★真珠ルート第3話 それでも……
「真珠さんは、まだ亡くなった旦那さんのことを愛しているんですか?」
「……ええ」
やや、間を空けてから真珠さんが答えを示す。
しかしどこか釈然としない雰囲気を感じ取る。
「本当にですか?」
カッコ悪いし、情けないのはわかっている。
だけど俺は言葉を重ねずには居られなかった。
すると真珠さんはグラスへ視線を落としたまま黙り込んでしまう。
「真珠さん。怒らず聞いてください……俺、今、無茶苦茶悔しいです! 俺がどれだけ貴方を想っても、亡くなった旦那さんに敵わないだなんて……貴方を支えられないだなんて……」
「染谷君……?」
もはや取り繕う必要はない。
俺はこれを最後だと覚悟して、口を開く。
「たしかに俺はガキで学生です。今は貴方のことを支えてあげられるかって聞かれれば、答えはノーです。でも、それはほんの数年の話でしかありません」
「……」
「俺は必ず真珠さんと蒼太くんを支えて見せます。2人を幸せにして見せます! 旦那さん以上の男に、必ずなって見せます!!」
「どうして、染谷君は、そんなにまで私のことを……」
真珠さんは困ったような、だけどどこか嬉しそうな、そんな顔をしている。
「そんなのよくわかりません! 気がついたら、俺は貴方のことを目で追っていて! ここで働くのは凄く楽しくなって! 一緒にいられるのが嬉しくて! もう俺の胸の頭ん中も、真珠さんのことでいっぱいなんです!」
頬は熱いし、胸の鼓動はこれまで感じたことがないほどの激しさを帯びている。
だけど言葉は既にまとまっていて。喉にまで来ていて……
「改めて言います! 俺は真珠さんのことが好きです! これからもずっとずっと貴方と蒼太のために生きてゆくと誓います! だから、どうか! 俺と付き合ってください! お願いしますっ!」
恥ずかしい大絶叫が店中に響き渡った。
やがて真珠さんの黒い瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう……」
そして一言、彼女はそう言うと、俺の肩へもたれかかってきた。
「良いの? 本当に良いの? 私、貴方よりもおばさんなのよ?」
「だから歳とかそういうの関係ないって、前に言ったじゃないですか」
「子供だっているのよ?」
「問題ないです。むしろ俺は蒼太君のことも大好きです!」
「……バカねぇ……」
言葉は辛辣だけど、どこか温かみが含まれてるような気がした。
「まだ若いのに……子持ちの未亡人に惚れ込むとか……」
「好きになった人がたまたまそうだっただけですって」
俺は真珠さんを更に抱き寄せた。
既に彼女から拒否する素振りは見られない。
「私も本当のことを言うわ……私も、その……少し、染谷君のことが良いなって、想っていたのよ……」
「マジですか!?」
真珠さんはコクンと小さく頷いた。
そして頼りなさげに、俺の袖を摘んでくる。
「でも私は子持ちのおばさんだし……染谷君はまだ若いし、色々可能性があるし、私なんかが貴方の可能性を奪っちゃうのは……こんな、もう死んじゃった旦那のことで、いつまでもメソメソしてる女なんかに、君の貴重な時間を使わせるのはどうかと思っていて……」
「良かった! じゃあ俺たちは両思いだったってことですね!」
俺は敢えて、真珠さんの言葉を笑顔で一蹴する。
すると真珠さんは嬉しそうに微笑んで、俺の顔を見つめてくる。
自然と何を望まれているのか分かった気がした。
これはたぶん、誓い。
今の気持ちが絶対にブレないよう、二度と真珠さんに悲しい想いをさせないための誓い。
「んっ……! はむっ……!」
初めてのキスはかなり獣じみたものだった。
真珠さんの方から俺の唇を貪ってくる。
俺も辛うじてそれに応じ、激しく舌を絡め、唾液を交換しあった。
「染谷君……」
「向こうへ行きましょう」
激しいキスを終えた俺と真珠さんは、互いに寄り添いながら奥の部屋へと向かってゆく。
