★★エクストラルート第2話 彼女が黒く染まった理由〜幼少期〜


 私が小さい頃の家族はとても穏やかなものだった。


 多分、間取りは1Kのとても狭いアパート。

そこで小さな頃の私は、お父さんとお母さんに挟まれて川の字になって寝ていた。


 たぶん、あんまりお金が無い家だったと思う。

だからお父さんとお母さんで家計を支えていたような気がする。

 その当時のお父さんも、お母さんの代わりに良く保育園へお迎えに来てくれた。


 ねだると時々、帰りにこっそりたい焼きを買ってくれて、それを2人で分けて食べるのがとても楽しみだった。


 だけど、やっぱりうちにはあんまりお金がなさそうだった。

周りの子はサンタさんから欲しいものを貰えていたけど、私はいっつも、欲しくは無いぬいぐるみとか本とかばかり。

だから誕生日もその調子で、その時はいつも喚き散らしてていたように思う。


 その度にお父さんもお母さんも悲しそうな顔をして。

私はちゃんとごめんなさいと謝って、貰ったものを大切にして。


 そんなある日のこと、お父さんが「決まったぞ! 外資だ! 外資! 頑張るぞぉ!」


 どうやらお父さんは、私たちのためにお仕事を変えてくれたらしい。

その日、私はお母さんとたくさんお祝いをした。

お父さんは、「これからはなんでも好きなものを買ってやるぞ!」と興奮していた。



●●●



 小学校に入った頃頃から、私の生活は一変した。


一年目、お母さんは働くのをやめた。お父さんのお仕事だけで暮らせるようになったからだ。

お父さんは車を手に入れて、私たち家族をいろんなところに連れってってくれた。

その年のサンタさんは私の欲しかった、パリキュアのブラックの変身セットをくれた。


二年目、家が小さなアパートから、大きな家に変わった。

私専用の部屋もできた。私は毎晩、お母さんと寝てばかりだった。

お父さんは全然家に帰ってこない。


三年目、大型連休はだいたい海外か、国内の観光地に行くようになっていた。

でもお父さんはいつも携帯電話が手放せないでいた。

時々、怖い声を出して、怒っていた。

私もお母さんも、お父さんに殴られることが多くなった。


四年目、お父さんが帰ってくるのが怖くなった。

だって、いつも怒っているんだもん。

お母さんはそんなお父さんにいつもビクビクしてばかり。

私もお父さんが怖かった。だって、失敗すると……


「どうしてお前は俺の部下みたいに言う通りにちゃんとできないんだ! なんで、こんなミスばかりっ!」


「きゃっ!!」


 こうして手を挙げられることも度々……昔の優しいお父さんはどこかへ行ってしまった。

 お母さんも、お父さんがいるときはビクビクしてばかり。


 昔は川の字で寝ていったなんて、まるで嘘かと思ってしまった。


 最初は寂しかった。何もかもが嫌になった。

でも、好きなことができたので、それが私の心の支えになった。


 私はイラストに出会ったのだ。



●●●


「わぁ! 姫ちゃん、絵上手! みせてみせて!」


 きっかけは私が自由帳に書いていた、パリキュアのイラストだった。

小さい頃からパリキュアが大好きでよく写し描きをしていた。

そうしたらだんだん、こうしたらかっこいいかも、こうしたらもっと可愛く……なんて色々なアイディアが浮かんできて。

それを書いて見せたら、みんながもっと喜んでくれて。


「ねぇpic Tivって知ってる? 載せたらどう?」


 インターネットには自由にイラストが載せられるところがあるらしい。


 そこから私は色々と調べた。


 パソコンとペンタブ? というやつが有れば、もっと便利らしい。

だけど物凄く高いものだった。でも思い切ってサンタさんに頼んでみた。

するとタブレットとペンタブが手に入った。


 最初は手で描くようには上手く行かなかった。

でも頑張って練習をしたら描けるようになっていた。


 力作をpic Tivに載せてみた。

クラスの人よりも、もっとたくさんの人がハートをくれた。

とても嬉しかった。

もっと上手くなれば、たくさんの人が喜んでくれる。

私はイラストへのめり込んでいった。



……それは小学校5年の頃だったか。


 私のイラストは小学校でも有名だった。

ネット上にも楽しみにしてくれている人がたくさんいた。

私は一生懸命、漫画家になるために毎日絵を書いていた。


「うわっ、キモっ……! いっつも1人で何かやってるって思ったら、漫画なんて描いてるんだ?」


「あっ! か、返してっ!」


