●黒井姫子を救出する


『深夜に駅の西口公園へは近づくな。じゃないとパールネイルの連中にやられるぞ』


 今から6年ほど前、街ではそんな噂が実しやかに囁かれていた。


 【パールネイル】ーー白いスカジャンが目印の女リーダーを筆頭に、地元の暴力団でさえ、一目置いていた不良集団の名称である。


 しかし6年前のある日、白いスカジャンの女が逮捕され、この集団は解散となった。

以降、西口公園には深夜でも平穏が訪れる。

そして市民は、パールネイルと、白いスカジャンの女のことを忘れていったのだった……。


●●●


 今すぐ黒井姫子を救出するなら動き出す必要があった。


 しかし俺は腕力があるわけでも、喧嘩が強いわけでもない。


 ならやはり、ここは警察に連絡を……


「ーーッ!」


 スマホを取り出そうとしてた俺の脇を白い影が過ってゆく。

 俺が静止を促す間もなく真珠さんが、黒井姫子のところへ飛び出していった。


「真珠さんっ!」


「貴方たち! 大の男は3人がかりで、女の子1人になにをしているのかしら?」


 真珠さんは臆することなく、黒井姫子へ襲いかかっていた、3人組へ立ちはだかった。


 どういうつもりなんだよ、真珠さんは!? とりあえず俺はこの間に警察に連絡を!


