★兎ルート第5話 稲葉 兎の祖母


「これ作ってみたんだけど、どうかな?」


「わわ! これって今話題のショート動画!?」


「まぁ、兎の配信の切り抜きだけどね」


 兎のことをもっと知るにはどうするべきか。

答えは、俺も彼女のバーチャアイドル活動へ、参加することだと思った。


 稲葉 兎は側から見てもかなり可愛い。

顔が一切出ないバーチャアイドルなどやらずに、それこそ顔出しで配信をしても十分に映えると思う。

だけど、そうしないのは、きっと何か思うところがあるはず。

それこそ、兎のことを、もっとよく知るのに欠かせないと思う。


「あはは あたし、こんな発言したんだ! くくっ……こんなに上手に切り抜けるだなんて、たけぴは天才ですね!」


 ともあれ知る以前に、兎が満足してくれるなら、それだけだって構わない。


 こうして俺は、一視聴者から、稲葉 兎が扮する"バーチャアイドル 兎葉 レッキス"の運営となるのだった。


「たけぴ!」


「ん?」


「ありがとうございます! すっごく嬉しいです!」


「いえいえ。あとさ、一つお願い」


「はい、なんでしょう!?」


「そろそろ敬語は止めにして。呼び名がたけぴってカジュアルなのに、なんか変」


「あ、あはー! そっかぁ……じゃあ、これで良い? たけぴ?」


 なし崩し的に始まった交際だけど、だんだんと可愛い兎にのめり込んでゆく俺がいる。



ーーそんな日々が続いたある日のことだった。



「ねぇねぇ、たけぴ。今度レッキスでさ、心霊系のなにかをやりたいなぁって」


「いいね、それ。心霊系は伸びやすいし。でも、内容は?」


「うーん……そこなんだよね。本当は実際に心霊スポットへ行ってみたいんだけど……」


「それじゃ普通の配信者じゃん」


「だよね。でもやりたい……」


 兎の言葉を遮るように、インターフォンが鳴り響く。


「あれ? 兎、なんか頼んでたの?」


「ううん。なんだろ、こんな時間に……」


 兎は玄関の向こう側を確かめるべく、壁に備えられた液晶画面を覗きのむ。


「グランマ……なんで……!?」


 兎は慌てた様子で玄関へ向かってゆく。


 グランマって……確か"お婆ちゃん"のことだっけ?


 なんだか玄関の方が騒がしい様子だった。

しかし扉で隔たれているため、内容まではよく聞こえない。

その時、ドアノブが勝手に下がった。


「……貴方は?」


 扉の向こうから現れたのは、目元がかなりきつい、壮年の女性だった。

 これが年の功というやつか。

見られているだけで緊張感が走り、1人でに背筋がぴーんと伸びしまった。


「俺、あ、いや! 自分は染谷 武雄と申します! 稲葉 兎さんと交際をさせていただいております!」


 なんにせよ、挨拶は何においても基本だ。

古事記に書いてあるかはわからないけど。でも、特に相手がお年寄りなら最も大事なことなはず!


「ま……」


「ま?」


「まぁ! なんてイケメン! 烈純の圭ちゃんの若い頃にそっくりじゃない!」


 なんだか俺を見る兎のグランマの瞳がハートになっているような……?


 たしか烈純って、主にグランマさんぐらいの歳の方がファンの多くを占めている、歌手グループのことだっけ……?


「良いわぁ……良いわねぇ、うふふ……」


「グランマ、恥ずかしいから止めてっ! だから今は上がってほしくなかったんだからぁ!!」


 真っ赤な顔をした兎が飛び込んできて、そう叫ぶ。

すると、兎のグランマははたりと我に帰った様子で、咳払いをした。


「初対面で大変失礼をいたしました。私、兎の祖母の、稲葉 志摩と申します。孫がいつもお世話になっているようでして」


「あ、どうもご丁寧に……」

 

「お土産に美味しいお菓子があるのよ。今、お茶を淹れてあげますからね。うふふ……」


 兎の祖母グランマこと、志摩さんは足取り軽く、キッチンへ向かっていった。

最初は怖い人だと思っていたけど、さすがは兎のお婆さん。

明るくて、個性的な人のようだ。


「ごめんね、うるさいグランマで……」


「なんか兎のグランマって、感覚若いね……?」


「良い歳なんだから、止めてって言ってるんだけど、聞いてくれなくて……」


 とはいえ、久々に家族に会えたのが嬉しいのか、兎は柔らかい顔をしているのだった。



●●●


「染谷君、これ、地元の銘菓なのよ? はい、あーん」


「そ、それじゃ……」


「グランマ、あんまり調子に乗らないで! たけぴも素直に食べようとしないでよ!」


 兎がそう叫ぶと、志摩さんはつまらなさそうに唇を尖らせた。


「いつも兎はこうしてあげてるんでしょ? たまにはお婆ちゃんにもやらせなさいよ」


「してない! そんな恥ずかしいことっ!」


「まぁまぁ兎、そうカッカしないで」


「するよ! だって、私だってそんなことたけぴにしてあげたことないのに……」


 すると突然、志摩さんは盛大に笑いこけた。


「本当に2人は仲がいいのね。焼けちゃうわ……でも、兎ちゃん、この先はどうするの?」


 志摩さんが一転、真面目な声音で兎へ問いかける。


「えっと、それは……」


 兎は急に元気を無くした様子で、口籠る。

しかし2人のやり取りの意味がわからない俺は、2人の間で首をかしげるしかできなかった。


「もしかして染谷君は兎から聞いていないの? この子、あと一年でこのマンションを引き払って、こっちで暮らすのよ?」


 こっちとは、多分、志摩さんと一緒に住むということだろうか。


 俺は志摩さんから詳しい話を聞いてゆく。


 兎がここで1人で暮らしているのは、あくまで高校を卒業する来年まで。

来年からは志摩さんの暮らす地方へ引っ越すのだと。

ちなみに、この街から兎の出身地はかなり遠く、おいそれと行ける距離ではない。

更に兎の実家は地元でもかなり有名な料亭で、兎は地元の大学に通いつつ、そこの次代の女将としての修行を受けるらしい。


「もうこのマンションは売却の予定も立っているし、お婆ちゃん家も、兎を迎えるために用意はできているのよ?」


「それは……えっと……」


 妙な沈黙が垂れ込めた。


 やがて志摩さんはフッとため息を吐いて、俯く兎を見据える。


「兎ちゃん、そういう予定ではあるけど、お婆ちゃんは貴方の選択を尊重するわ。だから慎重に考えて、自分の納得のゆく答えを出してね」


「グランマ……ありがと」


「染谷さん、貴方のような方が孫のそばにいてくださって、祖母としてとても安心しております。どうかこれからも、この子のことをよろしくお願いいたしますね」


 志摩さんはそう告げて、マンションを出て行ったのだった。


 ここ最近、いつも兎と一緒にいる。

段々と兎へ愛情を抱くのようになっている自分がいると気がついている。

だから、唐突に、一年後にはおいそれと会えない関係になると知り、正直動揺している俺がいた。


「ごめんね、たけぴ、黙ってて……でも、なかなか言い出せなくて……」


「正直、びっくりしてる」


「そだよね……」


 再び、沈黙が訪れる。


 正直に言うと、寂しいと思う俺と、それはわがままだと主張する俺の2人が、胸の内に存在している。


「たけぴ! 決めた! 私、ここに残る! ずっとたけぴとこの街で暮らしてゆく!」


 兎は決意を口にした。

しかし、俺は手放しで、その決断を喜ぶことができない。

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