★黒井姫子を助けない


……今更、アイツを助ける義理はない。


俺はアイツに貴重な時間を奪われたんだ。憎い相手なんだ。

だからアイツがこの先どうなろうと知ったことじゃない。

むしろ、もっと酷い目にあって、惨めに一生を終えてくれればと思う。

ざまぁみろだ。


「……逃げよう」


「えっ!? で、でも……」


「もし見つかって、雪が同じことをされたら、俺は耐えられないから……」


「……でも……」


「良いから! あんな奴放っておけば良いんだ!」


 俺は雪の手を引いて、慎重に足音を立てないよう、その場から立ち去ってゆく。


 背後から僅かに黒井姫子の悲痛な鳴き声が響いてくる。


……あの女は最低最悪な奴なんだ。どうなろうと知ったことじゃない。

とはいえ、犯罪行為を見過ごすのは、一市民としてどうかとは思う。


 俺は雪と一緒に安全圏まで下がると、とりあえず警察に連絡を入れておいた。

程なくして警察が到着し、神社の奥へと踏み込んでゆく。

そして心身ともに、ボロボロになった黒井姫子が発見され、警察に保護されるのだった。

 


……その日を境に、それまで仲が良かった俺と雪の関係に、変化が生じ始めた。



「雪、今夜は?」


「あ、ごめん……今日は帰るね……」


「そ、そっか」


「うん……バイバイ」


 もしかすると雪は、黒井姫子を見捨てた俺を軽蔑しているんじゃないかと思った。

 

 でも、あれは俺と黒井姫子の問題だ。

俺はあの女に散々な目に遭わされたんだ。

雪がどう思おうと、俺にとって黒井姫子は憎い相手で、もうどうなろうと知ったことじゃない。


むしろ、落ちろ……もっと、地獄に……!



 そして奇しくも、そんな俺の願望は現実のものとなった。


「これって……黒井姫子じゃ……?」


 ある日、俺はネット上にアップロードされた、黒井姫子のエロ動画を発見してしまった。

かなりの数がアップロードされていて、その界隈ではかなり話題となっていた。



「あのさ、知ってる黒井さんって……」


「自殺したんでしょ? マンションの上から飛び降りたとか……」


「まぁ、あんな動画が広まっちゃねぇ……」



 既に黒井姫子はこの世には存在していない。

しかし今でも、奴のあられも無い姿はネット上に残り続けていて、日々たくさんの男達の欲望の吐口にされている。


 地獄に堕ちろとは思った。

だけどまさか、本当に死んでしまうだなんて……


 更に、黒井姫子の自殺騒動は俺と雪との関係に、大きな亀裂を生じさせた。


「別れよ、私たち……」


「な、なんで、急に……?」


「……怖いの……武雄君のことが……」


「えっ?」


「黒井さんを見捨てた時の武雄君って、鬼か悪魔なんじゃないかと、今でも思っちゃってて……いくら憎い相手でも、あの状況で見捨てる人って、怖い人だなって……もしもあの時、黒井さんを助けていたら、彼女は死ななかったんじゃないかって……」


「だ、大丈夫だって! あれは黒井姫子だから、そうしただけで! 雪が危ない時は絶対に……!」


「ごめんなさい! もう私には構わないでください! 近づかないでくださいっ! お願いしますっ!」


 しかしいくら弁明しても、いくら愛の言葉を叫んでも、雪との関係が元に戻ることはなかったのだった。

そしてこのことがきっかけで、俺は周囲からの信頼を失った。

そして何も起こらないまま時が過ぎて行き、俺は大学を卒業するのだった。


……もしもあの時、俺が憎しみに囚われず、黒井姫子へ慈悲の心を持ってさえいれば、アイツが命を落とすことはなかったのだろう。

そして俺は雪と幸せな日々を送っていたに違いない。


 しかし後悔しても、もう遅い。


 過ぎてしまった時間は、取り戻せないのだから。


 俺は人としての選択を誤ってしまったのだから……



バッドエンド3

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