★★エクストラルート★★(全ルート既読者対象)

★★エクストラルート第1話 〜もう一つの選択〜雨の中。獣じみた衝動


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【!!注意!!】


ここから先は作者の"自己満足"となります。

また本ルートは"全ルート"をご覧いただいた方を対象に書いております。

以上をご留意いただたうえで、お楽しみいただければ幸いです。

全ルートを読んだ上で、ここまで来てくださった方を信じております。


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 家へ帰り、ベッドに寝そべりながら、呆然とこれまでのことを振り返る。


 痩せて大学に入ったら人生が一変した自覚がある。

そしてたくさんの新しい出会いに恵まれた。


 みんなはそれぞれ、俺の心地よい色に染まってくれている。


 そのこと自体は嬉しいし、何よりも気を使わなくて楽なのが本音だ。

だけどこういう状況になって、ここ最近俺は黒井姫子との暗黒の交際時代を思い出すことが多くなっていた。


 奴にベタ惚れだった俺は、まんまと奴のが心地良いように"染められた"。

そのせいで、人生で一度きりしかない、高校3年間を棒に振ってしまった。

貴重な時間を歪められてしまった。


 こちらが心地よいだけの関係はフェアじゃない。


 相手が自分へ興味を持って自分の心地よい色に"染まって"くれているのなら、自分自身も相手へ興味を持つべきだと思う。


 むしろ、もっと俺は"彼女"のことを知りたい。

"彼女"のことを理解したい。

そう強く想う。だからこそ、今こそ次の一歩を踏み出す時。


 俺の胸の奥へ、強く印象に残っている"彼女"、その人こそーー



……どうしてアイツなんだ。


 頭では、俺は自分自身へ何度も文句を言っている。


……なんで、わざわざアイツなんだ。


 今、思い出しただけでも、あの時、あの瞬間の怒りと絶望が蘇る


 黒井姫子から、一方的に交際終了を告げられた時、俺の3年間は全て無駄に終わった


 だからこそ、もう二度と、アイツには関わらないと決めたのに。

そのはずなのに……


 だけど先日、大学でたまたま見かけたアイツは、ボロボロで。

すごく辛そうで。たぶん、また家で嫌なことがあったんだろうって思って。

そんなアイツはまるで透明人間のように扱われていて。おそらく誰にも相談できないんだろうと思って。


そうして気がついたらーー俺は傘を片手に外へ飛び出していて。

とうとう黒井姫子の家の前までやってきてしまっていた。


 もはや俺はアイツの連絡先を知らない。

知っているのは、自宅がここにあるということだけ。


「何してんだよ、俺……なんで、今更あんな女のことを……!」


「た、武雄……?」


 驚いて振り返る。

そこには雨の中、傘も差さずに佇む、野良猫のような女が1人。


「お前バカか!」


「ひっ!?」


「こんな土砂降りなんだから傘させって! コンビニでも売ってるだろうが!」


 俺は黒井姫子から視線を外しつつ、自分の差していた傘を突き出した。


 なんで下着が透けるまで濡れてんだよ、このバカ女は!


「武雄が濡れちゃう……」


「ならさっさと家へ入れ! 俺が風邪をひく前に!」


 俺は黒井姫子の家を指し示す。

しかしコイツは、弱々しく首を横へ振るだけだった。


「また親父さんか?」


「……うん」


 コイツの親父さんは酷い亭主関白で、更にかなりの浮気者らしい。

いつもは不遜なコイツも、家で嫌なことがあると、こうして度々弱体化していた。

交際当時は、そんなコイツを気の毒に思って、慰めていたこともあった。


「……じゃあな。嫌とかそういうこと言わないで、さっさと家へ入れ」


 背を向けて歩き出す。

すると、明らかに着いてくる気配があった。


「なんで着いてくるんだよ?」


「……一緒に居たい……」


「何言ってんだ? さっさと帰れ」


 再び歩き出す。しかしそのたびに、黒井姫子は俺に着いてきた。

まるで、餌を強請る野良猫のような……


……そう、コイツは野良猫だ。

雨に濡れて、お腹を空かせて、孤独に喘いでいる野良猫。

猫を拾ったのなら、最後まで責任を持つ必要がある。

でも、コイツは人間だ。拾ったからって、最後まで責任を持つ必要はない。

一時の優しさに流されて、雨宿りをさせても、晴れたら追い出せば良い。

追い出せば……


●●●


 今日は終日雨が降っているということもあり、寒さを感じた。

まさか春に暖房を使う日が来るだなんて……やっぱ異常気象なんだな、昨今。


「お風呂、ありがと……」


 後ろで扉が開いて、肌へ血色を取り戻した黒井姫子が入ってきた。


 ノーメイクで、更に高校時代の真緑なジャージ姿。

どこにも扇情的な要素はない。

だけど、視線を合わせられないのは、コイツの顔と体だけは魅力的だからだろう。

きっとジャージの下も、何も付けていない筈だし……てぇ、俺は何考えてんだ!


「コーヒー、紅茶! どっち!? でもお前の大好きなミルティーなんて贅沢なものはないからな! コーヒーはブラック、紅茶はストレートのみ!」


「紅茶で……」


 なんとなくコイツが紅茶を選びそうだとわかっていた自分が悔しい俺だった。


 俺と黒井姫子は、狭い部屋で2人きり、会話もなくただ暖かい紅茶を飲み始める。


……しかし参ったな。勢いで部屋へ上げちゃったけど、この後どうしよう?

