★兎ルート最終話 壮大なる夢を追って!


「ドーモ初めまして、皆さん! 稲葉 兎と申しますっ! いつもたけぴ……じゃなくて、こほん! 武雄くんがお世話になってます!」


ーー黒井姫子の強姦未遂事件から一年後。

この街に残ることを選択した兎は、俺と同じ大学の一年生として入学をしてきた。


「この声って……もしかして!? なぁ、翠!?」


「うん、間違いない……雪もそう思うよね?」


「毎日ヘビロテで歌聴いてるからわかるよ! あなた、兎葉 レッキスの中の人だよね!?」


「はいっ! いつも兎葉 レッキスの配信をご覧いただき誠にありがとうございます!」


 兎も随分有名になったもんだなぁと、感慨深い俺だった。


 と、いう訳で、俺たちグループは兎と彼女の親友の鮫島 海美さんを加えた6人でよく連むようになった。

 夏にはみんなで花火大会やキャンプに行ったり、冬はウィンタースポーツ、春はお花見などなど、楽しい思い出を刻んでゆく。


「ちょっとたけぴ! エッチな目で雪先輩と海美を見ないでよ!」


「あいてて! ご勘弁を!」


「勘弁するか! このどすけべ! 見るなら私だけにしろぉー!」


……前と違って、兎とのこうした喧嘩は増えた。

でもそれだけ仲がいいというか……俺たちは運命共同体だからだ。




ちなみに、これは余談なんだけど……


「雪先輩! なんでこのグループで私たちだけ彼氏いないんですか! 不公平じゃないですか!」


「そうだよね、海美ちゃん! 私もそう思う! だから……私たちが付き合おう!」


「え、ええーー!? その展開ですかぁ!?」


「さぁ、お姉さまの胸に飛び込んでおいでっ! 海美ちゃんっ!」


「雪お姉様ぁー!」


 真白さんと鮫島さんは、こんな感じの結構良いコンビになっていたりする。

新しいお笑いコンビの誕生だ。


●●●



「では、稲葉 兎さんに担当してもらうバーチャライブ四期生はーー"ぴょんコラ"で決定ということで! この子は我が社の威信をかけたバーチャアイドルよ! 必達目標チャンネル登録者数100万人! 気合い入れなさいよ!」


