★真珠ルート第2話 貝塚 真珠の応答


「なに冗談言っているの? ふふ……でも、そういう冗談はあまり言わない方が良いわよ?」


 どうやら先ほどの告白は悪戯だと思われているらしい。


 少しムッと感じた俺は、あえて真珠さんとの距離少し詰める。


「冗談じゃありません。本気です。俺は本気で真珠さんのことが好きなんです」


 俺は真珠さんの黒い瞳をジッと見つめながら、そう言った。

 する真珠さんは笑うのをやめた。


「本気で言ってるの?」


 普段は朗らかな真珠さんの目が、鋭さを帯びている。

少し、怒っているのかもしれない。

しかし、怒るようなことをした覚えは無い。


「本気です。本気以外で、こんなこというわけないじゃないです!」


「……」


 真珠さんは俺から視線を外し、サワーを口に運んで喉を鳴らした。

シュワっと、炭酸が弾ける音だけが店へ響き渡る。

息苦しいほどの沈黙が流れる。


「……どうして私なの? 私が幾つか知ってる? 貴方よりも遥におばさんなのよ?」


「歳とかそういうの関係ないです!」


「それに、えっと……」


「もちろん、わかってます。蒼太くんのこととも……」


 真珠さんと付き合う。それは彼女の息子である、蒼太くんとも向き合うこととなる。

そのことに関して自信があるとは言い難い。

だけど、気持ちを固めた以上、俺はその事実とも向き合う覚悟はある。


 俺は静かに真珠さんからの答えを待つ。


 やがて彼女は、ため息を吐いた。


「少し考えさせてくれないかしら……」


 結局その後は少し気まずい雰囲気となり解散となる流れとなった。


 真珠さんを困らせている自覚はあった。

でも、それ以上に、俺の気持ちが優っていた。


 それだけ俺は、真珠さんへ強い好意を寄せている自覚があったのだった。



●●●



 ゴールデンウィーク明けは店休日だった。


 1日の間をおいて、俺は物凄く緊張しながら、かいづかの暖簾を潜る。


「おはよう! 染谷君!」


「お、おはようございます……」


 気まずい雰囲気を覚悟していたが、真珠さんはいつも通りの笑顔で、いつも通りの挨拶を投げかけてくれた。


 やっぱりこれが"大人の余裕"というものなのだろうか。

暖簾を潜るまで、緊張をしていた自分が恥ずかしくなる。

そして同時に、自分自身がまだ真珠さんには釣り合わない"子供"だと思い知らされる。


 だけど、それがどうした。


 この間真珠さんへ伝えた気持ちは嘘でも冗談でも無い。

本気なのだから、臆するわけには行かない。


 俺は覚悟をもって、真珠さんと向き合うと決めたのだから。



……それから暫くの間は、いつも通りの日常が流れた。


「あのさ、蒼太くん」


「なぁに?」


「ひざ、重いんだけど……」


 ここ最近、蒼太くんは俺の膝の上がお気に入りらしい。

こうして俺の膝の上へ飛び乗っては、一緒にマスクライダーの動画を見るのが日課となっていた。


 ふと、蒼太君が、いつも以上にジッと画面を見ていることに気がつく。


「いいなぁ……」


 どうやらCMとして流されていた、シアター公開のマスクライダーショーに興味があるらしい。


「行ってみる?」


「え!? 良いの!?」


「おう。俺も見てみたいし!」


「やったー! 行こう行こう!」


 蒼太君は俺の膝の上で大はしゃぎを始める。

 これまで蒼太君には、弟のような親しみを持っていた。

だけどここ最近は、別の感情が芽生えている自覚がある。


「ねぇ、お母さん! にいちゃんがマスクライダー行ってくれるって!」


「良かったわね」


 カウンターでまだ仕事をしている真珠さんは微笑ましそうな笑みを浮かべてそういった。


「……お母さんも一緒に行こうよ!」


「えっ……? それは……」


「お母さんっ!」


「か、考えておくわね」


 一瞬、真珠さんが俺の方を見ていた気がした。

しかし視線が重なり合う前に、彼女から視線を逸らされてしまった。


 少し寂し気持ちになる俺だった。



……更に変わらない日常が続いた。


 かき氷の効果もあって、かいづかはゴールデンウィーク以来、割と忙しい日々が続いている。


 相変わらず告白をした気まずさはあったけど、そんなことに構っていられないほど店は繁盛している。


 ちなみに今でも、真珠さんから答えは返ってこない。


 さすがに俺も、この先どうしたら良いのかわからない。

やはりもう一度、しっかりと想いを伝えるべきか。


 そう想い始めたある日のことだった。



●●●


 今日は週中ということもあり、バイトには入っていなかった。


 しかし今、俺は閉店後間もない、かいづかの前にいる。


 さすがにこれ以上、真珠さんの答えを待てそうになかった俺は、意を決してかいづかの戸を開く。


「うっ……うっ……ひっくっ……」


 カウンターでは真珠さんが1人でグラスを握りしめながら、泣き腫らしていた。


「染谷君……?」


 いつも凛としている真珠さんが、こんなに大泣きしているだなんてただごとじゃない。


「どうしたんですか? なにかあったんですか?」


「なんで……」


「えっ?」


「なんで……こんな時に限って、染谷君がここに……ひっく……」


 またしても真珠さんは大泣きを始めた。

呂律があまり宜しくない。かなり酔っているようだ。


「もうお酒やめてください」


「ひっく……ぐすん……やらぁ……!」


「やだって……」


「ねぇ、海斗、教えて……私、これからどうしたらいいの……」


 真珠さんはずっと持っていた写真たてへそう語りかけていた。


 俺は傍から写真たてを覗き見る。


 たぶん、今よりも若い頃の真珠さんと、知らない男性が仲良さそうに映っている写真だった。

この背景って、もしかして此処かいづかか?


「この人が、私の旦那よ。もう死んじゃったけど……」


「やっぱりそうでしたか……」


「今日はあの人の命日……私を置いて、勝手に居なくなっちゃった日なのよ……」


「……ご病気か何かで?」


 真珠さんはサワーを一口飲んで、首を横へふる。


「事故よ。バイクでの事故…………いい加減、無茶な運転は止めてって、あれだけ言ったのに……バカ……バカ海斗…」


「事故、ですか……」


「そうよ! 蒼太とこのお店だけを残して、1人で勝手に! これから家族3人でお店をやって行こうって決めたじゃない……約束したじゃない……それなのにどうして……」


 酔って勢いづいているのか、それとも俺を諦めさせようとしているのか。

とくかく今夜の真珠さんは、物凄く危うい気がする。


「もう、本当にお酒やめましょう。蒼太君は?」


「源さんのところよ……今夜は、ゆっくり海斗のことを弔ってやれって……」


 なんだか、社長が気が効くような、効かないような……こんな状態の真珠さんをこのまま1人で放っては置けない。


「この着物ね……あの人が贈ってくれたものなの……」


 急に真珠さんの声のトーンが下がった。


「私が綺麗って言ったら、あの人が買ってくれて……これを着て、一緒に店をやろうって、言ってくれたのに……それなのに……」


「……」


「だからね、染谷君……」


 真珠さんの真剣な眼差しが俺へ向けられる。


「私はあの人が亡くなって三年経つけど、まだあの人の色に染まっているのよ? 今でも前の旦那の写真を眺めながら、メソメソ泣きはらす女なのよ……?」

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