普段は休憩の時や、蒼太君が居る時に使っている、四畳半の間。
そこに入るとすぐさま、明かりさえ付けずに、今度は俺から真珠さんの唇へ吸い付いた。
俺よりもずっと大人でしっかりとしている彼女。
だけどこうして抱きしめてみれば、身長は俺よりも小さくて、体つきはガラス細工のように華奢で。
もう我慢の限界だった俺は、そっと真珠さんを畳の上へ押し倒す。
「染谷君……貴方のことを信じても良いのよね?」
視界は暗闇の影響で判然としない。
だけど愛する人が、俺の下で、不安そうな顔をしているのがはっきりと分かった。
「信じてください。勢いだけじゃありません。これが俺の覚悟です。真珠さんのことを、これからずっと、ずっと大切にして行くと誓います」
「わかったわ。ごめんね、変なことを聞いて」
「いえ」
「なら、来て……」
俺は真珠さんがいつも来ている、藍色の着物の襟を掴む。
今はまだ、真珠さんの中には前の旦那さんのとの思い出がたくさんあるのだろう。
だけど今日からは俺と真珠さんの物語が始まってゆく。
彼女の悲しい思い出は、俺と作る楽しい思い出で塗りつぶしてみせる。
そう強く心の中で決意を固める。
……その日、俺と真珠さんは結ばれ、夜が耽るまで激しく互いを求め合うのだった。
●●●
「……うっ……」
朝日の眩しさで目が覚めた。
まさか昨夜のことは、俺の恥ずかしい妄想だったんではないかと、一瞬不安に思った。
「すぅ……すぅ……」
だけど俺の横にはしっかりと真珠さんの寝顔があった。
布団の周りには彼女の着物や、俺のズボンなんかが散乱している。
夢でなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす俺だった。
……にしても、昨晩の真珠さんは本当に凄かった。
俺自体、昨晩まで童貞だったから、真珠さんへついて行くのに必死だった。
なんかそんな俺を見て「可愛い……」なんて言われちゃったし。
嬉しいんだけど、男としてはどこか悔しい気もする。
今に見ていろ真珠さん! いつか逆に、真珠さんのことを"可愛い"って言ってやるぞ、こんちしょう!
今日は土曜日だし、もう少し惰眠を貪るか……と、思っていた時のこと。
店前へ車が停まるような音が聞こえた。
「おーい、真珠! 店開けっぱなしだぞぉ! 寝てんのかぁ!?」
……惰眠なんて貪ってる場合じゃない! なんか白銀社長が突然やって来たぞ!?
「し、真珠さん、起きて! 起きて!」
「ううん……あと少しぃ……」
「いやいやダメですって! 社長ですよ! 社長!」
「げ、源さんが!? あーそっかぁ……蒼太のお迎え忘れてたぁ!」
飛び起きた真珠さんは頭を抱えだす。
その間も、社長と思しき足音がこっちへ迫って来ている。
「とりあえず隠れて!」
「は、はいぃ!」
俺は慌てて自分の服だけをかき集め、押し入れへ向かう。
ふと、真珠さんが肩を叩いてきたので振り返る。
「んっ!」
「ーーっ!?」
こんな状況で、突然唇を奪ってくるだなんて、真珠さんは何を考えているんだろか。
対して真珠さんは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。
そして、鍵を握り渡してきた。
「これお店の鍵。私と源さんが出て行ったら、お店閉めてね?」
「わかりました」
「それじゃまた後でね!」
俺は真珠さんの手によって、押し入れへ押し込められる。
「おーい、真珠ー!」
「源さん、ストップ! 扉は開けないで! 今、着替えているところ! いくら源でも、裸を見られるのは嫌よ!」
「お、おう。そうか……すまん」
襖の向こうから、残念そうな社長の声が聞こえて来る。
……昨夜は俺、さんざん真珠さんの裸をみたんだよなぁ……真珠さん、凄く綺麗だったよなぁ……ああ、やばい、昨夜のことを思い出したらまた……
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