★兎ルート第6話 ここに残る、もう一つの理由



「確認したいことがある」


「何?」


「なんで、わざわざこの街に残るって、選択をしたんだい?」


 理由はさっき兎の口から聞いている。

しかし俺は、もう一度確認がしたくて、聞いてみた。


「だってグランマのところへ帰ったら、たけぴと毎日一緒にいられなくなるんだもん! そんなの嫌だもん!」


「やっぱり、そういうことか……」


 本当は喜ぶべきことなのは分かっている。

俺自身も、それだけ兎に愛されていて、嬉しいと思っている。

だからこそ、苦しかった。


「たけぴ……?」


「兎は本当にそれで良いの?」


「えっ?」


「もしも……もしもの話だぞ? もし、俺と無茶苦茶喧嘩して、最悪な関係になって、別れることになったら、今の選択を後悔しないかな?」


 今の兎を見ていると、俺はどうしても昔の自分と重ねて見てしまっていた。


 高校時代の俺は、黒井姫子にベタ惚れだった。

そして最終的にはアイツと一緒に居たいという理由だけで進学先を決めてしまった。

もしもあの時、違う選択をしていれば、もっと違う道があったんじゃないか。

今でもそう思う瞬間が多々ある。


「たけぴ、私のことが嫌いなの……? 急にそんなこと言い出すなんて……」


 そりゃ、いきなりあんなことを言われれば、不安がるのも当然か……

俺は兎の不安を解消するようギュッと抱きしめる。


「ごめんね、急に変なこと言って。ものの例えだから。俺は今も、これからもずっと兎のことが大好きだから」


「たけぴ……」


「でも、だからこそ、グランマさんが言った通り慎重に選択してほしいんだよ。だって、これは兎の人生の選択なんだから」


「……なんで、そんなことを?」


 俺は兎を抱きしめたまま、自分の過去を話すことにした。


 黒井姫子との高校時代のこと。過去の体型と、その劣等感から黒井姫子にのめり込んでしまったこと。

そしてその結果、恋に溺れて、道を踏み外してしまったことを……


「今、兎は人生の重要な岐路に立っていると思う。だから、その選択はあくまで"自分の将来"を一番に考えて、決めてほしいんだ」


「私の将来……」


「うん。もしもさ、兎がグランマさんのところへ帰っても、俺は変わらず好きで居続けるよ。できるだけたくさん会いに行くと約束する」


「……」


「でも人生の選択はまず自分が一番。誰かと一緒に居たいからって理由では決めてほしくない。もしも、ここに残るなら、兎の人生としてどうして残るのか……その確固たる理由が欲しい」


 俺はそっと兎を離した。

泣き止んではくれらたらしい。


 俺は兎の頭を撫でてやると、今日は退散することにした。

じっくりと、彼女自身の将来と向き合って欲しいからだった。



●●●



 武雄が帰ったあと、稲葉 兎は自分自身を見つめ直していた。


 ここ最近は、恋人である武雄のことで頭がいっぱいだったと思い返す。

そんな自分へ、グランマと武雄は目を覚まさせてくれた。


 今、自分は2人が言うとおり、人生の岐路の一つにある。


 そして決めるには今しかない。


 兎は決断をした。


 そして以前、頂いた電話番号をスマホへ入力してゆく。


「あっ、こ、こんにちは! 稲葉と申します。代表の飯山さんは、今、お電話大丈夫でしょうか?」



●●●



『たけぴ! 一緒に行って欲しいところがあるの! 金曜日の夕方時間を作って! お願い!』


……そう突然、電話がかかってきたのは、兎と少し重い話をした三日後のことだった。


 その日はバイトのシフトに入っていた。

だけど、兎の声音から、どこか"決意"のような雰囲気を感じ取った。

そして俺は、真珠さんに無理を言って、バイトを休ませて貰った。

今、俺は兎がやってくるのを駅まで、今か今かと待ち侘びている。


「どぉーん!」


「うわっ!?」


 突然、誰かが声を弾ませながら、腕へ体当たりを仕掛けてくる。

 兎だった。


「お待たせ! 今日は時間作ってくれてありがとね!」


「お、おう」


「それじゃ早速! こっち!」


 俺は兎に手を引かれ、駅前通を東方面へ移動してゆく。


 東は手前の飲食店街を抜けると、オフィス街になってゆく。

その中の一つである、少し大きめのビルの前で、兎は立ち止まる。


「今日、要件があるのはここの7階!」


「7階って……おいおい、まさかここって!?」


 7階の表示には『株式会社カーブ』と書かれていた。

この会社は大手バーチャアイドル事務所"バーチャライブ"を運営している。


 定時を過ぎてもまだ稼働しているオフィスを横切り、応接室へ通される。


 そしてしばらくすると、ラフな格好をしている男女が入ってきた。

兎はすぐさま起立し、2人へ向けて深く頭を下げる。


「お、お疲れ様です! お時間を作っていただきありがとうございます! 私の隣にいるのが"たけピヨ"こと、染谷 武雄さんです!」


 兎がそう紹介をすると、男女が俺へ歩み寄ってきた。

そして女性の方が、スッと手を差し出してくる。


「こんばんは。リアルで会うのは"ドーモ!"初めまして。ウーアーこと、飯山 古希です。主に総務とタレントの管理を行なっています。で、こっちが旦那で、弊社代表の……」


「ドーモ、リアルで会うのは初めまして! イヤーこと、飯山 健二です! お会いできて嬉しい限りです」


「ド、ドーモ初めまして飯山 健二さん、古希さん! たけピヨこと、染谷武雄ですっ! 滅相もございません!」


 まさか、リアルでこの挨拶を本当にする日が来るだなんて!?


 イヤー&ウーアーというご夫妻コンビは、かつて中学時代の俺とよくネット上で連んで、バーチャアイドルの発掘を行なっていた人たちだ。この2人は元々デジタルコンテンツの下請け業を行なっていた。だけどバーチャアイドルの黎明期に、社の方針をバーチャアイドルの運営にシフトし、大成功を収めていた。

現在では大手二大バーチャアイドル事務所の片翼を担っている。


「健二さん、古希さん、大変お待たせしてすみませんでした! ようやく決断ができました! この間のオーディションの結果を検討しまして……ぜひ、ここで転生させてください!」


「転生って、兎、お前……まさか!?」


 驚く俺へ、兎はニコッと笑顔を返してくる。


「これが私のここに残るもう一つの決断だよ! 私、ここでバーチャライブ四期生として転生するから!」


 まさかの急展開だった。


 まじかよ!? 兎が、大手事務所のバーチャアイドルに!?


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