★雪ルート最終話2 これからも真白 雪とずっと一緒に……



 雪からの提案もあり、俺は黒井姫子の誘いを受けることにした。


 場所はこちらが指定しても良いとのことだったので、"居酒屋かいづか"を指定させてもらった。

もし、黒井姫子が妙な行動を起こしても、真珠さんがいれば安心だと考えたからだ。

 お酒も飲まないのに申し訳ないと思ったけど、真珠さんはなんとなく何かを察してくれたのか、二つ返事で了承してくれた。

 本当にありがたい。お酒が飲める歳になったら、今日の分のお礼を売上と言った形で返せればと思う。


 そして、黒井姫子に指定した夕方5時。

開店とほぼ同時に、俺は雪とかいづかの暖簾を潜る。


「いらっしゃい。彼女、奥の座敷で待っているわよ」


「ありがとうございます」


 奥座敷の障子を開くと、メイクも服装も、随分と地味になった黒井姫子が座っていた。

どこか今までと違い落ち着いた雰囲気を感じる。


「お待たせ」


「あっ……どうも。どうぞ、座ってください」


 黒井姫子に促され、俺と雪は彼女の前へ座り込む。

するとすぐさま、黒井姫子は菓子折りを差し出して来た。


「つまらないものですが……」


「……」


「お二人とも、先日は危ないところを助けていただき誠にありがとうございました。お礼を申し上げるのが遅くなり、大変申し訳ございません……」


 黒井姫子はわざわざ立ち上がって、深々と頭を下げて来た。


 この1ヶ月、黒井姫子は病院へ通ったり、警察で事情を話したりと忙しっかたのは分かっている。

だからあの事件から1ヶ月経ってお礼を言われても、腹を立てることはない。


「これからもう危ない橋は渡んなよ? 人付き合いもよく考えろよ?」


「はい……肝に銘じます。これからは色々なことに十分気をつけて行動をします。ありがとうございます」


 黒井姫子は再び深々と頭を下げてきたのだった。


「それで、その、もう一つお話が……」


「なに?」


「実は私、大学を辞めることにしたんです。ようやく両親の離婚が成立しまして……」


 黒井姫子の父親は時代錯誤も良いところな、亭主関白な人物だった。

おまけに奥さんが大人しいことを良いことに、浮気三昧だったらしい

そのことで泣いていた黒井姫子を、高校時代はたまに慰めたことがあった。


「そっか。良かったじゃん」


「はい。この街を離れて、これからは母と暮らします。そこで私も母も、新しい人生をスタートできればと思っています……」


「だな。まぁ、元気で頑張れ」


「ありがとうございます……真白さん」


「は、はいっ!?」


 突然、言葉を振られて雪は素っ頓狂な声をあげている。


 おいおい、君も一応、この事件の当事者なんだぜ?

