉さんの言葉が辺りに響く。


 しかしそれを聞いて、白石は乾いた笑いをあげた。


「2人は知らないんだよ。私は、本当は汚くて、醜い人間だって……武雄は、そのことをよく知ってるでしょ?」


「っ……」


 言葉が出なかった。

俺の中には未だに、黒井姫子との最低で最悪な思い出が残っているからだった。

ここで、"そうじゃない!"と言えない、俺がここにいた。


「だからもう、こんな私に関わらない方がいいよ。じゃないと、たぶん、私の大好きな2人を私自身が傷つけちゃう……それは嫌だから……だって、雪ちゃんと兎ちゃんにはとっても感謝しているんだから……」


 陽がビル群の向こうへ沈んだ。

白石の姿が黒い闇に包まれる。


「ごめんね……みんな……」


ーーこれが最後のチャンスだ。

言葉を掛けられるのは、これが最後。


 俺が掛けられる白石への最後の言葉。


それは……


●「さっさと死ね!」


●「死ぬな! 逃げるな! 生きろっ!」


_____________________


【!!注意!!】


 スクロールで次のエピソードへ進みますと必ず『●死ぬな! 逃げるな! 生きろっ!』になります。

別の選択の場合は、ご面倒をおかけいたしますが一度TOPへ戻り「●さっさと死ね!」のエピソードへ飛んでください。

なお、スクロールでは「死ぬな!のエピソード」の後に「死ね!のエピソード」が表示されます。

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