★貝塚 真珠ルート★

★真珠ルート第1話 貝塚 真珠への告白


「おはよう、染谷君! 連休中頑張りましょうね!」


「うっす! よろしくお願いします!」


 俺は結局、ゴールんデンウィークを全て、居酒屋かいづかでのアルバイトに費やすと決めた。

この選択を真珠さんはとても喜んでくれた。


特段、お金が必要というわけではない。

ならどうして、俺はこの選択をしたのか。

それは……


……

……

……



「染谷君、悪いんだけど、あっちで取材を受けてくれないかしら?」


「俺っすか?」


 今日は待ちに待った、かいづかの新メニューである"かき氷"の取材の日だった。

色々と取材陣の対応で忙しい真珠さんに変わって、俺が仕込みを行なっていた最中のことだった。


「なんだか、テレビの皆さんは染谷君の容姿に興味があるそうよ?」


 なんだかとても嫌な予感がする……


「ごめんね。めんどうかもしれないけど、受けてくれないかしら? ディレクターさんに結構強めに頼まれちゃって……」


「分かりました、行ってきます!」


 そうして、取材陣のところへ向かってゆくと……


「いやぁ、爽やかだなぁ! うんうん! これは良い絵になりそうだ!」


 俺は何故かお客も居ないのに接客の風景を撮られたり、アナウンサーさんと一緒にかき氷を食べたりなんかをさせられた。


 どうやらかいづかで働くイケメン店員さん、と言った具合にコーナーを構成するようだ。


「お疲れ様。バイト以外で余計なことをさせてごめんね」


「いや、大丈夫ですよ」


「こんなの本当に効果あるのかしら……」


「さぁ? プロのことはプロに任せましょう。ほら、次真珠さんの番!」


 俺はフランクな様子で真珠さんの背中を押して、取材陣の所へ向かわせる。


 ホントに俺なんかが取材を受けて、効果あるんかねぇ……


 しかしこの時の俺は知らなかった。

まさか翌日、かいづかがあんなことになるだなんて……



……

……

……



「な、なんだこりゃ!?」


 報道の翌日、かいづかの店前はとんでもないことになっていた。


 かいづかの所在地は駅前ではあるもの、メインストリートからだいぶ離れた路地裏にある。

昼間でも少々薄暗いそこは、知っている人じゃないと、入るのには中々勇気がいる。


そんないつもは閑散している路地裏の飲み屋街にできた長蛇の列。

しかも大半が若い女の子ばかりだ。


まさかこんなにも反響があるだなんて……


 ふと、1人の女性客が俺の方を指差していた。


 そして波紋のように黄色い歓声がひろがってゆく。


「きゃー! あれよ! あの人よ!」

「本物も超カッコいい!!」

「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


 凄く店へ入り辛い状況だった。

しかし店入るのは正面から行くしかない。

まぁ、皆さんギラついた目をしているけど、取って食われやしないよな……?


「なにぼーっと突っ立ってんだよ、武雄?」


「しゃ、社長!?」


 突然、背後に現れた白金社長は俺を見下ろしつつ首を傾げている。

今の俺にとって社長の登場はまさに渡に船!

店へ突入に、強面のおじさんだ。


「ど、どうして社長がここに?」


「きっとすんげぇ、混雑してるだろうからってよ。店を手伝ってやろうかと」


「ですね! ありがとうございます! さぁ、行きましょう!」


「お、おい!?」


 俺は社長を盾にして、黄色い歓声を防ぎつつ道を切り開く。

さすがは最強の盾、白金源三郎!

体も大きいし、顔も怖いから、若い女の子たちはどんどん道を開けてくれる。


「2人とも遅いっ! 何をやっていたの!?」


 ようやく店へ入ってすぐさま、真珠さんの鋭い声が浴びせかけられた。


「す、すまん……」


「すみません……」


「源さんは早く仕込みを手伝って! 染谷君は開店準備を! 今日は表でもかき氷とか売るから長テーブルを表へ出しておいて!」


「う、ういっす!」


 真珠さん、えらく気合い入ってんなぁ。

でも、こうして一生懸命仕事をしている真珠さんは、いつも以上に綺麗だと思う俺だった。


 そんなこんなで開店準備が整いーーいざ、営業開始!


