★真珠ルート最終話 嫁と子供を支えるために……!


「な、なにを考えているの!? そういうことは二度と言わないって約束したじゃない!」


「ちゃんと最後まで話聞いてくださいよ。この間みたいな勢いでの話じゃないんですから」


 予想通り、大学を辞めると告げた途端、真珠さんは声を荒げた。

だけど、今言った通り、勢いで決めた訳じゃない。

 俺なりに考えがあったからだ。


 俺は大学を辞めて、建築の専門学校へ通うことにした。

 一級建築士を目指すためだ。


 元々、社長のところで働いてた時から、建築には興味があった。

なによりも、一級建築士は、取得は難しいが、頑張れば将来が保証される。


 真珠と蒼太をこれから支え、守るためにも、俺にとってはうってつけの資格だったのだ。


 しかし決意して調べてみれば、一級建築士の取得には色々な条件が必要で、受験すら容易ではないことが分かった。

そして平々凡々と大学に通っているだけでは、取得までにすごく時間がかかってしまうということも。


 やっぱり俺は今でも、できるだけ早く、自分の手で真珠と蒼太を支えたいと思っている。

悠長に、大学を卒業してから一級建築士を目指すなんてのは、俺の気持ちが許さない。


 だからこそ、現在の俺が最短で資格取得ができるルートとして、大学を中退し、建築の専門学校へ通うことに決めた。


 専門学校に通えば、受験資格に必要な単位が網羅できる。

二級建築士を1発合格するのが条件だけど、専門学校の2年間を含めれば最短6年で一級建築士になることができるからだ。


 かなりきつい数年間になるのは確実だ。


 でも負けない。挫けたりはしない。


 真珠と蒼太を支えるためにも!



●●●



「お疲れっしたー! お先に失礼しまーすっ!」


「おーい、武雄! 大事なハンドブック忘れってぞ!」


「ああ! ありがとうございます、社長! それじゃ!」


 俺は慌てて、入社4年目になる白銀建設を飛び出した。

 幸い、専門学校卒業後、すぐに二級建築士になることはできた。

あと数ヶ月、実務経験を積めば、ようやく念願だった一級建築士の受験資格が得られる。


 しかしそこに来て、俺の日常はとんでもない忙しさの中にあった。


……まぁ、ぶっちゃけ、俺が招いたことなんだけど……


 俺は家路を急いで、勢いよく我が家"かいづかの戸を開く。


「た、ただいまー! 遅くなった! 大変申し訳ない!」


「おっせーっての!」


 店の中では今年で11歳になる蒼太が不満そうな表情を浮かべていた。


「こら、蒼太! お父さんにお帰りでしょ! あなた、お帰りなさい」


 カウンターの奥では、エプロン姿の真珠がそう声を掛けてきてくれる。


 俺は急いで厨房へ駆け込んでゆく。


「ごめん、遅くなって! もう良いから、あとは俺が!」


「あら? 良いわよ。たまにだったら大丈夫よ?」


「いやいやダメだって! 何かあったら困るし!」


「大丈夫よ。これぐらい。2人目だしね?」


 真珠はだいぶ大きくなったお腹をさすって、嬉しそうに微笑んだ。

出産はもう少し先なんだけど……たぶん、その頃って、一級建築士の受験が最盛期を迎えていると思う。


 とはいえ、これは俺の責任だ。

ここ最近、仕事にかまけて、勉強をおろそかにしていた自分へ発破をかける意味で、俺は真珠へ第二子を妊娠させたのだから。


「あのさー父さんも母さんも、いつまでもラブってないで、さっさと支度してくんない? ぼちぼちお客さん来出しちゃうよ?」


 蒼太の一言で、ようやく我に帰った俺だった。

とりあえず、身重な真珠は裏に下がって貰い、蒼太と協力して開店準備を進めて行く。


 日中は白銀建設で働き、夜は妊娠中の真珠に代わってかいづかを営業し、深夜と早朝には一級建築士対策の勉強。

土日もできるだけ真珠のフォローをしたり、蒼太を遊びに連れて行ったりなど……正に月月火水木金金だ。


 まぁ……全部、真珠を妊娠させちゃった俺の責任なんだけどね。


 でも今が頑張りどき! 真珠と蒼太とお腹の子供を、より幸せにするためにも、今頑張らなければ!


