★雪ルート第6話 過去との対峙


「と、言う訳で私と武雄くんはお付き合いすることになりましたー!」


 すっかり元気を取り戻した真白さんは、いつもの中庭で、金太&林原さんカップルへそう宣言をする。


「おめでとう真白さん、武雄!」


「おめでと! って、遅すぎだよもう……先、越しちゃったんだからね?」


「翠ちゃんが早すぎるんだって。このエロエロ娘!」


「な、なんで知ってるの!?」


 林原さんの意外な発言に、金太も俺も、真白さんでさえ硬直してしまう。

そこから林原さん弄りが始まったのは、当然の流れだった。


 ともあれ、俺も金太も揃って彼女を得たわけで。


 大学生活が益々楽しくなり始めたのは言うまでもない。


……

……

……


「ねぇー武雄くん、今日はどっちにしようか?」


 付き合ってからと言うもの、俺と雪は互いの家を行き来するようになっていた。

俺の家の時ではゲームを、雪の家では染め物をと言った具合に、どちらの好きなことも平等に行うようにしている。


「今夜は武雄くんのお家の気分だなー」


 言葉遣いも付き合ってからは随分と砕けたものに変わっている。

その変化が嬉しくてたまらない俺がいる。


 繋いだ手から感じる雪の暖かさと柔らかさ、そして良い匂い。

それだけでも十分なのに、心が満たされているのは、やっぱり好きな人がいつも隣にいてくれるからだろう。


 なによりも、雪と一緒にいても、何も遠慮をする必要がないのが嬉しかった。

雪は黒井姫子のように、俺に制限を課さない。

俺自身も、雪へ何かを制限して、無理矢理自分色に染めようとはしていない。


 だけど確実に俺と雪は、互いの持つ色に染まりつつあるという自覚はある。

誰かと交際をするのって、コレが本来のあるべき姿なのだと、今更ながら思い知る。


「ねぇー、武雄くん、聞いてる!?


「あ、ああ、ごめん。なんだっけ?」


「もー! 牛になっちゃうぞ?」


「う、牛……?」


「もー! なので!」


「あはは……」


 ちょっと変わっているけど、雪は本当に可愛い彼女だった。

これからはどんなことがあっても、雪を大事にして行きたいと思う。


「で、どうする? 今夜はその……武雄君の家に泊まって行こうかなって……」


 雪は少し不安そうな声で、そう聞いてくる。

僅かに顔が赤い。

もしかして、このお誘いって……!?


「そっか。良いよ」


「急でごめんね。ありがと」


「じゃあ、色々と買っておかないとな」


「うん、そだね……楽しみだなぁ! えへへ!」


 雪の顔が真っ赤に見えるのは夕日のせいか、はたまた別の理由があるのか。

 繋いだ手の内側が、ひどく汗ばんでいる。


 きっと今夜、俺と雪はもう一段階進んだ関係になるんだろう。


 黒井姫子とは決してなることのできなかった関係に……。


 俺は大きな期待とスパイス程度の不安を胸に抱きつつ、雪と手を繋いだまま歩き続ける。


 あとでこっそりゴム買っとかないとなぁ……



●●●



 コンビニで食料云々の購入を終えれば、あたりはすっかり真っ暗になっていた。


 俺の家まで後少しのところで、雪が立ち止まった。


「どしたの?」


「ご、ごめん! 大事なもの買い忘れてた! ちょっと買ってくるね! 先に家へ待ってて!」


「お、おい!」


 雪はサッと俺の手を振り解くと、来た道を戻ってゆく。

 

 雪らしいというか、なんというか……だけどいい意味で緊張もほぐれたし、ちょうど良い心持ちにはなれた。


 ならお言葉に甘えて、ゆっくり部屋で待たせてもらいますかね。


……その時のことだった。


 風に乗って、記憶に覚えのある甘い香りが鼻をかすめてくる。

その強めの香水の香りは、嫌な記憶を無理矢理掘り起こしてくる。

そして、アパートの植え込みの淵に座っていたそいつが立ち上がった。


「お帰り、武雄」


「黒井姫子……」


 様子が明らかにおかしかった。

 目の前にいる黒井姫子はやや猫背気味で、陰鬱な気配を放っている。


 黒井姫子はおぼつかいない足取りで、俺へ近づいてくる。


「ーーッ!?」


「助けて、武雄……お願いっ……!」


 突然、俺の胸へ飛び込んできた黒井姫子は、まるで子供のようにワンワンと泣きじゃくり始めた。


 訳がわからず、俺の頭が混乱をきたす。


「助けてって、どういうことだよ……」


「もう、辛いの! 嫌なの! なにもかも……!」


「……」


「また昔みたいに優しくしてっ! 今までのことは謝るから! もう武雄に我慢をさせたりしないから! だからっ! うう……」


 後ろから何かを落とす音が聞こえた。


 そこには小さな紙袋を落として、呆然としている雪の姿があった。


「武雄くん……? その人は……?」


「コイツは……」


「武雄っ……武雄っ……!」


 こうした態度をとる黒井姫子に覚えはあった。

きっとまた、家のことなどで嫌なことがあったんだろう。

それに最近は、あまり良くない連中と付き合っているという噂も聞く。

全く心配をしてないかといえば嘘になる。


「悪いけど、離れてくれないか」


「ーー?」


「良いから、離れてくれ!」


 俺はやや強めの力で黒井姫子を引き剥がした。

彼女はヨタヨタと後ろへ下がってゆく。


「武雄……?」


「なんのつもりだ? 前にも言ったと思うけど、今更なんなんだ、お前は! それに俺は今、雪と付き合っているんだ! この子が俺の彼女なんだ! もうお前とはなんでもないんだ! 勝手なこというな!」


 俺は雪を差しし示しながら、大声をあげる。

僅かに雪が胸を撫で下ろす雰囲気が伝わってくる。


 やがて、地面へ座り込んだ黒井姫子は頭を抱え出した。


「なんでお前ばっかり……少し痩せたからって調子に乗って……!」


「……」


「ねぇ、知ってる? 武雄の彼女さん? コイツの本当の姿を……?」


 黒井姫子はゆらりと立ち上がった。

どうやら言葉の矛先を、俺の後ろにいる雪へ向けているらしい。


「コイツ、今は調子に乗ってるけど、元々は陰キャな豚なんだよ? いっつもおどおどしてて、喋る度に声が震えてて、私のいうことならなんでもハイハイ言うこと聞いて!」


「……」


「私、知ってんだから……武雄は私のことが大好き過ぎて、私をオカズにしてたってことくらい……1人で、はぁはぁするぐらいだったら、男らしく誘えっての……そんなキモいやつなんだよ? 今の武雄は所詮、メッキなんだよ? 貴方、騙されてんだよ!? いくら顔が良くなったからって、こいつは所詮ダサくてキモい陰キャなんだから!」


「……なるほど、分かりました」


 雪はそう呟く。

そして黒井姫子へ向けて、深々と頭を下げた。


「色々と彼の昔のことをお聞かせいただいて、ありがとうございました。とても参考に参考になりました」


「早く別れなよ、こんな奴とは!」


「いいえ、別れません!」


 雪は強い語気で言い放つ。

それを受け、黒井姫子が明らかな硬直を見せる。


「私は武雄くんの見た目とかそういうので彼を好きになったんじゃありません! 私は染谷武雄くんっていう1人の人間を好きになったんです! 過去も未来も全部含めて、私は彼のことが大好きなんですっ! 何を言われたって、過去の彼がどんな姿だってこの気持ちは決して揺らぎません!」

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