★黒井姫子を助ける


 俺は雪の手を強く握りしめる。

そして物音を立てないよう、彼女の手を引いて、一旦その場を離れることにした。


「武雄くん? 良いの!?」


「シッ! 危険だからもう少し声を潜めて!」


「で、でも!」


 優しい雪は、黒井姫子のことが心配でならないらしい。

俺も同じ気持ちだった。


 例え憎い相手であっても、あんな状況を見過ごせるわけがない。

だが、俺には3人を相手取って喧嘩をする自信はない。

下手をすれば雪にまで危険が及んでしまう。


 極力危険が少なく、そして黒井姫子を助け出す手段。

それはーー


「雪、車を出してくれっ! で、神社の裏側へ回ってくれ!」


「わ、分かった!」


 雪の軽SUV車へ飛び込むなり、そう指示を出す。

雪はすぐさまアパートから車を急発進させた。

雪の車は大きくカーブを曲がって人通りが極端に少ない、神社の裏側へと回ってゆく。


 俺は助手席から外の様子を伺う。


 黒井姫子が男たちに襲われているのはちょうど、宝物殿の裏側だ。

 目印は闇の中にぼんやりとみえる赤い屋根のシルエット。

やがてその目印が見え始めた。


「あの赤い屋根の建物へ向けてヘッドライトを!」


「おっけーっ!」


 雪が豪快にハンドルを切り、急旋回させる。

宝物殿の裏で、黒井姫子をあられも無い姿にひん剥いていた男達の様子が明るく照らし出された。


「散れぇぇぇ!!」


 俺は運転席へ身を乗り出し、何度もクラクションを鳴らす。

けたたましい音が周囲へ響き渡る。


 夜中にそんなことをし始めたものだから、周囲に点在している家々カーテンが次々と開いてゆく。


……頼む、これで黒井姫子だけを置いて退散してくれ……


 しかし、あろうことか、男たちは黒井姫子を抱えて逃亡を始めた。


「連れてかれちゃったよ!? どうするの!?」


「きっと表に停まってた黒いバンが奴らの車だ。追ってくれ!」


「お、おっけー!」


 雪は再び車を旋回させて、神社の表へ向かってゆく。


 神社の前には東西に県道が走っているのみ。

見失わなければ、奴らがどちらへ進もうとも!


 雪の車は神社の表に達する。

すると黒いバンが走り始めるところだった。

進行方向は東。どうやら、街中へ逃げ込む算段らしい。


だが、これならば!


「頼む! 見失わないでくれ!」


「分かった! 飛ばすからしっかり捕まっててよ!」


 雪はグッとアクセルを踏み込んだ。

車から甲高いエンジン音が沸き起こり、急加速を始めた。


 しかし、バンと軽SUVではエンジン性能に圧倒的な差がある。

いくら雪がアクセルをベタ踏みしようとも、黒いバンと距離はなかなか縮まらない。


だけど、追いつく必要は全くない。

むしろ、黒いバンには"上手く巻けた"と思い込ませたいからだ。


 雪の軽SUVと黒いバンとの距離がどんどん離れてゆく。

だんだんと黒いバンが見えなくなってくる。


「わぁーん! あっち早いよー! 追いつけないよぉ〜!」


「大丈夫。もう十分だから。こっからは安全運転でよろしく」


 雪は素直にアクセルを緩めて、車を巡行ペースにして行く。


 やがて道の向こうに複数の赤い輝きが見えた。

道の左右にはズラリと警察官が並んでいる。

先頭の警察官が持っている札には"飲酒検問"の文字が。


 そして黒いバンは、まんまとその検問に引っかかっていた。


「ちょっと、行ってくる!」


「武雄くん!?」


 はやる気持ちが堪えきれず、俺は車が完全に止まる前に外へ飛び出した。


「お巡りさん! その車に俺の友達が無理矢理乗せられているんです! 早く調べてくださいっ!!」


 遮二無二、俺はそう叫び声を上げた。


 俺の声が届いたのか、飲酒検問をしていた警察官が黒いバンを取り囲み始めた。

多少の悶着の後、男たちは警察官へ連行されてゆく。

そして黒いバンの中から、警察官に連れられて黒井姫子が出て来たのだった。


「武雄……?」


 ボロボロの黒井姫子は、こちらを見るなりそう呟く。

そして警察官から離れ、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「なんで、武雄が……?」


「たまたま、見かけて」


「そう、なんだ……」


 黒井姫子は涙をこぼしながら、更に歩を進めてくる。

一瞬、高校時代に時折泣いていた奴の姿を思い出す。


 きっとあの時の俺だったら、今この場でコイツのことを抱き締めていただろう。


しかし今は違う。

俺は黒井姫子へ背中を向けた。


「勘違いするな」


「えっ……?」


「もう俺はお前のことなんてどうも思っちゃいない。だけど、知り合いなのは確かだ。知り合いがあんな目に遭っているのを見過ごせなかっただけだ」


「っ……」


「これに懲りて、もうバカなことをするのは寄せ。もっと自分を大切にしろ。分かったな!」


「ううっ……ひっくっ……うわぁぁぁーーん!!」


 黒井姫子はその場に座り込んで、子供のように泣きじゃくり始めるのだった。



●●●


 例えば黒いバンが、街中ではなく、西へ進んで山奥へ進んだとする。

しかしその先は険しい山道で、夜は地元の警察官がゲートを閉じにやって来るのだ。

黒いバンのナンバーが地元のものじゃなかったし、きっとこのことは知らないはず。

だから東西のどちらへ逃げられようと、結局奴らはお縄となる算段だった。


 こうして黒井姫子を助け出した俺と雪は警察署で今回の件を詳しく聞かれることとなる。


 そしてこの事件を皮切りにして、とんでもないスキャンダルが持ち上がる。


 まず今回、黒井姫子を襲った3人の男は"鬼村英治"という、プー太郎に指示を受けていた。

この鬼村英治というのは、地元出身の代議士で、現役大臣の息子だった。

彼は父親の持ち物や資産を買って気ままに使って、金持ちを装い、主にマッチングアプリなどで黒井姫子のような女を騙して、好き放題していたらしい。


 現役大臣の息子が、ネット上で非道な行いをしていたーーそのことが炎上のきっかけとなった。


 結果、鬼村大臣は離党の後、政界を引退。

鬼村英治自身も、複数の容疑で逮捕起訴され、この騒動は治った。


 押収され鬼村英治のスマートフォンなどからは、複数の少女のポルノ映像が発見された。

一部は既にネット上に流出していて、鬼村の小遣い稼ぎにになっていたらしい


 当然黒井姫子の動画も、鬼村のスマートフォンからみつかった。

しかし幸いなことに未だアップロードされていなかったようだ。


 もしも、あの時黒井姫子を見捨てていたら、今頃彼女はどうなってたんだろうと、今でも思う。



ーーそして、この事件から大体1ヶ月が過ぎたある日のこと。

突然、黒井姫子からメッセージが入ってくる。



HIME

"染谷さんと真白さんへ先日のお礼をしたいと思っています。お時間を作っていただけませんか?"

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