まぁ、雪らしいといえば、らしいけど……


「今更私が言えたことではありませんけど……染谷さんのことをどうぞよろしくお願いいたします」


「え? あっ! こ、こちらこそ!」


 なぜか雪も黒井姫子に習って頭を下げるのだった。

ほんと、こういうリアクションをする雪は可愛いと思う。


「この度は本当にありがとうございました。どうかお二人とも、末長くお幸せに……」


 そう言って黒井姫子が立ち去ろうとした、その時だった。


「はいはい、お待たせ! せっかくなんだからご飯ぐらい食べていって! うちの生姜焼き定食は美味しいのよ?」


 座敷席に乗り込んできた真珠さんは、注文をしていないにも関わらず、生姜焼き定食を配膳し始めた。


「あ、あの、なんで俺だけ爆盛り……?」


「男の子はこれぐらい食べないと、ね?」


「はぁ……こんなの毎回食べてたら、元のデブに逆戻りじゃん……」


「別に私は太ってても気にしないけど? なんか可愛いなぁって思ったし。黒井さんは前の武雄くんのことどう思ってました?」


 雪に話題を振られた黒井姫子は、戸惑った様子を見せる。


「あら? 染谷くん、前はぽっちゃりさんだったの? ぜひ、お話聞いてみたいわね」


 真珠さんもノリノリな様子で雪へ目配せをする。


「黒井さん、せっかくなんだから教えてください! 武雄くんの昔のこととか、色々!」


「えっ……でも……」


「袖ふれあうも多生の縁。せっかくなんだから! ご飯も食べていって!」


 最初こそ、黒井姫子は渋々といった様子で、昔のことを話していた。

しかしだんだんと楽しくなってきたのか、明るい表情を見せるようになってゆく。


 黒井姫子とは本当に色々なことがあった。

そしてたくさん辛い経験もしてきたのは分かっている。


 だからこそ、黒い姫子にはこれを機会に人生をやり直して貰いたい。

今度こそ幸せを掴んでほしい。そう願ってやまない。


「またね、黒井さん! またいつか一緒にご飯食べようね!」


「ありがとう、真白さん……必ず! またいつか、どこかで!」



●●●




……入学前は大学生活の4年間って、結構長いと思っていた。

だけど実際はいろんなことが目白押しで、あっという間に時間が過ぎてゆく。


そして嬉しいことに、その4年間の間、雪はずっと俺の彼女として一緒にいてくれた。


 まぁ、付き合った当初よりは小さな喧嘩とかは増えたけど、概ね楽しい4年間の大学生活を過ごせたと思う。


 そして社会人一年めの春、雪と付き合い始めて、5年の節目……


「良い式だったねー」


「だな」


 今日は金太と林原さん……いや、もう苗字が"兼田"だから、その呼び方はおかしいか……

ともあれ、2人の結婚式&二次会の帰りだった。


 あの2人も5年付き合って、ようやくのゴールイン。

しかもデキ婚? 仕込み婚? なのだから驚きだ。


「そういえばさー、この間姫ちゃんに会って来たよー」


「もしかして黒井さん?」


「そそ! でも、今は白石さん! お互い社会人になったから、久々に2人でご飯食べたいねーってなって!」


 雪はこの5年間、時々黒井姫子とあって、食事なんかをしていたそうな。

 2人が会うのは正直、複雑な心境だったけど……雪がそうしたいのなら、俺が止めるわけには行かない。

雪の心の広さと優しさは100%尊重したいからだ。


「なんか、黒井さんも結婚するみたいだよ! 会社で良い人みつけたんだってー」


「そうなんだ」


「でも……子供は難しいみたいだけどね……」


 雪の話では、奴は生殖器に無理がかかって、子供を作る機能が壊されてしまったらしい。

そんな境遇になったアイツには、多少同情してしまう。

これからはせっかく、俺の優しい雪が良くしてくれたんだから、まともな人生を送ってほしい。

1人の人間として、心からそう願っている。


「それにしても! 良いなぁ、みんなー。可愛いドレスを着れて羨ましいなぁー!」


 割と酔っているのか、今日の雪は饒舌だった。

 普段から割と声が大きいけど、今日はいつにも増して大きい。


 まぁ、雰囲気はあんまりだけど、前から計画していたことだし。

タイミング的にも良いとは思うし……!


「雪、ストップ」


「なにぃ?」


 俺は雪の正面へ回った。

彼女はどこか期待しているような雰囲気を醸し出す。


 よくみてみれば、今いる場所は、初めて雪と出会った河原だった。

他の人からみれば、ここは日常の一風景でしかない。

なんの変哲もない土手の上だ。


 だけどここは俺と雪にとって始まりの地である。


 生まれ変わった俺はここで一番最初に、雪に出会った。

ベタにも彼女のハンカチを拾ってやるという状況から、今の関係が始まったのだから……


「雪! 俺と結婚してくれ!」


 結局昨晩考えた、色々なキザなセリフは無しにした。

 俺はストレートにそう告げ、雪へ指輪の入った小箱を差し出す。


「はいっ! 喜んで! 私、武雄の奥さんになりま……わわ!!」


 雪は俺から指輪を受け取ろうとしたところ、手先を滑らせた。

指輪の入った小箱が、コロコロ土手を転がり落ちてゆく。


「お、おい! 何してんだよ!?」


「ご、ごめん! 探そう!!」


「んたっく……!」


 こうして俺と雪は真夜中の河原で、指輪を探す羽目になってしまった……

この河原の、この場所には物を落とすように仕向ける呪いでもかかってるのか?


「ないよー! どこにもないよー! うえぇーん!」


 俺と雪は必死になって指輪を探し続ける。


「あ、あったぁー!」


 そしてようやく雪は小箱を探し当てた。

その顔はまるで本物の宝物みつけたかのように、嬉しそうなものだった。


 俺は一生この時の雪の嬉しそうな顔は忘れないと思うのだった。



真白 雪ルート おわり2


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