「なんだ、このおばさん?」


 スマホでの動画撮影役の男が、首を傾げる。


「大の男が、女の子1人に寄ってたかって、情けないとは思わないのかしら?」


 真珠さんは臆することなく、男たちへ近づいて行った。


 大の男3人が、一斉に顔を引き攣らせ、息を呑んだ。

 俺も警察へ連絡を取りつつ、真珠さんの背中から発せられている、異様な気配に鳥肌を浮かべていた。


「良いから、いますぐその子を解放なさい! これは警告です!」


「ははっ! おばさんも混ぜて欲しいってか?」


 男の1人が真珠さんの前に立ちはだかった。

そして無造作に彼女の手首を掴む。


「痛いわ。離して」


「よく見てみりゃ、このおばさんも結構良いじゃねぇか!」


 男が無理矢理、真珠さんの手を引っ張った。

瞬間、彼女から研ぎ澄まされたナイフのような雰囲気が溢れ出た気がした。


「これは……多少痛い目をみても仕方ないわね!」


「おわっ!?」


 真珠さんがぐるりと腕を回した。

瞬間、目の前の男が盛大に地面へ転がされた。


 男も、その仲間も、黒井姫子も、そして俺も何が起こっているのかさっぱりわからなかった。


 どうやら真珠さんは体格でも、力でも勝る男の力を逆に利用して、地面へ引き倒したらしい。

手際もかなり鮮やかで、慣れている様子だった。


「つてて……て、てめぇ!!調子に乗って……!」


「まだやるつもり?」


「ひぃっ!?」


 真珠さんの冷ややか声に、場の空気が凍りついた。

威勢よく立ちあがろうとした男は、尻餅をついて、地面へ座り込む。


「お、おい、白いスカジャンを着て、無茶苦茶強い女って……まさか、パールネイルのリーダー!?」


「パールネイル!? んなの6年前の話だろ!? 都市伝説だろ!?」


 残りの男たちは訳のわからないことを叫んで、慌て出した。


「ふぅん……君たちみたいなお子様も私たちのことを知ってくれているのね? 光栄だわ」


 対する真珠さんは、普段以上に冷静で、更に氷のように冷たい雰囲気を伴いながら残りの男たちへ近づいて行く。


「許さない……男が寄ってたかって、女を傷つける……そんな輩は……!」


 男たちはすっかり腰を抜かせて、逃げることもままならない。


ーーなんとなくだけど……この状況はすごいまずいような気がした。


 だから俺は思い切って、その場から飛び出した。


「真珠さん、そこまでです!」


「ーーッ!?」


 真珠さんの手首を掴んで静止を促した。

すると、彼女から殺気立った気配が払拭される。


「武雄君……?」


「もう十分です。あいつらはもう何もできません。それに……」


 木々の向こうから赤いパトライトと、サイレンの音が響き渡っていた。

 男たちは脱兎の如く、その場から走り去る。


 そして1人取り残された、霰もない姿の黒井姫子がポカンとした表情でこちらを眺めている。


「武雄……武雄っ!」


 黒井姫子は涙をこぼしながら、歩を進めてくる。

一瞬、高校時代に時折泣いていた奴の姿を思い出す。


 きっとあの時の俺だったら、今この場でコイツのことを抱き締めていただろう。


「近づくなっ!」


 涙を流しながら近づいてくる黒井姫子へ、俺は強い声をぶつけた。


「ーーッ!?」


「もう俺はお前のことなんてどうも思っちゃいない。だけど、知り合いなのは確かだ。知り合いがあんな目に遭っているのを見過ごせなかっただけだ」


「っ……」


「これに懲りて、もうバカなことをするのはよせ。もっと自分を大切にしろ。分かったな!」


「ううっ……ひっくっ……うわぁぁぁーーん!!」


 黒井姫子はその場に座り込んで、子供のように泣きじゃくり始める。


……その後、黒井姫子は無事、警察に保護をされた。

そして逃走した男たちも、すぐに捕まったらしい。



●●●


 あの事件のあと勇気を出して、真珠さんにまた昔のことを聞いてみた。

どうして、急に飛び出したのか? いつもと雰囲気が違ったのは何故か?


 すると真珠さんは、昔、自分の友達が強姦被害にあって亡くなったことがあったと教えてくれた。

だから許せなくなって、思わず飛び出してしまったのだと。


 確かにあの時、悠長に警察を待っていたら、黒井姫子はもっと酷い目にあっていたと思う。

結果としては良い方向に転がった。

 でも、一歩間違えば、真珠さんも警察に捕まっていたかもしれない。


「もう二度と、ああいうことはしないでください。約束してください」


「分かったわ……止めてくれて、ありがとうね。もう私は、武雄無しじゃ居られないわね」


 まぁ……こういう嬉しい言葉を貰えたから、良しとしますか!


ーーちなみに男たちが口走っていた"パールネイル"とはなんなのか聞いたんだけど、真珠さんは決して教えてはくれなかった。

ならば親代わりの社長に聞いてみたが、社長も「その話題には触れるな。命が惜しかったらな」と本気なのか、冗談なのかわからない答えを返してきたのだった、


 今でもパールネイルがなんなのか。

なんで真珠さんがあんなにも強いかったのかはわからない。

でも、絶対に彼女を怒らせてはいけないとは強く感じたのだった。


 こうして黒井姫子を助け出した俺と真珠さんは警察署で今回の件を詳しく聞かれることとなる。


 そしてこの事件を皮切りにして、とんでもないスキャンダルが持ち上がる。


 まず今回、黒井姫子を襲った3人の男は"鬼村英治"という、プー太郎に指示を受けていた。

この鬼村英治というのは、地元出身の代議士で、現役大臣の息子だった。

彼は父親の持ち物や資産を買って気ままに使って、金持ちを装い、主にマッチングアプリなどで黒井姫子のような女を騙して、好き放題していたらしい。


 現役大臣の息子が、ネット上で非道な行いをしていたーーそのことが炎上のきっかけとなった。


 結果、鬼村大臣は離党の後、政界を引退。

鬼村英治自身も、複数の容疑で逮捕起訴され、この騒動は治った。


 押収され鬼村英治のスマートフォンなどからは、複数の少女のポルノ映像が発見された。

一部は既にネット上に流出していて、鬼村の小遣い稼ぎにになっていたらしい


 当然黒井姫子の動画も、鬼村のスマートフォンからみつかった。

しかし幸いなことに未だアップロードされていなかったようだ。


 もしも、あの時黒井姫子を見捨てていたら、今頃彼女はどうなってたんだろうと、今でも思う。



 その後、黒井姫子は、両親の離婚が成立し、大学を辞めて母親の実家へと帰っていった。

救出した俺と真珠さんへ、お礼を言った上で。


 ようやく、これで過去の精算が終わった。

そこで、俺はずっと考えていたことを行動に移す。


ーー俺は、黒井姫子と時を同じくして、大学を中退したのだった。


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