★兎ルート第9話 最期の選択


「ねぇ、たけぴ、そろそろ起きてよぉ……お買い物行きたいよぉ……」


「うーん……後少し……」


「もう……あっ、そうだ…………ふぅー……!」


「おわっ!?」


 いきなり耳に息を吹きかけられ、思わずベッドから飛び起きた。

 兎はシーツに包まりながら、してやったり、といった表情を浮かべている。


「にひひ! おはよたけぴ! どうだった? 兎葉レッキスのASMRのご感想は?」


「ASMRって、お前なぁ……まさか配信でやろうとしてないよな?」


 ASMRとは直訳すると"自立感覚絶頂反応"となる。

視覚や聴覚への刺激によって感じる心地よい反応のことだ。

近年、バーチャアイドル界隈で、この心地よい音をメインコンテンツにする配信者が増えている。

だけど、結構際どい音や声を発するパターンが多く、今ではメインで配信しているサイトでは年齢制限を設けないと禁止とされている。


「やっぱダメ? もしかして妬いちゃう?」


「いや、うーん……」


「分かってるよぉ。耳をペロペロ舐めてあげるおは、たけぴだけだよぉ! ってぇ、ことで! はむっ!」


「あひっ!? ちょ、やめっ!」


 昨夜も散々やらられた。今でも、可愛くて、良い声をしている兎にそうさせると、全身が反応して仕方がない。

だけど、いつまでもヤラっレぱなしなのも癪だ。


「逆襲だ! はむっ!」


「ひ、ひゃぁ!?」


「兎、大好きだよ。愛しているよ。兎可愛いよ」


 兎の耳を甘噛みしつつ、柔らかな声で、愛の言葉を囁いてみる。


「ず、ずるい! 台詞いうのずーるーいー!」


「兎、可愛いよ。ふぅー……」


「ひゃんんんんーー!!」


……この後、朝っぱらだというのに、無茶苦茶やり合ったのは言うまでもない。


こんな感じで、俺と兎は楽しい交際を続けている。



●●●


「また宜しくね」


「ええ、まぁ……」


 黒井姫子は油ぎった中年男性から、金を受け取り駅前で別れた。

もはや抵抗感も嫌悪感も無い。金がもらえればそれで良い。

すっかり彼女の貞操観念は狂ってしまっている。


 もう何もかもに嫌気が差した黒井姫子は、ここ数日間まともに家へも帰らず、こうして金を得て街をふらついていた。


 さて、今夜は大金が入ったし、美味しいものでも食べようか。

そう思っていた時のこと。


鬼村

"久しぶり! なんか色々ごめんね"


鬼村

"会って話がしたいんだ! 今までのことを謝りたいんだ!"