 途端、雪崩のように女性客が、少々古臭い居酒屋かいづかに詰めかける。


「頑張ってください! 応援してます!」


「あ、ああ、どうも……200円のお釣りです」


「あのっ! ニャンスタ載せても良いですか!?」


「え、ええまぁ……♯《ハッシュタグ》居酒屋かいづかは忘れないでくださいね?」


「奇跡のイケメン……なんまんだぶ、なんまんだぶ……」


「お祈りはちょっと……」


 こんな具合に、かき氷というよりも、俺目当てのお客さんが多いらしい。

とはいえ、みんな真珠さんの特製かき氷を一口食べれば、とても嬉しそうな顔をする。

ニャンスタ映えもちゃんと意識しているし、概ね高評価といったところか。


「こ、こんにちは!」


 と、どこかで聞いたことにある声に乗って、挨拶が投げかけられた。


「あ、ドーモ?」


 目の前には多分、バーチャアイドル兎葉 レッキスの中の人であろう"稲葉 兎"さんがいた。

 

 もしもこの子が本当に兎葉レッキスならば、この盛況は彼女の功績だ。

だけどまだ、稲葉さんが兎葉レッキスという確証を得てはいない。

だからここでお礼を言うのは、ちょっと妙だと考えた。


「あ、あのっ!」


「なにか?」


「あ……いえ……ごめんなさい、なんでもありません……良かったら、またウチのお店にも来てくださいね!」


 稲葉さんはそう言い置いて、さっさと立ち去ってしまった。


「おい、早くしてくれよ」


「あ、す、すみませ……って、金太かよ」


 今度は金太と出くわした

横には何故か、林原さんが一緒にいる。

そして2人の距離が異様に近い。

もしかして、この状況って……?


「お前達、もしかして……?」


「ねぇ聞いてください染谷さん! 翠ちゃん、さっきまで兼田さんと付き合い始めたの黙ってたんですよぉ!」


 仲睦まじい金太と林原さんの間を割って、真白さんが姿を表す。


 怒りのあまり、頬をぷっくり膨らませる人なんて本当にいるんだと、思った俺だった。


「聞いてます!? 染谷さんっ!」


「ああ、うん……それはおめでとう?」


「もう……牛になっちゃいますよ、私!」


 真白さんは凄く不満そうな、少し寂しそうな視線を寄せてきた。

なんとなく、そこから読み取れる気持ちはあったような気がした。

だけど俺は気持ちを固めるために、今ここにいる。

流されるわけには行かない。


「せいぜい頑張れよ、武雄ー! お前もさっさと彼女くらい作れよ! ぬははは!」


「ちょっと、金太君! 恥ずかしいから大声出さないで!」


 金太は大声でそう笑い、恥ずかしがった林原さんにど突かれていた。


 なんだかんだでお似合いの2人だと思う。


 言われなくてもわかってるって、それぐらい。


 だって俺は、そのためにゴールデンウィークをここで費やすと決めたんだから……



●●●



「ありがとうございます! またお願いしますね!」


 ゴールデンウィーク中は、宣伝効果もあって、かいづかは昼も夜も忙しかった。

これがずっと続くわけではない。

でも、きっと今までよりはお客さんが付いてくれるはず。

そう思い、俺は必死に真珠さんの手助けを行う。


「染谷君! やったわ! やったわよ! 今日は大入りよ!」


 いつもは凛としていて、大人な真珠さんが毎日、少女のように笑ってくれている。


 遥に年下な俺が言うのもの変だけど……そんな真珠さんを見られて嬉しくて、可愛くて仕方がなくて。


「あっ! ご、ごめんね! ぶつかちゃって!」


「い、良いっす! 気にしないでください!」


 狭い店内だから、当然何度も真珠さんと体をぶつけあって。

そんなことでさえ、嬉しくて。


 例えどんなに歳が離れていようとも。

 この選択には、大きな責任が付いてくることであろうとも。


 やっぱり俺は……!


 こうして鬼にような忙しさのゴールデンウィークが終わる。

最終日の閉店後ともなれば、さすがの真珠さんもぐったりカウンターへうなだれている。

そんな真珠さんへ、いつも通りグレープフルーツサワーを差し出した。


「ありがとう。染谷君も一杯どう?」


「うっす! いただきます」


「もちろんノンアルコールよ?」


「わかってますって。コーラいただきます」


 閉店後の店内で、片付けもそこそこ、俺と真珠さんはお互いのグラスを打ち鳴らす。


「ありがとね、助かったわ。本当に色々……」


「いえ……あの真珠さん」


 黙り込むと、怖気付いて機会を逸しそうな気がした。

だから俺は、勢いに乗じて口を開く。


「真珠さん!」


「ん?」


「その、えっと……俺、貴方のことが好きです! だから俺と付き合ってください!」


 俺の急な告白を受けた真珠さんは、まるで石像のように固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る