★★エクストラルート第6話 忍び寄る鬼。消せない過去。




「し、白石さん!」


「ーーッ!? 染谷君……?」


 俺は自分から初めて、白石さんへ声をかけた。

彼女はまるで、向日葵のような明るい笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


「悪いな、急に呼び止めて……」


「う、ううん、全然。何か、よう……?」


「実はこれを渡したくて……」


 俺はずっと握りしめていたcafeレッキスの紹介カードを差し出した。

当然、白石さんは意外そうな顔をする。


「ここさ、今バイト募集してるみたいなんだ! 時給は今、お前が働いている深夜のコンビニと一緒だし、閉店は20時って決まってるし。入れる時だったら、昼も入れるっぽいし。だからどうかなって思って……」


「ありがとう……すごく嬉しい……」


 白石さんはただのお店の紹介カードを、まるで宝物のように受け取った。


「でもなんで、紹介を……?」


「お、お前、この間講義の寝てただろ? 必修科目は落とすと、留年に大手かかっちまうからな。気をつけろ」


「見ててくれたんだ……」


 白石さんは頬をわずかに赤く染めながら、嬉しそうに微笑む。


 これはそういうのじゃない。そんなんじゃない……と、俺は何度も自分へ言い聞かせる。


「と、とりあえず、これからのことも考えてしっかり勉強をできる環境は整えておけよ!」


「うん、わかった……ありがとね、心配してくれて……」


「じゃあな。せいぜい、採用されるよう頑張れ」


「うん! 頑張るよ! 本当にありがとう!」


 正直なところ、まだモヤモヤした気持ちがあるのは確かだ。

でも、俺は"一歩前に進むこと"を選んだ。


 コイツを信用し、赦すための第一歩として……



●●●



「いらっしゃいませー、イケメンさん!」


「おいおい、鮫島さん。幾ら常連になったからって、馴れ馴れしんじゃないの?」


「ふふーん、良いんですよーだ。私とイケメンさんの仲じゃないですか?」


 そんな仲になった覚えは全くないんだけど……


「いつものお席へごあんなーい!」


 鮫島さんのいう通り、俺はすっかりcaféレッキスの常連になっていた。

最初は稲葉さんと交流を図るために通い出していたんだけど、やっぱり彼女はキッチン率が高くて、今でもなかなか会えずじまい。

でも今は別の目的がある。


「いらっしゃいませ」


「おう、いらっしゃった。どうよ、ここでのバイトは?」


 俺は注文を取りに来た、エプロン姿の白石さんへそう問いかける。

今のこいつには、こういう清楚な格好がかなり似合っていると思う。


「うん、すごく良い。兎ちゃんも海美ちゃんも店長さんも、みんな良い人だし、楽しい。本当にいいバイト先を紹介してくれてありがとうね」


「……パンケーキとコーヒーを」


「かしこまりました。パンケーキ、一枚おまけしとくね」


 白石さんは足取り軽く、キッチンへ向かっていった。

どうやらここでの仕事も順調らしい。

講義で寝ている場面の少なくなったし、とりあえずためにはなったのだろう。


「パリキュアブラック入りまーす! ホワイト、パンケーキの注文入ったよ!」


「了解、ブラック! ホワイト、パンケーキ調理入りまーす! 愛の力で!」


「ラブ焼きパンケーキ!」


「「キュアストォーム!」」


 なんだ!? 今の白石さんとチラッと見えた稲葉さんのやりとりは!?


「だからそこのオタク2人、いきなりパリキュアごっこ始めるのやめろ! ここはコンセプトカフェじゃないんだぞ!」


 そして鮫島さんがプンスカ怒っていて、店長さんは微笑ましそうに眺めていると。


 稲葉さんとの交流は無理そうだけど、白石さんが楽しそうなら、まぁ良いか。


 こうして段々と、白石さんを知って、いつの日か赦せる日が来ればいいと、俺は思っている。



●●●



「お疲れ様でした! またね! 兎ちゃん、海美ちゃん!」


「お疲れ様、ブラック! 是非是非、今放送している"ハートデトックス! パリキュア"もチェックしてねー!」


「はぁ、もう……良い歳こいて、この2人はキッズアニメを……またです、白石さん!」


 仲良くなった兎や海美と別れ、白石 姫子は足取り軽く家路を急ぐ。


 家へ帰っても、大嫌いな父親はいないし、帰ってくることはない。

大学ではようやく、雪や翠といった、優しい友達にも恵まれた。

そして、武雄のおかげで、新しいアルバイト先もみつかり、そこで共通の話題で盛り上がることができる仲間ができた。


 元の自分に戻って、本当によかったと感じた。


 もしもこのまま順調に行けば、武雄とはあるいはもう一度白石 姫子として……


「ダメダメ! そういう邪な考え方は!」


 姫子は自分で頬を叩いて戒める。

でも、いつの日か、武雄とそういう関係になれたのならば。

今までも、そうして変わることができた。

だから今回も大丈夫な筈。


「頑張れ私……私はもう黒井姫子じゃない……私は元に戻って、そして生まれ変わった白石……」


 敢えて自分へそう言い聞かせていたその時だった。

突然、背後から明かりが差し、クラクションが鳴らされる。


 驚いて振り向き、そして一瞬で胸の内が凍りつく。


「やっ! やっぱり君、姫子ちゃんだよね?」


「鬼村さん……」


 鬼村 英治。

 大学入学当初にマッチングアプリで知り合った男だった。

かつては毎夜のように、この男とその仲間たちと乱痴気騒ぎをしていた。


 しかし黒井姫子が、白石 姫子になってからは、彼との関係を完全に絶っていた。


「そんな格好してどうしちゃったのさ? もしかしてイメチェン?」


「え、ええ、まぁ……」


「でも、そういうのも良いね。さぁ、乗って乗って! 久々にドライブしようよ!」


 鬼村は張り付けたよな人懐っこい笑顔を浮かべてた。

でも、姫子は知っている。これは、この男の仮面で、その下には邪悪な素顔が存在していることに。

そして彼の持つすべての要素が嘘で塗り固められていることを……なぜか、白石 姫子は知っているような気がした。


 もう二度と、この男とは関係を持たないと決めた。

それが黒井姫子が死に、白石 姫子が生まれる絶対条件だったからだ。


「すみません、鬼村さん。前にもメッセージでお伝えしたかと思いますけど、もうあなたとも、あなたのお友達とも会う気はありません!」


「そんなつれないこと言わないでさぁ……」


「や、やめてくださいッ!」


 思わず伸ばされた鬼村の手を弾き飛ばした。


「ちっ……なにすんだよ、いてぇな……」


「ごめんなさい! 失礼しますっ!」


 白石 姫子は、逃げるように鬼村の車から離れていた。


(もうあんな人とは関わりたくない! 邪魔をさせない! 私は白石 姫子に生まれ変わったんだから……!)




 鬼村は走り去る姫子の背中へ舌打ちをした。


 今すぐにでも車で追いかけて、無理矢理乗せて、やってやろうかと考えた。

しかしすぐさま、それ以上に面白くなりそうなことを思いつく。


「ははっ! 良い子ちゃんになろうってか。んなに、人間は簡単に変われっかよ……てめぇは所詮、いろんな男へホイホイ股を開く、淫乱女だっての……くくっ……」


 鬼村はずっとスマホに秘蔵していた、黒井姫子との動画を呼び出し、邪悪な笑みを浮かべるのだった。


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