「ははっ……何が謝りたいがターコ」


 メッセージ入力さえ億劫な黒井姫子は、呆れの言葉をスマホへ零した。


 しかしはたりと思い起こす。

あっちが会いたいって言うなら、文句の一つでもってやろうと。


 黒井姫子は"どこで会えますか?"と返事をする。

すると彼は、いつものタワーマンション付近を指定してくる。


「まだ自分の家だって言い張ってるのかよ、はは……!」


 黒井姫子は周りの視線など気にせず、不気味な笑い声を上げながら、街のはずれにあるタワーマンションを目指してゆく。

そうして暗い夜道を、タワーマンションを目指して歩いている最中のことだった。


 突然、一台のバンが黒井姫子の真横に止まる。


「ーーッ!?」


 そして彼女はバンから出てきた複数の男に取り押さえられ、車の中へ押し込められてゆく。



●●●


「買っちゃった……遂に買っちゃった!」


「30万のマイクってなんだよ……よくそんな金があったな?」


「それもこれも、いつも投げチャをしてくれるリスナーさんのおかげだよ! あっ! いっつも切り抜きショート作ってくれてるたけぴにも感謝しているからね!」


 全く調子のいいこと言っちゃって……可愛いから許すけど。


 ふと、兎が立ち止まった。

そして道路へはみ出すほど、草木が生い茂っている広大な土地を見上げている。

昼間見ても不気味だけど、夜ともなると更にだ。

ここには地元の人間も、進んで近づこうとはしない。


「ずぅーっと気になってたんだけどさ、この森みたいなのってなんなの?」


「この奥には廃墟になった神社があるんだよ。俺が小さい頃はまだマシだったんだけどさ」


「ふーん……」


 なんだかとても嫌な予感がする……


「ねぇ、たけぴ! ここって心霊のスポットの噂とかない!?」


「いや、えっと、それは……」


「森の奥深く……そこには打ち捨てられた廃神社が! 神社からは夜な夜な、祭囃子が聞こえ、成仏できない幽霊たちが踊り狂っている……うん、これ良い! バーチャアイドル初! 心霊スポットへ突入してみた! どうでしょ!?」


「いや、ダメだって! まずは土地の所有者さんに許可を取らないと! それに危ないし」


「えー、良いじゃん! ちょっとだけ! ほんと少しだけ!」


 なんだよ、その先っちょだけ、みたいな言い方は……最近、兎のやつ、下ネタが酷いんだよなぁ……


「よおぉし、兎葉 レッキスーーいきまーす!」


「お、おい! ちょっと!!」


 兎は堂々と、草木を分入って土地へ入ってゆく。


 路肩に黒いバンが止まっているのが気になった。

俺たちと同じような、お馬鹿さんがいなきゃ良いんだけど……


「わぁ! 雰囲気あるねぇ!」


 案外、怖いもの知らずな兎は、俺の心配などつゆ知らず雑木林に興奮気味だった。


「もう、良いだろ? 帰ろうぜ」


「あとちょっと! ほんのちょっとだけ!」


「全く…………?」


 俺と兎は示し合わせたかのように耳をそば立てた。


「もしかして兎も?」


「うん、聞こえた……女の人の声?」


 この辺りに幽霊の噂なんてあったっけ?

 気になった俺たちは息を潜めて、耳を更にそばだててる。


 やはり女のような声が聞こえて来ている。しかもどこか聞いたことのあるような。


 俺と兎は互いに顔を見合わせる。

そしてなるべく足音を立てないように、奥へと踏み込んでいった。


 この神社は公園と裏山からなる、割と広い土地を持つものだった。

子供の頃、この裏山ではよく金太と遊んだ記憶がある。


 そんな思い出の場所に、今でも女の不気味な声が僅かに響き渡っている。


 俺と兎は人の気配を感じて、咄嗟に岩陰に身を隠す。

そしてその先に見えた光景に息を呑んだ。


「やめっ……!」


「おい、被さんなよ。お前の背中なんて誰も見たく無いっての!」


 僅かな光の中、3人の男が誰かを押さえつけている。

 

 黒井姫子だった。


 なぜか彼女は男たちに押さえつけられ、必死に身を捩っている。


 この状況ってまさかーー


「うそっ……これ、ガチ……?」


 兎が不安げな表情で俺の手を握りしめてきた。


 彼女は不安そうにしながらも、表情から怒りが滲み出ている。


 黒井姫子は俺にとって、もはや赤の他人だ。助ける義理は無い。

そして俺の高校時代を奪った、憎い相手でもある。


 だが、顔見知りでもある。知り合いが危機的状況に陥っているのは見過ごせない。


 いま、俺が摂るべき行動。

それはーー



●黒井姫子を見捨てる



●黒井姫子を見捨てない


_____________________


【!!注意!!】


 スクロールで次のエピソードへ進みますと必ず『●黒井姫子を見捨てる』になります。

別の選択の場合は、ご面倒をおかけいたしますが一度TOPへ戻り「●黒井姫子を見捨てない」のエピソードへ飛んでください。

なお、スクロールでは「見捨てるのエピソード」の後に「見捨てないエピソード」が表示されます。



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