★★エクストラルート第3話 彼女が黒く染まった理由〜中学・高校〜 そして今……


 私立の中学に入って、外見、内面、取り巻く環境でさえガラリと一変した。

理想通りの日常がやってきたのだ。


「なぁ、あの黒井って子めっちゃ可愛くね!」


「いけよ! 告白してこいよ!」


「せ、せめて連絡先の交換を……」


 男どもは、すっかり私の見た目に魅了されていた。

男は単純。まずは見た目さえ良ければ、簡単に食いつてくる。

痩せて、色々な努力をして本当に良かったと感じている。


「ねぇ、姫ちゃん一緒にごはん!」


「うん、良いよ! じゃあ、今日は学食で! あとさー、放課後みんなであのカフェに……」


 入学当初の掴みはばっちりこなした。私は今や、容姿端麗で性格の良い美少女"黒井姫子"という評価を得ている。

 私は今、クラスの中心だ。核になる人物と言ってもいい。みんな私が右と言えば右を向いてくれる。それぐらいに。


正直気持ちがよかった。

私自身の興味・関心もも、周りと一般的な女子と同じ水準まで達している。

もう努力は努力ではなく、私の日常となっているため、苦じゃない。

それにやはり女子というのは群れていると、とても心強い。


「あ、あのさ、黒井さん……」


 誰かに呼び止められ、はたりと足を止める。

後ろには小学校の頃、女王様気取りで、私をいじめていた女がいた。

名前は……なんだっけ? 思い出せないなぁ……


「なに?」


「えっと、その……うちの部の子たちがね、黒井さんと仲良くなりたいって……」


「……」


「お、同じ小学校出身のよしみで……」


「い、いやっ!!」


 私は敢えて金切り声をあげ、体を震わせてみた。

すると周りが一斉に注目してくる。

私を取り巻いている女子たちも、心配そうに囲んでくれる。


「ど、どうしたの姫ちゃん?」


「私、小学校の頃、この人たちに虐められてたの! 中学に入って、みんなに出会えて、ようやく忘れられるって思ったのに……なのになんで……今更……ううっ……」


「姫ちゃん……」


「いや、あんな思いをするのはもう……嫌なのっ!」


 私がそう迫真の演技をすると、周りが一斉に、そいつを睨み始めた。


……過去を隠す必要なんてない。

ドヤ顔でマウントを取ってボコボコにすることは簡単。

でも、そんなんじゃ済まさない。

こいつらには、私を虐めていた全員に同種の苦しみを味合わせてやる。


 その日から、私を慕う人たちは、進んで私を虐めていて小学校の同級生を探し始めた。


 結果、そいつらは全員、中学の3年間を底辺で過ごすこととなった。

中にはひどいいじめにあったやつもいたらしい。しかし、これが因果応報だ。

ざまぁみろだった。情けなんてかけてやるかボケナス。



●●●



「ひ、姫ちゃん、初めてが俺で良いの……?」


「うん。良いよ。きてっ……先輩……」


 私は初体験をしたのは中二の頃。

3年のとても人気のある先輩だった。

 男って、すけべだから股さえひらけば、すぐに虜にできる。

この先輩を私の一派に取り込むのは、地位を不動にするために必要不可欠だった。


 そのためだったら、初体験くらいくれてやる。安いものだ。


 結果、この先輩に抱かれたことで、私を小学生の頃虐めていた連中はもっと惨めな思いをすることとなった。


 でも、この先輩とも中学を卒業を機に別れた。


 だってこいつ、ぜんぜんエッチが上手じゃなかったし、酷い早漏だったんだもん。

しょせんはガキだ。

 行きずりで出会った大学生の方が数段上手くて、気持ちよかった。


 私は更なる高みを目指して、この辺りでも有名で、偏差値高めの高校を受験した。

幸い、そこには合格できたものの……少し判断を誤ったと反省した。


 だって、みんな私よりめっちゃ頭がいいんだもん。

でも、有名で歴史のある高校だったから良い同級生や、先輩、OB、大学生や、社会人とも知り合えた。

私はその全員と関係を持った。みんな、私のことを名前の通り"姫"として扱ってくれた。

だけど勉強の方が、どうにも上手くゆかない。


