暴君カノジョにフラれたショックで激痩せしたら、薔薇色の大学生活がやってきた!〜彼女達は俺に染まって、俺もやがて染められて……もう元カノがどうなろうと知ったことじゃない〜
★★エクストラルート第5話 前に進むか、それとも下がるか
★★エクストラルート第5話 前に進むか、それとも下がるか
「い、いらっしゃいませ!」
「へぇ、バイトしてたんだ?」
深夜10時過ぎ。どうしてもコーラ(とはいってもダイエットコーク)を飲みたくなったので、行きつけのコンビニへ行くと、レジカウンターで白石さんと出くわした。
「深夜やるんなんて、珍しいのな」
「時給良いし……新しいペンタブとか画材を揃えたくて……」
どうやらイラストのためにアルバイトをしているようだ。
それだけ白石さんにとってイラストとは、とても大事なものなのだろう。
「それに深夜って割と暇だし、その間に下書きでも描ければと……」
「イラストの?」
「うん!」
「真面目に仕事しろ」
「あっ……そ、そうだね。ごめん……」
白石さんはそれっきり無駄話をやめて、黙々と会計作業をしてゆく。
少し言いすぎたかもしれないとは思った。
でも、やっぱり心のどこかでは、こんな些細なことでさえ爽快感のようなものを感じている自分がいる。
そんな自分が酷く、小さく見えた気がした。
……
……
……
うちの大学には共通科目という必修の科目があり、一年は全員がこの講義を受けることになっている。
そして注意深く探してみると、同じ時間の講義に、白石さんが出席していることに気がついた。
白石さんは一生懸命授業を聞いてる?
いや、もしかして聞いてるフリをしてイラストでも描いてるのか?
あー、机に突っ伏した。
背中がすやすや気持ちよさそうに上下している。
寝ちまったな、ありゃ……深夜のコンビニバイトがきついんだろうか。
ちゃんと講義受けろよ、あのバカが……
……
……
……
「あ、あのさ! この間、白石さんのイラスト見てみたよ! すっごい上手いね!」
「あ、ありがとうございます!」
「実は翠ちゃんも昔描いてたことがあるんだけどさー、ド下手なんだよねぇ」
「うっさい! その黒歴史は語るな、バカ雪!」
白石さんは、すっかり12時の中庭のランチ会の常連になっていた。
林原さんもさっきみたく、白石さんへ積極的に交流を図ろうとしている。
金太は相変わらずブスッとしていることが多いけど、もうこの状況に水を差すつもりはないらしい。
金太いわく"翠がしたいことなら、俺は尊重するし、止めもしない"……なんだよ、金太ってこんなにかっこいい奴だったか?
「そ、染谷君っ!」
気がつくと、白石さんが俺の方を見ていた。
「なに?」
「じ、実はさ、あの……こ、今度pic Tivに漫画を上げてみるの! だから……」
「ふーん。で、いつ?」
「えっ?」
「アップロードの日時」
「こ、今週金曜の20時頃! 見てくれるの!?」
その時の白石さんの表情は期待に満ちていて、嬉しそうで。
ついつい見惚れてしまいそうだったけど、わざと視線を外して気取られないようにする。
「わかった。まぁ、その時間はバイトしてるし、上がりも遅いから時間ができたらな」
「ありがとう! 良かったら……感想くれると嬉しい……」
「できたらな」
「うん。暇だったらで良いから……」
感想……ね。
まぁ、漫画には罪はないし……
●●●
金曜の居酒屋といえば、社会人にとってはオアシスのような場所だ。
当然忙しいし、片付けなんかも含めれば、0時を過ぎることもある。
今日は幸い0時前に仕事が終わった。
俺は真珠さんの賄い飯を食いつつ、とりあえず白石さんのpic Tivアカウントへアクセスする。
漫画は全5ページといったとても短いものだった。
そして全部をサラリと閲覧した瞬間、俺の食べる手が止まった。
内容はありがちだった。
身も心もボロボロの女の子の主人公が、イケメン王子様に出会って溺愛され、本当の自分を取り戻すといったものだった。
ありふれたお話だ。
でも何故か、2ヶ月前に黒井姫子を獣ように抱いた時のことを思い出した。
まさか、この内容って……あの日の俺と黒井姫子のことじゃ……
もう訳がわからなかった。
自分自身の本当の気持ちがどこにあるのか、わからなくなっていた。
「はぁ……」
「どうしたの染谷君? ため息なんて珍しいじゃない? ねぇ源さん?」
「おうどうした、若人! 恋の悩みか、ガハハハ!」
リラックスモードの真珠さんと、いつまでも居座っている白銀社長が、心配の声をかけてくれる。
この俺よりも人生経験が豊富なこの二人ならば、悩みを聞いてくれるかもしれない。
気づけば俺は口を開いていた。
「すみません……お二人に相談があるんです」
俺が真剣な声をあげると、2人は笑うのをやめて、表情を引き締めてくれた。
どうやら真面目に向き合ってくれるらしい。
俺は、頼もしい大人2人に今の悩みを語り出す。
