★★エクストラルート第4話 白石 姫子



……黒井姫子との一晩の情事から、1ヶ月が経った。


 今、黒井姫子がどこにいて、何をしているのかはさっぱりわからない。

大きな大学だから、それこそこっちから探さないと、交流なんてもてやしない。

だから俺はアイツとのことを忘れたふりをして、大学生活を送っている。


 そんな、ある日のこと。


「こ、こんにちは!」


「……あの、どちら様……?」


全く知らない、地味めの女の子が声を掛けてきた。

少し腹の辺りがムカムカするのはどういうことか?


「えっと……く、黒井ですっ……」


「はぁ!?」


 さすがに驚きすぎて、廊下にも関わらず素っ頓狂な声をあげてしまった。


 染めていた髪は真っ黒でしかも古風な三つ編みになっていた。

極めて露出の少ない清楚なワンピースで、更にトドメの黒縁メガネ。

メイクもしているのか、していないのかわからないほどナチュラルだ。


「ど、どうかな、こういう格好似合うかな……?」


「どしたの……? マジで……?」


 確かに言われてみればこいつは黒井姫子だ。

でもなんなんだ、この変貌ぶりは……


「これが昔の私……」


「昔の?」


「小学校の頃はね、いつもこういう格好だったの!」


「へ、へぇ……」


「そうそう! この間ね、サブスク観て懐かしいなって思って、ムルカリでこんなの……か、買っちゃった!」


 黒井姫子は、ポーチからプライズ景品の人形を取り出し、俺へ見せつけてくる。


「これって、確か初代パリキュアのブラック?」


「そ、そう! 私、小さい頃はブラックみたいな、強い女の子に憧れてたの! さすが……そ、染谷君! 分かってくれて嬉しい!」


 ヤバい。全然頭の理解が追いつかない。

こいつは本当に、あの黒井姫子なのか……?

まさか親戚か? 親戚の子が同じ大学にいて、俺を揶揄っているのか?


「改めまして……【白石 姫子】と申します。趣味はイラスト! 漫画も久々だけど、描いてみようと思ってます!」


「は、はぁ……てか、白石って……」


「離婚したんだ。お父さんとお母さん。で、私お母さんについてくことになって……」


「そうなんだ」


だからすっきりした顔をしているのかもしれない。


「あとはその……染谷くんのおかげで……」


「俺の?」


「あの日、その……家に泊めて貰ってから、なんか色々すっきりしたっていうか……」


 白石さんは恥ずかしそうに俯きながら、そう言ってくる。

あの日のことは、今思い出しても、なんであんなことをしたのだろうかと思っている。

自分自身でもよく分かってはない。

もしかして俺には浄化の特殊能力が! なんて、心の中で戯けて、何とか心の平生を保っている。


「あの、染谷くん……」


「ん?」


「今まで、本当にごめんなさい!」


 突然、黒井姫子……もとい、白石 姫子さんが謝罪の言葉と共に深く頭を下げてきた。


「こんなことをしても赦してくれるとは思ってません。でも、まずは貴方に今までのことを謝りたいと思って……本当に、本当にすみませんでした!」


「……」


 こうしていきなり謝られても、困ってしまう俺がいた。

 謝られたところで、簡単に赦せるものでもない。

しかし、ここで頭を下げている人間に対してマウントをとって、これまでの恨み辛みをぶつけるのも、人として器が小さいと思えてならない。


「とりあえず、頭上げろ。実際、いきなりこんなことをされて迷惑だ」


「そ、そうだよね……ごめん……」


「んったく……」


しかも素直に自分から謝ることができると……本当に調子が狂ってしまう。


「あと……よかったら、これ受け取ってください!」


 黒井姫子を改め、白石 姫子さんは、手紙のようなものを差し出してくる。


「なにコレ?」


「この中のQRを読み込むと、私のpic Tivアカウントにアクセスできるから! 染谷君って、こういうイラストとか詳しそうだし、ひさびさだし、全然方向性がわからなくて……」


「……」


「お願いします! 私のイラストに関して、時間がある時で良いんで忌憚ない意見をください! お願いしますっ! 頼れるの染谷くんしかいないんです!」


 なんだか側からみると、ラブレターをもらってるみたいじゃん!

