★兎ルート第2話 稲葉 兎と親しくなり始める時


「あ、あの、えっと……座っても良いですか?」


「もちろん! てか仕事中じゃ?」


「もう上がりなんです」


「そうなんだ。さっ、座って座って!」


「……それじゃ、お邪魔します」


 稲葉さんは恐る恐るとといった具合に、俺の真正面の席へ座った。

緊張しているのか、彼女はやや視線を逸らし気味だ。


「失礼ですけど……貴方が、たけピヨさんだって示せる証拠はありますか?」


 稲葉さんは慎重な様子でそう聞いてくる。

その態度がすごく嬉しかった。

だってこの反応って、昨晩イヤー&ウーアーさん達にリアルで会うって聴いたから、俺が伝えたアイドバイスのまんまだったからだ。


 俺はツワッターアプリを起動させ、彼女へスマホを差し出す。


「ここにはこれまでの君との会話記録が乗っているよ。自分のと見比べてみて」


 稲葉さんはコクンと頷くと、差し出されたスマホ画面をタップした。

やがて自分のも取り出し、画面の比較をし始める。


「ドーモ、染谷武雄さん! 兎葉 レッキスをやっています、稲葉 兎ですっ! お会いできて本当に嬉しいですっ!」


 ようやく稲葉さんは明るい声で、いつものアイサツを返して来てくれた。

そして目があった瞬間、彼女はすぐさま頬を真っ赤に染めて、再び視線を逸らしてしまう。


「よく私のこと見つけてくれましたね……?」


「前にニャンスタ教えてもらったじゃん? あの画像から、君がこの街に住んでいるのはわかったんだ」


「そ、そうなんですか……」


「こうして会えたのは偶然なんだよ。君のニャンスタをみて、カフェっていいなぁって思って、色々巡っていたらね」


「……なんか、ありがとうございます。興味を持ってもらって」


 稲葉さんは恥ずかしそうな、だけど嬉しそうな顔をしている。

相変わらず、こっちをみてはくれないけど。


「ごめんね、いきなりこんなことになって。さすがに緊張しちゃうよね?」


「こちらこそごめんなさい。本当はちゃんと正面を向いてお話をしたいんですけど……」


「けど?」


「たけピヨさんめっちゃイケメンじゃないですか! ズルイです! 尊すぎますっ! こんなイケメンと、正面向いてお話なんてしたら、私心臓が破裂して死んじゃいますっ!」


 なんかちょっと怒り気味だけど、すごく嬉しいことを言ってくれた。

それに、兎葉 レッキスの時もそうなんだけど、少しテンパっている時のこの子って、結構可愛い気がする。


「死なないでよ、せっかく会えたんだし。それに多分そんなことじゃ死なないと思うから、こっちみて!」


「む、無理です!」


「ちょっとだけ。ちょっとで良いから! 俺も、よく稲葉さんの顔をみてみたいからさ。だってずっと横顔ばっかなんだもん」


 俺がわざと少し拗ねた声音でそう言った。

 稲葉さんは「うう……」とうめきのような声を上げながら、ゆっくりこちらへ顔を向けてくる。


 瞬間、俺の胸が大きく高鳴った。

俺も思わず稲葉さんから僅かに視線を逸らしてしまう。

 やっぱりこの子は、多少外国人の血が混じっているのか、無茶苦茶綺麗な顔立ちをしている。

これで髪がブロンド色だったら、完璧なんじゃないか?


「やばっ……今、稲葉さんの心境がよくわかった」


「へっ……?」


「君もめっちゃ可愛いじゃん。尊すぎます……」


「ふぇ!? な、なに言ってるんですか! たけピヨさんの方がイケメンです!」


「いやいや、稲葉さんの方向こそ!」


「私なんて全然、ですって! 染谷さんの方が神です!」


「くくっ……ようやく、こっち向いてくれたね」


「あっ! だ、だましましたね!」


 稲葉さんはプイッと再びそっぽを向いてしまった。

そんな動作すら可愛く思えてしまう。


 でも、こんなに可愛い人だったら、顔出し配信してもちゃんと数字が取れるような?

なんで、わざわざ顔が一切出ない、バーチャアイドルなんてやってるんだろうか……


「あの、たけピヨさん……」


「ん?」


「せっかくなんで……改めて、連絡先交換しませんかっ!?」



●●●



……まさか、本当にこんな日が来るだなんて……。


 俺は帰り道に何度も、スマホの画面へ視線を落とす。


 そこには確かに"稲葉 兎"さんの直接の連絡先が浮かんでいる。


(これからもっと、稲葉さんとは仲良くなりたいな)


 そんなことを考え、小躍りしたい気持ちを堪えつつ、家路へ急ぐ。

稲葉さんの配信を見るためだ。


 と、そんな中、まさかの事態が!?


「稲葉さん……!?」


 いきなり稲葉さんから電話が入ってきた。

予想外の出来事に慌てながら、通話を受信する。


「も、もしもし……?」


「染谷さん……」


「ど、どうしたの!?」


 電話の向こうからでも、稲葉さんは泣いているのがよく分かった。


「ごめんなさい、いきなり電話をしちゃって……でも、もうどうしようもなくて……」


「何かあったの? 大丈夫?」


「パソコンがおかしいんです! 画面とか真っ暗で、全然なんにも映んなくて! これじゃ今日の配信ができません……ううっ……ひっく!」


「とりあえず落ち着こう。大丈夫だから」


 何ができるかはわからないけど、まずは彼女を落ち着けないとダメだと思った。


「なにか思い当たる節は? 最近、パソコンから異音がしていたとか、変なサイトに入っちゃったとか?」


「全然、そんなのありませんよぉ……」


「家にパソコンが詳しい人は?」


「いません。私、1人なんですよぉ……ああ、もう開始時間が……! ううっ、ひっく……!」


 ああ、もうこれは完全にダメな雰囲気だ。

これ以上はリモートでは解決できそうにない。

だから、俺は勇気を出して……


「あのさ……今から、俺が行って確認してみようか?」


 リアルで名乗り合ったのは、ほんの30分ほど前の話だ。

しかも相手は年下の女の子。

いきなりこんな提案をするのはどうかと思ったけど、今はこれ以上の打開策が思い浮かばない。


「……良いんですか? こんな時間にご迷惑じゃ……」


 予想とは違い、稲葉さんは別の意味で遠慮を伝えてきたのだった。


「全然、迷惑じゃないよ。いますぐ向かうから、場所を教えて」


「わかりました……マップ、送っておきます」


 通話を終えると、程なくして稲葉さんから所在地の連絡が入ってくる。


 どうやら彼女は、俺の実家のすぐ近くのマンションへ住んでいるらしい。


 俺は急いで稲葉さんの住んでいるマンションへと向かってゆく。


 かなりセキュリティーが万全なエントランスを潜って、足早に稲葉さんの住む7階へ向かってゆく。

 

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