 そんな時だ。

 アイツが、染谷 武雄が私へ告白してきたのは。


 こいつは昔の私のみたいに、オタクで、デブで、陰キャだ。

でも成績はすこぶる良い。今の私に必要な最後のピースはコイツだと確信した。


 だから私は、染谷 武雄と付き合うことにした。


 コイツをみているとまるで昔の自分をみているようで腹が立った。

だから、私にベタ惚れなコイツを、今の私にとって心地よい色に染めてやろうと思った。

染谷武雄はまるで奴隷のように、私色に染まってくれた。


 とても気持ちがよかった。


……同時にある日、ある意味、コイツの存在が心地よいと思う瞬間があった。



 今の黒井姫子はいわば仮面を被った状態だ。

だからどうしても時々、心にガタが来て泣きたくなる瞬間があった。

家も相変わらず酷い有様で、父親とは言い争いになって、家を飛び出すこともたまにあった。


 そんな時、心地よい枕になってくれたのが武雄だった。


 武雄はとても優しくて、一緒にいて安らいで。

でも、こいつをみていると、まるで昔の私をみているようで、吐き気がして。


 うっかり"黒井姫子"としての仮面が外れそうになって。

このままだと、私が崩れしてまう。


 黒井姫子でいないと、また酷い目にあってしまう。

黒井姫子で居続けないと、今の平穏が崩されてしまう。

それに今更……ここまで作り込んだ黒井姫子を止めるわけには行かない。


 でも、染谷 武雄は無自覚にも、ここまで作り込んだ私をあっさりと壊しにかかってくる。


 だから別れた。


 記憶から消し去った。


 もうコイツは用済みの筈だった。私はそう納得した上で、コイツを振った。

 

 振った筈なのに……私は……



●●●



 私の大学生活は最悪なスタートを切った。

もはや、今の黒井姫子は、どこにも居場所はない、野良猫のようなもの。


 ふと、中学の時に、いじめていたやつへ逆襲した時のことを思い出す。

ああ、やっぱり、因果応報ってあるんだ……帳尻合わせになるんだなぁ……と今更思う。


 次いで浮かんだのは大嫌いな父親だ。

結局、アイツは最終的に会社に、女たちに、そして私たちに捨てられた。

破滅をした。調子に乗った罰を受けたんだ。

 でもそれは私も一緒。

今更だけど、私はあの父親と同じように、愚かなことをしていたのだと気がついた。

たぶん、私の中にあるドス黒いものは、父親から受け継いだものだ。

だから、これからは気をつけなければならないと思う。

どう足掻いても、私はアイツの血を引いた、娘なのだから……


 そんな私へ、武雄は怒りながらも優しく接してくれた。

怒りながらも、心配をしてくれた。その時、初めて気がついた。


 私が一番好きだったのは、彼だったのだと。


 でも、私は彼にとても酷いことをしてしまったという自覚がある。


 たぶん、彼は私がどう動こうとも"黒井姫子"を好きにはなってくれない。


 冷静に考えて"黒井姫子"は最悪な人間だと思う。


 そのためか、ここ最近、悪い夢をたくさん見るようになった。

私が私自身を殺す夢……飛び降りたり、踏切へ飛び込んだり、首を吊ったり、あの鬼村英治を自分自身の手で殺めたりなど……

この夢が何を私に伝えようとしているのかはよくわからない。

でも、こうならないためにも、私は今一度、自分を変えるべきだと強く思った。


 そしてそんな私へ、神様は最後のチャンスをくれた。


 たぶん、これが、やり直しのできる最後の機会だと思った。


 だから私は、今一度元に戻ろうと思う。


 メガネで、地味で、イラストが大好きな過去の私……でも、両親の離婚によって、生まれた新しい私。

仮面を取るのはすごく勇気がいった。

でもそうする以外、今の私に残された道はない。


 何よりも、私は、今更だけど武雄のことを……


「私は明日から……【白石 姫子】……もう、黒井姫子じゃない……!」


 私は自分へ言い聞かせるように、新しい名前を口にしたのだった。

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