★雪ルート第5話  真白 雪への告白



「ご心配をおかけしました! 真白 雪、本日から大復活です!」


 すっかり風邪の治った真白さんは、元気な様子を見せてくれた。


 というか、今まで以上に元気な気がする。


 たぶん、それってきっと……



 講義が終わり、俺は足早に山の方にあるアパート街を目指した。

はやる気持ちを堪えつつ、階段を昇って、三階の一番角にある真白さんの部屋の扉の前に立つ。


「いらっしゃい染谷さん! どうぞどうぞ!」


 真白さんに促され、部屋へ上がってゆく。

既にテーブルの上には、真白さんのような真っ白な布と、爽やかな香りを放つ野草が置かれていた。


「今日はヨモギ染めをやってみようと思います。綺麗で良い色になるんですよ!」


「そうなんだ。じゃあご教授宜しく」


「はいっ! 頑張りますっ!」


 素敵で良い笑顔だと思った。

風邪を引いて弱っていたのも良かったけど、やっぱり真白さんは元気いっぱいなのが良く似合っていると思う。


「まずはヨモギを煮込んで柔らかくします。そしたらミキサーで細かくします。これで良い色が出ます」


「まるで料理みたいだね」


「ですよね、ですよね!」


 ヨモギを煮込んでいる真白さんの横顔は本当に楽しそうだった。

見ているだけで、楽しんでいるのが伝わり、心が躍り始めてくる。


「染め液の中へ、染めるものを入れます! 染まるまで時間がかかるので、その間に媒染液ばいせんえきを作りましょう。これで色が安定するんです!」


 俺は真白さんの指示に従って、お湯へミョウバンを溶かし込む。

染め物でミョウバンを使うだなんて驚きだった。


「後は染めたものを少し洗って、媒染液に漬け込んだ布を加えて、火にかけて、煮込んで冷ましてを繰り返すんです。だいたいこれを3〜4回繰り返して、絞って、陰干しをして完成です! 明日にはできると思います」


「そっか。了解。んじゃ、明日も見に来ても良いよね?」


「もちろんです!」


 ちょっとズルいのはわかっているけど、こうして同意の下、真白さんに家に上がれるようになったのは良かった。

おかげで、彼女との距離が随分縮まったように思う。


 そんな中、スマホのアラーム音が響いた。

俺ではなく真白さんの方だった。


「あの、染谷さん……」


「ん?」


「一緒にしません? 染まるまで時間がありますし……」


 真白さんは俺が教えたゲームにすっかりハマっているらしい。

俺は二つ返事で了承し、染め物をしつつ、ゲームのマルチプレイを楽しんだ。

 染め物のように時間のかかることには、こういうサクッとできるゲームって本当に有用だと思う。


 穏やかな時間が過ぎて行き、今度は俺の腹の虫が悲鳴を上げた。

そろそろ帰って飯にしようかな、と思っていたところ、


「晩御飯、食べて行きません?」


「良いの?」


「はいっ! 勿論です! 先日、染谷さんに食べさせてもらいましたから、今回は私が!」


「なら、いただこうかな」


 これがきっかけで、俺と真白さんは、染め物をしたり、ゲームをしたりするときは交互に夕飯の支度をするようになった。

更に彼女の家へ上がる口実ができた瞬間だった。


 こうして俺の生活の中へ、すっかり真白さんとの時間が溶け込んでゆく。

まるで、草木の色に染まる白い布の如く。俺はだんだんと、真白さんのことを理解して、彼女の色へ染まってゆく。


 一瞬だけ、このままの距離感も良いのでは無いかと思った。

だけど、金太や林原さんから時折"そろそろ決着をつけろ!"とせがまれている。


 わかっているって、そんなこと。


 俺は遂に決意し、そしてーー



●●●



「今回も綺麗に染まりましたね!」


 真白さんは出来上がった染め物を掲げて、嬉しそうな顔をしていた。


「そうだね……」


 対する俺は緊張のあまり、上手く発声ができていない。


「大丈夫ですか? 風邪ひいちゃいました?」


「いや、元気だよ、多分……」


「そう、ですか……」


 真白さんは少し不安げな返答を返してくる。

いくら緊張しているからって、気のない返事をし過ぎた。

俺は猛省し、弱気な自分へ檄を飛ばす。


 大丈夫。きっと……そう自分へ何度も言い聞かせ、意を決して真白さんのことを見据えた。


「真白さん。聞いてほしいことがあるんだ」


「……? なんですか?」


 この雰囲気で何も察していないのか、真白さんは不思議そうに首を傾げている。

本当にこの子って、名前の通り雪のように真っ白なんだと思った。


「俺と……付き合ってくれないか?」


「付き合うって……それって……!?」


「彼女に、恋人になってください! 宜しくお願いします!」


 何をしたら正解なのか良くわからなかった俺は、なぜか真白さんへ向けて深く頭を下げた。


「あ、あ、えっと! こ、こちらこそ、宜しくお願いします!」


 すると真白さんも慌てた様子で、俺と同じように最敬礼で頭を下げるのだった。

少しの沈黙ののち、俺と真白さんは互いに頭をあげるのだった。

重なり合った視線は先ほどとは打って変わり、お互いに暖かい熱を持っているような気がする。


「ありがとう、真白さん。凄く嬉しいよ」


「あの……答えはしたものの、恐縮なのですが……本当に私なんかで良いんですか……?」


 真白さんは凄く不安そうな顔を向けてきた。


「自分で言うのもアレですけど、世の中のことほとんど知らないですし、田舎者ですし、変な趣味を持ってますし……私って、変わり者なんですよ……染谷さんみたいにカッコいい人は、私みたいなのよりも……」


 たぶん、彼女がこうして不安がっているのは、昔いじめを受けていた時の影響なんだろう。

こうして心に傷が残るほど、ひどい仕打ちを受けていたことに、心が痛む。


 そんな過去のことなんて、これから俺が忘れさせてやりたい。


 そう強く思った俺は真白さんの手を、少し強めに引き込んだ。


「ーーッ!?」


「全部含めて、俺は真白さんのことを好きになったし、彼女になって欲しいって思ったから。だから安心して」


 俺はそっと真白さんのことを抱きしめる。

やがて彼女は恐る恐る俺の背中は手を回し、身を寄せてくる。


「ありがとうございます……そう言って貰えて、とっても嬉しいです。私も……そんな優しい染谷さん……武雄くんのことが大好きですっ!」


 初めて名前を呼ばれて、胸が大きく高鳴った。

黒井姫子に呼ばれていた時よりも、強い高揚感と幸福感を覚えた瞬間だった。


「これから宜しくね……雪!」


「はいっ! 宜しくお願いします、武雄くんっ!」


 と、そんなとても良い雰囲気の中、俺と雪の腹の虫が同時に悲鳴を上げた。


「台無しだな」


「そうですね。じゃあ、ご飯にしましょう!」


「おう」


 たしか今日は俺が作る番だ。

俺は雪を離して、キッチンへ向かおうとする。

すると、今度は雪が俺の手を引きーー


「んっ!」


「ーーッ!?」


 不意な真白さんからのキスだった。

 初めて感じた好きな人の柔らかい唇の感触に、胸の奥で早鐘が鳴る。


「こういうの、昔から好きな人にしてみたかったんです!」


「驚かせんなよ。んじゃ、俺も!」


「わわ! んーーっ!!」


 きっと雪となら楽しい交際が出来るはず。

そう思えてならない俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る