●黒井姫子を見捨てる



★黒井姫子を見捨てる



……今更、アイツを助ける義理はない。


俺はアイツに貴重な時間を奪われたんだ。憎い相手なんだ。

だからアイツがこの先どうなろうと知ったことじゃない。

むしろ、もっと酷い目にあって、惨めに一生を終えてくれればと思う。

ざまぁみろだ。


「……逃げよう、兎」


 俺は兎の手首を掴んで、そう言った。


「えっ? い、良いの!?」


「良いんだ、あんな奴放っておけば!」


「そんな……」


「これは当然報いなんだ! ざまぁみろなんだ! アイツなんてどうなろう知ったことじゃないんだよ!」


「でも……ーーっ!?」


 目の前で兎が目を見開いた。

そして俺へ、黒い影が覆いかぶさってくる。


「がっーー!!」


「たけぴっ! いやぁぁぁぁー!!」


 硬い何かで頭を殴られた俺は、地面へ倒れ込む。

一瞬で、俺の意識は霧散していった。


……

……

……


 ようやく目覚めた俺は、辺りを見渡した。

 人の気配は薄い。男たちの声も聞こえない。


「うっ……うっ……」


 代わりに、幽霊のような啜り泣く女の声が、辺りに反響している。


 まだ殴られた衝撃で、視界がぐらついている。


 まともに歩くことすらままならない。でも、俺はとにかく早く、前へ進みたかった。


ーーそして、目の前に見えた光景に愕然とし、俺は地面へ座り込んでしまった。


 俺の目の前には、衣服をボロボロにされた、2人の少女が力なく横たわっていた。


 片方は、もはや人形のように動かなくなった黒井姫子。

そしてもう1人は……


「たけぴ……」


「う、兎っ……!」


「ごめんね、たけぴ……私、変な奴らに汚されちゃった……ごめんね……ひっく……」


●●●


 兎と黒井姫子は、幸いなことに命は無事だった。

しかし幾ら命が無事ではあっても、心は死んだも同然の状態となってしまった。


 ちなみに今でも、兎と黒井姫子を強姦した男たちは捕まってはいない。


 そんなある日のこと、俺はネット上でとんでもないものを発見する。


「これって……黒井姫子じゃ……?」


 ある日、俺はネット上にアップロードされた、黒井姫子のエロ動画を発見してしまった。

かなりの数がアップロードされていて、その界隈ではかなり話題となっていた。



「あのさ、知ってる黒井さんって……」


「自殺したんでしょ? 家で首を吊ったとか……」


「まぁ、あんな動画が広まっちゃねぇ……」



 既に黒井姫子はこの世には存在していない。

しかし今でも、奴のあられも無い姿はネット上に残り続けていて、日々たくさんの男達の欲望の吐口にされている。


 そして同じ目にあってしまった、兎のものもアップロードされているのではないかと、必死に検索をする。

幸い、今はアップロードされてはいないらしい。

だが、いつその日がやってきてもおかしくはない。


 当然、兎葉 レッキスは活動を停止した。

 飯山夫妻からいただいた話も、兎自身が断った。


 そして稲葉 兎は人知れずグランマの待つ地元へ帰っていった。

俺にさえ、別れも告げずに。


……もしもあの時、俺が憎しみに囚われず、黒井姫子へ慈悲の心を持ってさえいれば、アイツが命を落とすことはなかったのだろう。

そして俺は兎と幸せな日々を送っていたに違いない。


 しかし後悔しても、もう遅い。


 過ぎてしまった時間は、取り戻せないのだから。


 俺は人としての選択を誤ってしまったのだから……



バッドエンド5

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