それにかなり必死な様子だ。まぁ、コイツ、自分の悪行のせいで、今はボッチだもんな。


 一瞬、ここで「ふざけんな!」と叫んで、カードを叩き落としてやろうかという、ドス黒い感情が沸き起こる。

でも、思うだけでできないのは、多少人通りが出ててきて、周りの目もあるからだろうけど……


「時間がある時な。俺、大学入ってからかなり忙しいし」


「大丈夫! ありがとう、受け取ってくれて!」


 声は黒井姫子なのに、まるで全然違うというか。理解が追い付かない。

あーでも、泣いている時のコイツって、確かにちょっとこんな雰囲気だったような……

 まずい、完全に白石さんのペースに飲まれちまってる。


 その時、チャイムが鳴り響いた。

俺にとっては、この状況を打開する祝福の鐘だった。


「じゃ、じゃあな!」


「うん! またね!」


 俺は白石さんから逃げるようにその場を後にする。


 ガチで困惑しかない俺だった。

そして否が応でも、あの声を聞くと、腹の辺りにムカムカする感覚が湧きこる。



●●●



「へぇー……上手いじゃん」


 白石さんのpic Tivアカウントを見たのは、手紙を受け取ってから10日も経ってのことだった。

さすがにそろそろ見ないと、なんとなく悪い気がした。

正直、ド下手だったら文句の一つでも書き込んでやろうと思っていた。

でもこのレベルに文句をつけるのは言いがかりだと思い、やめた。

これガチなやつじゃん。その辺の奴よりも、めっちゃくちゃ上手いじゃん……


「仕方ねぇな……」


 とりあえずイラストに罪は無い。

大体、これって俺がゲームで推してる緋色ちゃんだし。

アイツが描いていようとも、この緋色ちゃんには罪はない。


「お上手ですね……っと」


"たけピヨ"名義でそう書き込むと、


『初コメありがとうございますっ! 久々に描きましたけど、喜んでいただけて光栄です! これからも頑張りますっ!』


 うわっ、すぐに返信が来たよ。

まさか10日間、張り付いてたとか?

しかもアカウント名がパリキュアブラックって……苗字は白石になったんじゃないのかよ。


 とりあえず、その日はそこまでにしておいた。


 すると、パリキュアブラックこと、白石さんは凄いクオリティーのイラストを毎日のように投稿し始めた。

今ではツワッターで、期待の新星としてプチバズっている。


 まさか、アイツにこんな特技があっただなんて、驚きだ……


 でも、数日後、俺はもっと驚くこととなる。



●●●



"今日は新しくできたお友達を紹介します! 12時だよ、ぜんいんしゅーごー!"



 おいおい真白さん、君は昭和生まれかい?


 ともあれ、新しい友達って……


「えっ?」


「はっ?」


「んー?」


俺と白石さんはお互いに間抜けな声をあげ、真白さんはそんな俺たちを交互に見渡している。


 まさか新しい真白さんの友達って!?


「この間、実習で意気投合しました白石 姫子ちゃんです! どうぞ、みんな宜しく!」


「し、白石です。ごめんなさい、私みたいのが来ちゃって……でも、雪ちゃんがどうしてもって……」


 白石さんは少し暗い顔をして、そういった。


「なぁ、武雄、この人って……」


 どうやら金太は気づいているらしい。

友情に熱い金太は拳を僅かに握りしめている。

そんな金太の拳を、最近彼女となった林原さんが、そっと掴んだ。


「ダメ。判断するのは染谷君だよ……」


 林原さんもわかっているらしい。

この白石 姫子が、俺の元カノジョである、黒井姫子だということに。


「みんなどうしたの? んー?」


 そして真白さんは全く気づいていないと。


 だったら……


「よっす、白石さん! 久しぶり! pic Tiv、時々見てるよ!」


「え!? あ、あ、ど、どうも!」


 よしナイスだ! 白石さん! このままうまく合わせてくれ!


「次は何を描く予定?」


「歴代パリキュアを全員描いてみようかと!」


「ほうほう、それは楽しみだ」


「もしかして染谷さんと白石さんってお友達ですか!?」


 そう聞く真白さんは、すごく嬉しそうな。

ああ、もうこの子は本当にいい人だなぁ。


「そ、そうそう。ネット上で意気投合して、実は同じ大学だってのがわかって、それでこの間少し話をしたり。なっ?」


「う、うん! そうなんだ! だから雪ちゃんのお友達だったなんて驚きだよね!」


 なんだよ、白石さん、もうすでに真白さんを"雪ちゃん"って呼ぶほどの仲なのかよ。

女子って仲良くなるの早いよねぇ。


「これはまるで少女漫画のような! ねぇ、翠ちゃんもそう思うよね? ねぇねぇ?」


「あーんもう、相変わらず大声出さない! うるさいっ!」


 こういう時、真白さんのように、いい意味で空気を読まない人がいるのはありがたいと思った。


 まぁ、金太は相変わらず、わからない程度のブスッとした顔しているけどね。


「金太、サンキュ。お前の気持ちは嬉しい。でも大丈夫だから」


「タケお前……」


「言っただろ? この人は白石さん。イラストと漫画が上手な、この大学で知り合った、真白さんのお友達だ。ほら、さっさと飯を食うぞ」


 確かにこの時の俺は冷静に振る舞えた。

多分、それは友達である真白さんの気持ちを汲んだためだ。


 でも内心ではどこか、白石さんの中にいる"黒井姫子"へ憎悪の念が湧いている。

だがそんな気持ちに相反して、白石さんに興味を持っているのも確かな気持ちだった。

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