流石に服が乾く前に追い出すのはアレだし。だけど朝まで乾きそうもないし……


 その時、投げっぱなしの黒井姫子のスマホが震え出す。

しかしコイツは全く興味を示さない。


「電話鳴ってるぞ?」


「いい。興味ない……」


「ああ、そう」


 再び、重い沈黙が流れた。もう、本当にどうしていいか、わからない。

まぁ、気を使う必要もないか。ここ、俺の部屋だし。何をしてても良いわけだし。


 俺は随分大人しい黒井姫子に背を向けた。

ああ、そうだ! そろそろ兎葉 レッキスの配信時間じゃん!


「ーーーーッ!?」


 それは突然だった。

背中に感じる柔らかな感触と、使い慣れたシャンプーとボディーソープの香りが鼻をくすぐって来る。


「武雄っ……エッチしよ……」


「……なに言ってんだ? お前?」


 意味のわからなさ、そして僅かな怒りが、俺の声音を低くしている。


「武雄とエッチしたい……」


「……鶴の恩返しの真似事か?」


「武雄っ……」


 黒井姫子の手が、俺の身体を触り始めた。

その手つきはすごく慣れていて、すごく妖艶で。

突き放したい気持ちは山々だった。だけど目覚めた雄の本能が、衝動を突き動かし、身体へ要求を促してくる。


「ごめんね……ごめんね……一杯我慢させて……一杯辛い思いさせて……騙してごめんね……」


「こ、これ以上はやめーーっ!!」


 今日ほど、俺が未だ童貞だってことを呪った日は無かった。

初めて女性に触れられる感覚は、怒りを上回り、衝動を突き動かす。


 悔しかった。こうしてまたこの女に手玉に取られていることに、そうなってしまった自分自身へ怒った。


 俺は黒井姫子の手首を思い切り掴んだ。

そして振り返り、力任せに床へ押し倒す。


 ああ、良いさ……もうなんでも良いさ……。

だったら、これまでの怒りを、味合わされた屈辱を、全部まとめて、今コイツに、黒井姫子に返してやる。


「はぁ、はぁ……武雄っ……」


「誘惑したのはお前だ。もうどうなっても知らねぇぞ!!」



……

……

……



 部屋には俺と黒井姫子の体臭が入り混じった、不思議な匂いになっていた。

 布団もシーツも、真新しいシミだらけ。

いつか、初めてできた彼女と使おうと考えていた衛生器具は、俺の欲望の証をたらふく飲み込んで、そこら中に放置されている。


「ありがとう、武雄……すごく、気持ちよかった……」


 背中へ黒井姫子の言葉が響いてきた。


「そりゃどうも」


「すごく上手だった……すごく嬉しかった……」


「……」


 上手で、嬉しい。

もしも、これがちゃんとした恋人同士のやり取りだったら、きっと有頂天になっていたに違いない。

しかし俺の初めての相手は、あろうことか"黒井姫子"

悔しい気もする。

しかし高校3年間、妄想の中だけだった、コイツを抱けたことに、多少なりとも満足感を抱いている。


「一つ、聞いても良い?」


「なんだよ?」


「……なんで、ゴム使ってくれたの? 私は別に……」


 その声はどこか不安げで、寂しげで。

てか、こいつ、普段からそういうことをしてるのかよ……と、かなりそういうことではリードされていることに、若干悔しさを覚えたり。


「使うのは当然だろうが。妊娠したら困るし……」


「……」


「無責任なことはしたくない。ただ、それだけだ」


「……そっか。そうだよね……」


 黒井姫子の声はどこか安心したような、嬉しそうな。


「ありがとう武雄……」


……

……

……


 カーテンの間から灯りが差し、目が覚めた。

俺は1人、全裸でベッドに横渡っている。


 まさか今のは全部夢? だったら恥ずかしいし、悔しいなぁ……


とは思いつつも、まだ枕には黒井姫子の残り香があった。

散乱していたテッシュや、使用済みのゴムは全部まとめてゴミ箱へ。


 そしてテーブルの上には、焼き上がってからだいぶ時間が経っているパンケーキが一つ。



『おはよう。昨夜は本当にありがとう。家に上げてくれてありがとう。急に色々と要求しちゃってごめんなさい。勝手に台所を使っちゃってごめんなさい。ホットケーキミックスを常備してるだなんて、武雄らしいね。良かったら食べてください。バターは相変わらず大好きだろうけど、ほどほどにね。黒井姫子』



 昨日まで俺なら、こんな手紙はすぐに丸めて捨てていただろう。

でも、そういうことがなかなかできなくて。


「……相変わらず、焼き方美味いじゃん……なんなんだよ、畜生……」



 そういえば、昔から慰めた後は、必ずこうしてパンケーキを焼いて持ってきてくれたっけ。


 男は過去の恋愛経験を、パソコンでいう"名前を付けて保存"と聞く。

綺麗な思い出は、今の感覚を鈍らせる。抗うことができず、俺は黒井姫子のパンケーキを噛み締める。


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