「俺、実は、すごく憎んでいる奴がいるんです。そいつは俺からいろんなものを奪って、最後は身勝手に捨てて……でも、最近、そいつもたぶん、酷い目にあって、反省したのか、心を入れ替えて、まるで別人みたいになっていて……なんか、俺の友達と最近仲良くなって、いつも視界にいるようになって。アイツ自身も、反省しているのか、俺と交流をしたがってて……」
ここ1ヶ月、腹に溜まりに溜まった気持ちがどんどん溢れてくる。
「確かに今のアイツは前とは全然違うし、変わったって思います。でも、やっぱり俺の中には、昔のアイツがいて、全然赦せなくて。それでも、どこか信用したいって俺がいて……もうどうしたら良いか分からないんです……」
「そう……それは大変な状況ね。お疲れ様」
真珠さんの優しい言葉が身に染みた。
「そんなに悩むのなら、いっそのことその人との縁を切っちゃえば? それで染谷君の気持ちが晴れるなら……」
確かにそれは考えた。
たぶん、白石さんなら、俺が一言「もうお昼の会には来ないでほしい」と告げれば、姿を消してくれるはずだ。
そうすることは、友達になった真白さんに申し訳ないという気持ちがあるのも確かだった。
でも、一番は、アイツの変化を見ているのが楽しい自分がいるからだ。
そしてあらゆる点において、白石さんは"俺好み"の女性像であるという自覚もある。
「その様子だと無理そうね。もしかして気になっちゃった?」
「かもしれません……」
「色々奪われたっていってたけど、具体的には? 酷い借金を負わされたとか?」
「いえ、そこまでじゃありません。お金も多少は失いましたけど、所詮学生のお年玉貯金ですし……」
「大小は関係ないわ。嫌よね、ほんと、お金のことって……でもそれだけじゃないのよね?」
俺は真珠さんへ堰を切ったかのように、昔のことを語った。
昔の俺はそいつに奴隷のように扱われていたことを洗いざらい。
「そう、辛かったわね。それは……私だったら、そんな人とはさっさと縁を切っちゃうと思うわ」
「ですよね……」
「でも、そんな人のことでも、こうして悩んでいるだなんて、染谷君は本当に優しい子ね……きっと、君はその人の変化を目の当たりにして、過去のことを赦したいって思っているのね。でも信用できないから、なかなか赦せない……そんな気がするわ」
……信用できないから、赦せない。
その言葉を聞いて、自分の中にあるモヤモヤが一つの形を得た気がした。
「信用を積み上げるのは大変だけど、崩れるのはほんの一瞬……受け取る側も、それは一緒よね。一度相手に疑心暗鬼になったら、そんなに簡単には相手のこと信用して、更に赦すことなんて難しいわよね」
「……」
「でも、そこで立ち止まっていたら、状況は前に進まないと思うわ。結局、君が一歩前に進むか、後ろに下がるかしかないと思うのよ。進んだらまた裏切られるかもしれない、引いたら後悔してしまうかもしれない」
「なら、俺はどうしたら……」
「それは染谷君、あなた自身が決めることよ」
真珠さんの真剣な瞳に吸い込まれてゆく。
「ここでどうしたら良いか、私の気持ちの上だったら答えは出せるわ。でも、これは私の気持ちであって、染谷君の気持ちじゃない」
「……」
「もしここで私が答えを出して、その通りに行動して、それが裏目にでたら……君は口に出さないだろうけど"真珠さんがそういったから"って、どこか言い訳をすると思う。自分の選択に自信が持てなくなると思う。逆に成功をしても、今度からは"真珠さんに答えを貰えば"って、自分で考えることを放棄するようになると思う」
「……」
「だから自分で決めなさい。前に進むか、それとも下がるかの選択を。勿論、これ以上何もしないって選択もある。そしてどの行動の結果でも、嫌なこととかがあったら、必ず相談に来なさい。ちゃんと乗るし、必要なら手を貸してあげる。約束するわ」
「真珠さん……」
「少し厳しいことを言ってごめんね。でも、これはあなたの選択だから。だから後悔のないように。その子と君の幸せのためにも!」
「はいっ……ありがとうございますっ……」
やっぱり真珠さんは、すごく大人だと思った。
こうして頼りになる人が側にいるってとてもありがたいことだと思った。
そして腹の中をスッキリさせた俺には、もう何を今を選択すべきか。
答えは決まっていた。
「ガハハハ! んだよ、なんの話かって思えば、惚れた腫れたの話かよ! がははは!」
「もう、源さん! そんな言い方無いじゃない!」
盛大に笑いこける酔っ払いの白銀社長へ、真珠さんは抗弁をする。
「俺なんてキャバクラの姉ちゃんたちに幾ら貢いだことか! 男ならガンガ前ゆけ! 恐れず、前のめりに突き進めってんだ、がはは!」
「はぁ、もう……せっかくの私の話が台無し……ごめんね、染谷君。源さんのいうことなんて、聞く必要はないから、ちゃんと自分で決めてね?」
「うっす! 大丈夫っす! 実はもう答え決まってます! 社長に言われるまでもなく!」
……前に進むか、後ろに下がるか、このままを維持するか。
答えはもう決まっている。
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