 白熱した会議は、株式会社カーブ取締役:飯山 古希さんの熱のこもった一言で終わりを告げるのだった。

代表取締役の健二さんはドンと座ったままというか、比較的古希さんの言いなりだったり。

会議からでも、飯山夫妻の家庭での力関係が見えた気がする。


「100万人って……まだ兎葉 レッキスでも10万人行ってないのに……」


 会議室に1人残った兎はそう呟いた。

 どうやら兎は、古希取締役の気合いに気圧されてしまったらしい。


「大丈夫、俺も側についてるから! 頑張ろう!」


「そだね……たけぴも一緒なんだよね! きっと大丈夫だよね!」


「おい、染谷! 早く来い! ミーティングはじめっぞ!」


 と、後ろから先輩社員の怒号が聞こえてきた。


 俺は足早に、次の会議へ向かってゆく。



『良かったら、うちでアルバイトをしない? 染谷さんには是非、稲葉さんの担当する新しいバーチャアイドルの企画立ち上げに参加してほしいのよ!』



 そう古希取締役にオファーを貰ったのは、今から一年前のことだった。

 俺は真珠さんへ頭をさげて、居酒屋かいづかを退職させてもらい、今は株式会社カーブで製作アシスタントのアルバイトをしている。


 正直なところ、俺に特殊な才能はない。

でも、兎が頑張っているんだから、俺も頑張ろうと思い、何事にも前向きに取り組んでいる。


 それに俺には、兎と付き合うようになって、大きな夢ができたからだ。



●●●


「それじゃ、バーチャアイドルぴょんコラ登録者数10万人達成と、兎二十歳の誕生日を祝って……乾杯!」


「乾杯! ありがと、たけぴ!」


今夜は昔懐かしの、居酒屋かいづかで、2人きりで飲んでいた。


 もう兎と付き合い始めて3年。

月日が経つのはあっという間だと思う。

今日から兎は晴れて、俺と一緒に飲める年齢となった。


「あーあ……半年間一生懸命活動しても10万人かぁ……100万は遠いなぁ……」


「そう言うなよ。10万人だって十分にすごい数字だって」


「まぁ、そっかぁ……うん、そうだよね! それにたけぴがいつまで一緒にいてくれるなら、いつか100万人に到達できるよね!」


「おう、その勢い! まぁまぁ、飲んで飲んで」


「おおっとっと、悪いね」


 この後、2人して"なにやってんだか"と大笑いだった。


「2人とも、もう少し声を控えめにね? 他のお客さんに迷惑よ?」


「すみません……」


「ごめんなさい……」


 いい歳して、真珠さんに注意されてしまった。

恥ずかしい……


「そういえばさ、たけぴ……念の為に伝えておくね?」


「なにさ?、改まって?」


「その、黒井さん……白石さんのこと……」


 どうやら兎は、ここ数年、強姦被害にあっていた黒井姫子を改め、白石姫子のことを心配して、俺には内緒で連絡を取り合っていたらしい。


「ようやく、抗うつ剤を飲まなくても良くなったんだって。とりあえず、これからは社会復帰を目指してリハビリするんだって」


「ふーん……」


「子供とか、そういうのも難しいみたい……」


 前に兎から聞いた話では、奴は生殖器に無理がかかって、子供を作る機能が壊されてしまったらしい。

そんな境遇になったアイツには、多少同情してしまう。


「あっちからもう連絡取らないってことと、たけぴには"ありがとう、とごめんなさい"を伝えておいてほしいって。だからこの話したんだ……」


 内心、今でもアイツのことは快く思ってはいない。

でも、気の毒に思う節はある。だから、これからは穏やかで、真っ当な人生を送ってほしいと、1人の人間として願ってやまない。


 あんな奴のことでさえ、ちゃんと心配できるだなんて、兎は本当に心の優しい良い子なのだと改めて感じた。


 もう兎みたいに可愛くて、とても性格の良い彼女は俺の前に一生現れないだろう。

絶対に手放したくはない。だから……


「ねぇ、たけぴ……私、いつまでバーチャアイドル続けられるんだろうね?」


「兎の頑張り次第じゃない?」


「それは分かってるんだけどさ……このお仕事って、ずぅっと続けられるもんじゃないじゃん? だから最近、ちょっと不安でね……」


 いつも兎の側にいるから、最近そういう悩みを抱えているのは重々承知していた。

でも、俺にはとある計画がある。


 俺の計画、それは"起業"だ。


 実は今、デジタルコンテンツの下請け業者を学生起業しようと、飯山さん夫妻に相談している最中だ。

夫妻からは、兎葉 レッキスの切り抜き動画や、カーブでの働きぶりを見て、技術的に問題はないとのお墨付きをもらっている。

更に幾つかの業社からは、既に色良い返答を貰っていたりもする。


 もしいつの日か、兎がバーチャアイドルの中の人を引退することになっても、彼女には俺の会社で後輩育成をして貰いたいと考えている。そうして会社を大きくして、兎のグラマンが割烹を引退したらこちらへ呼び寄せて、"家族"として三人で暮らす。

これが俺の計画の全容だ。壮大なる夢だ。


「ねぇ、たけぴ聴いてる? てか、さっきから何1人でニヤニヤしているの?」


 おっと、思わず1人の世界に浸っていたらしい。

まだ、この計画は兎には明らかにしていない。

軌道に乗った時点で、きちんと説明するつもりだ。


「ねぇ、何か隠してるでしょ?」


「いいや、別にー」


「なによー教えてよー! 教えてくれないと、耳舐めちゃうぞ!」


「こ、こら、こんなとこで! また真珠さんに怒られちゃうって!」


 ともあれ、これからも俺と兎の楽しい時間は続いてゆく。


……ちなみに真珠さんから二度目の注意を頂いたのは言うまでもない。



稲葉 兎ルート おわり

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