 そして今夜も、御多分に漏れず、居酒屋かいづかは盛況だった。


「おーっす、武雄ー来たぞぉー!」


「こんばんわ!」


 今夜は珍しく、結婚3年目を迎える、金太と妻の翠さんの来店があった。


「そーめたーにさーん! お久しぶりでーす!」


 そして今日は真白さんも一緒だった。


 この3人と連んだのは、大学に通っていたわずかな期間だけ。

でも、俺が大学を辞めてからも、この3人はよく連んでくれた。

俺の夢を、俺と真珠さんの関係を応援し続けてくれた。

この3人は真珠とは別の意味で、俺の心の支えとなっている。


「生と焼き鳥をぉ!」


「塩で?」


「ですです! ふふん〜……この楽しみのために、日々アンチと戦って人気を維持してるんだから……って、うげぇ……運営からじゃん。こんな時間になんだっつーの……はい、もしもし……ええ!? この間の配信が炎上!? な、なんでですかぁー!!」


 ここ最近、すっかり大人っぽくなった稲葉 兎さんも来店してくれるようになった。

彼女も、兎葉レッキスから何度かの転生を経て、今では大手事務所に所属する有名バーチャアイドルの中の人となっている。

まぁ、彼女の正体を知っているのは、たぶん俺だけなんだけどね。

これからも俺が見出したバーチャアイドルの中の人、稲葉 兎さんには頑張って貰いたいと思う。


 更に今夜は珍しい客がもう一組。


「いらっしゃい! って、お前……」


「どうも、ご無沙汰しています……」


 数年ぶりに再会する黒井姫子だった。

随分と地味な見た目にはなっているものの、どこか穏やかな様子だった。

脇にはすごく人の良さそうな男性を伴っている。


「あの、真珠さんはいらっしゃいますか? 今日はその、結婚のご報告と思いまして……」


「良いけど。なんだその……」


「大丈夫です。彼、全部知っていますから……」


 どうやら結婚相手の男性は、黒井姫子に昔あったことを承知しているらしい。


 とりあえず、こいつもまともな人生を歩み始めているらしい。

強姦未遂事件の時に助けられて良かったと思っている。


「おーい、真珠ー! 白石さんがいらしたぞー」


「あら! 白石さん! って、その様子だと、もう別の苗字ですよね?」


 ちなみにここ最近知ったのだが、真珠はあの事件の後、黒井さんを改め、白石さんの心の傷を心配して交流を図っていたらしい。

俺はあまり気乗りはしなかったが、真珠がどうしてもそうしたいと言っていたので好きにさせていた。

だってきっと、反対したら「心が狭い!」って怒られそうだったんだもん。


「あ、はい。今夜は、結婚の挨拶にと思いまして……真珠さんも、ご懐妊おめでとうございます」


「ごめんなさいね……」


「いえ、仕方ありません。私が招いたことですから……」


 前に真珠に聞いた話では、奴は生殖器に無理がかかって、子供を作る機能が壊されてしまったらしい。

そんな境遇になったアイツには、多少同情してしまう。

これからはせっかく、心の広い俺の真珠が良くしてくれたんだから、まともな人生を送ってほしい。

1人の人間として、心からそう願っている。


●●●



 夜半過ぎ、真珠はそっとリビングの扉を押し開いた。


 そこでは僅かな明かりのみで、勉強をしていたが、寝落ちしてしまった武雄の姿があった。


 もう付き合い始めて、6年が経ち、結婚してからは3年。

多少喧嘩は増えたし、前みたく毎日ベタベタすることは無くなっていた。


 だけど代わりに、ずっと一緒に居たいという、家族としての情愛が生まれている。


「もう、こんなところで寝ちゃって……」


 真珠は寝ている武雄の肩へ、そっとブランケットをかけた。


「いつも頑張ってくれてありがとうね。これからも応援しているわ。愛しているわよ、武雄……」


 そして武雄の頬へそっと唇を寄せた。


 実は武雄が起きていて、わざと彼女へキスをさせたとは知らずに……。




★真珠ルート おわり

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る