★雪ルート第3話 真白 雪の不在


「あれ、真白さんは?」


いつものように大学の中庭へ向かうと、林原さんと金太しか居なかった。


「なんか風邪ひいちゃったみたいなんだ」


「マジか……」


 もしかしてこの間行ったイベントの影響だろうか。

あの衣装、肩が出て寒そうだったもんな。


「ところでさ、2人とも」


 とりあえず真白さんのことは、後回しにして先に待っていた林原さんと金太を見据える。

2人は俺の態度から何かを察したのか、揃って頬を赤く染めて、視線を泳がせ始めた。


「なるほどね。で、いつから?」


「えっと……」


「この間の連休前から!」


 金太が恥ずかしそうに言い淀んでいた林原さんの代わりに答えた。

 カップル成立ほやほやといったところなのね。

とても初々しいし、微笑ましい。


 なら邪魔しちゃいけないと思い、俺は一歩後ろへ引いた。


「じゃあ、今日は2人でごゆっくり」


「お、おい! 別に俺たちそんなつもりじゃ……」


 金太は慌てた様子で立ち上がる。


「さすがにラブラブなお前達の間に1人でいるのは寂しいっての」


「……なんか、悪い……」


「良いってことよ。真白さんが治ったらまたな!」


 俺は中庭を後にして行く。


 そうか、金太にもようやく春が来たのか。喜ばしいことだった。

そして同時に、ちょっとだけ悔しさも感じていたり。

俺も、ぐずぐずしている場合じゃない。

 俺も、真白さんの体調が戻ったらそろそろ……



 その時、スマホが震えた。

メッセージは、金太の彼女となった林原さんからだった。


 最初に表示されたのは、大学近くのアパートを示した地図だった。


"雪のアパートはここ!"


"お見舞いに行ってあげたいんだけど、ちょっと今日は用事があって"


"代わりにあの子の様子をみて来てくれませんか?"



 林原さん、気を遣ってくれちゃって……だけど、せっかくいただいたチャンスなんだから無駄にするわけには行かないな。


 俺は林原さんのメッセージへ"わかった。様子見てくる"と返事を返すのだった。



●●●



 大学の周辺には学生向けのアパートがいつくもある。

その中の一つに、真白さんの住む物件があった。

駐車場に先日乗せてもらった軽SUV車が停まっているから、ここで間違いない。


 近くに神社もあって、緑も多く、とても住み心地の良さそうな物件だった。


「うっし……行くぞ!」


 俺は気合を入れて、お見舞いの品を片手に、アパートの階段を登って行く。

 このアパートの最上階の、更に一番奥の角部屋に真白さんは住んでいるらしい。

足を一歩一歩踏み出すたびに、心臓が鼓動を放つ。


 こんな感覚は久々だった。

早く真白さんに逢いたいような、だけど恥ずかしいから逃げ出したいような。

そんな曖昧さを頼みしつつ歩き、真白さんの部屋の前に達する。


インターフォンを鳴らしてみたが、反応はない。

寝ているんだろうか? それだけ具合が悪いってことだろうか?


 だったら今日はさっさと退散したほうが……と、思ったその時、鍵の開く音が響き渡る。


「遅いよぉ、翠ちゃん……」


「や、やぁ」


「ーーふへっ!? そ、染谷しゃん!?」


 真っ赤な顔の真白さんは素っ頓狂な声をあげる。

そりゃいきなり俺なんかが現れりゃ、驚くわな。


「ど、どうして、染谷さんが……」


「林原さんに真白さんの様子を見てほしいって頼まれて」


「ううっ……ばかぁ……騙したなぁ……」


 どうやら林原さんは、自分がお見舞いへ行くと伝えていたようだ。

通りで、何の油断もなく、鍵を開けたんだな。


「けほっ! ごほっ!」


「大丈夫か?」


「ふぁわい……大丈夫……」


「お、おい!?」


 真白さんがゆらりとこちらへ倒れかかってくる。

そして荒い呼吸のまま、ピクリとも反応を示さなくなった。

どうやら立っているのも困難なほど、具合が悪いらしい。


「とりあえず上がるけど良いな?」


「はぁ……はぁ……らめぇ……」


「いや、そうは言われても……」


「はぁ、はぁ……けほっ! ごほっ! ごほっ!」


 申し訳ないけど、このまま放置なんてできない。

 後で勝手に上がったことは謝ろうと決意し、真白さんを担ぐ。

そして彼女の部屋で踏み込んだ。


 間取りは1kで、かなり住み心地が良さそうだった。

 家具やカーテンなどは、真白さんの印象にぴったりな可愛らしいものでまとめられているのだが……とても気になるところが多数あったが、今はそれに興味を引かれている場合じゃない。


「ほら、寝転んで」


「はぁ、はぁ……ありがと……翠ちゃん……すぅー……」


 ベッドへ横たえ、布団をかけると、真白さんはすぐさま穏やかな寝息を立て始めた。

どうやら俺のことを"林原さん"と勘違いしているらしい。


さて、真白さんも寝かしつけたし、さっさと退散しないと。


 とは思いつつ、部屋の鍵をどうかけようか、という疑問にぶち当たった。

まさか開けっぱなしで帰るわけにも行かないし……どうやら俺は真白さんが目覚めるまで、ここで待つしかなさそうだった。

もしかしたら、林原さんはこの展開を最初から織り込み済みだったのかもしれない。


 静寂の中へ、真白さんの安らかな寝息だけが響き渡る。


 最初はスマホを眺めて時間を潰していたけど、だんだんとそれにも飽きてきた。


 気にしないと心に誓っていたのだが……自然と俺の視線は、真白さんの部屋のあちこちにある奇妙なものへ向かってゆく。


 まず目を引いたのが、部屋のあちこちに掲されている、淡色合いの布切れだった。

 ハンカチサイズから、タオルくらいの大きさまで、さまざまな布が干されている。

更に気になったのが、部屋のあちこちにある瓶だった。

 瓶の中には玉ねぎの皮やら、乾燥した草や花やら……これって、アボカドの皮だっけ? ありとあらゆるものが、透明な瓶に封入されている。

 おまけに部屋の片隅には、白い結晶がたんまり入った袋があったりなど。


 なんとなく、この様子、昔ゲームでみた"魔女の家の中"のようだと思った。

まさか、真白さんは北の国からやってきた魔法使いだったり……なんてね。


「ううう……」


 ベッドの上の真白さんがうめき声を上げながら身を捩った。

そして響き渡った腹の虫の音。

俺ではなくて、真白さんの方の。


「翠ちゃん……」


「はいはい?」


「お腹すいたぁ……」


「りょーかい。ちょっと待ってて」


 未だに俺のことを林原さんと勘違いしているらしい。

俺は真白さんのそばを離れてキッチンへ向かって行く。

買ってきたレトルトのお粥を温めるためだ。


 コンロの上には蓋がされた鍋が一つ。

昨夜の食べ残しだろうか。

ならこれも一緒に温めて、と思って蓋を開ける。


「ーーッ!? な、なんだ、これ……?」


 鍋の中にはおよそ食べ物とは思えない、不気味な色の液体で満たされていた。

沈んでいるのは、布? だよな?

これが食べ物だなんてことないよな?

まさか、真白さんは本当に魔法使いかなにか……?


「あ、あのっ!」


 驚いて振り返る。するとそこには、目を丸く見開いた真白さんの姿が。


「ど、どうして染谷さんが私の家にいるんですか……!?」

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