 私の大学ノートを奪ったのは、クラスの中心にいる、女の子たちのリーダーだった。

その子はとても綺麗で、男子はみんなその子が好きだった。

その子が笑うと、みんなが笑った。その子が良いと言えば、全部が良くなった。

まるで昔アニメでみた"悪い魔法使いの女王様"のようだった。


 対して私は、太ってて、メガネで、誰とも話をせずいつも教室の隅で絵を描いている。

同じ教室にいるのに、まるで壁があるような関係性。

だけど、それでも私は構わなかった。

だって私にはもっと広い世界で、私のイラストや漫画を待ってくれている人がいるのだから。


……そんな私が、いつしかクラスから除け者にされていると気がついたのは、その少し先のことだった。


 私が歩くとみんなが"臭い"といって鼻を摘み出した。


 消しゴムや鉛筆を落としてしまうと、蹴られてさらに遠くにやられた。


 教科書をどこからにやられて、とても困った。


 しまっていた体操着がいつの間にか泥だらけにされていた。


 トイレをしていると、その度に扉を叩かれ、笑われた。

トイレに入るのが怖くて、何度か漏らしてしまったことがあった。

余計に臭い、と言われた。


 先生にも相談をした。

でも、話を聞くだけで、何もしてくれなかった。

"そんなのは私の思い込み"と何度も言われて……


 家では相変わらずお父さんが毎日怒っているし、お母さんはお父さんにビクビクしている。

そもそも家で相談できる雰囲気ではなかった。


 もう私の逃げ場はインターネットの中にしかなかった。

pic Tivのみんなは優しくて、私がイラストを上げるたびに、喜んでくれていた。


だけど……「これ、トレス? パクリじゃん!」


 そんな言葉が感想欄にあった。確か参考にしながら描いてはいた。

それがいけなかったのか。急に酷い言葉が溢れかえるようになった。


「ド下手。素人」「つまらん。止めろ」「もっとさーエロい感じに! こんなんダメダメー」


 優しい言葉は書かれなくなった。

私をフォローしてている人の数がどんどん減り始めた。

私はなんとか食い止めようと、言われた通りにしてみた。

でも全然ダメで……結局、私は愛用したペンタブを置き、自分のページを閉鎖したのだった。


……ちなみに後で知ったことだけど、炎上のきっかけとなった書き込みは、当時私をいじめていた連中の1人が、意図的に仕組んだものだったらしい。



●●●


 小学校5年から6年までの2年間は地獄だった。

どこにも逃げ場がなかったからだ。

 

 一瞬、私自身や、私にいじわるをする人たちへ、よくないことをしようと言う気持ちが生まれた。

 そういう方法をインターネットで調べていると、私と同じくらいの年の子が、よく無いことをしたニュースのアーカイブを見つけた。その後にどうなってしまうのかは、動画でたくさんみたりした。


……すると馬鹿馬鹿しくなった。

確かに今の気持ちはすっきりするかもしれない。

だけど、こういう単細胞な思考は、自分の人生を棒に振ってしまう。


 何か他にできることはないか。何か……そんな時、初潮がきて、胸の膨らみを自覚する。


 これだと思った。


 相変わらず、私に意地悪をしているアイツは、見た目が良い。

いつも堂々としている。女王様を気取っている。


 幸い、私のお母さんは周りから褒められるくらいの美人だ。

お父さんも、アイツも見た目は悪くはない。


……もしも、この肉のスーツを脱ぎしてれば、あるいは……


 そこから私の努力の日々が始まった。


 イラストはもう諦めた。時間がかかる割に、リターンが少ない。

第一、いくら時間をかけても、誰にも見られず電子のクズとなるのなら、時間が勿体無い。


 その時間を私はダイエットに費やした。


 成長期の影響もあるのか、継続的に運動をすれば、みるみるうちに肉のスーツがなくなっていった。


 パリキュアだって、今みればあんなの子供騙しだ。

アニメとか、漫画とかもキモい。もっとおしゃれで、女の子らしいものをなにか……!


 そして勉強も一生懸命頑張った。

私立の中学に通いたいと言ったら、お父さんは珍しく喜んでくれた。

参考書とか、塾とか、家庭教師とか。一杯一杯投資をしてくれた。


 そうして迎えた小学校の卒業式。

みんなはすっかり綺麗に生まれ変わった私に、釘付けだった。


 でもこれは始まり。

 今にみていろ、クソ野郎ども……!

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