★真珠ルート第8話 貝塚 真珠の過去を知る


 ちょっと悔しかった。


 この間だって、黒井姫子を追い返したのは実質的に真珠さんだった。


 これまでずっと1人でお店を切り盛りして。

蒼太君も立派に育てていて。

こうして大きなバイクも軽々と扱って。

少しおかしな言動をする輩とも真正面から対峙して。


 真珠さんのことを知れば知るほど、俺自身がまだまだ小さくて、幼くて、ただのガキなんだと思い知らされる。


 だからと言って、俺はもう二度と背伸びをすることはない。


 だってそれが真珠さんとの約束だからだ。


 今の俺が真珠さんと蒼太君を1人で支え、守るのは難しい。

だけど、近い将来、俺は必ずなってみせる。


 胸を張って、真珠さんと蒼太君を支え、守っているのだと言い切れるように……



 真珠さんの運転するバイクは、どんどん山奥へと入って行く。

運転を初めて約2時間。

俺と真珠さんは、目下に見知らぬ街を望む、小高い丘の上に設けられた小さな墓地にやって来ていた。


「あの街が、私と海斗……前の旦那が生まれ育った街よ」


 真珠さんは目下の街を指しながら、少し辛そうに説明をしてくれた。


 俺が反応の仕方に困っていると、それを察した真珠さんは自ら次々と言葉を紡いでくれる。


「あの街が嫌いだったわ。楽しいことなんてひとつもない、ただ寂れた街……おまけに暴力ばかりの父親と、別の男に貢いで体を売ってばかりいる最低な母親と暮らしていたの……だから色々なことが嫌になって、ロクに学校にも行かず、毎日フラフラしていたのが私の青春時代の大半……」


 真珠さんは言葉を続けつつ、墓地の奥へと進んでゆく。


「そんな時出会ったのが海斗よ。彼も私のように複雑な家庭環境でね。あっという間に意気投合して、そういう関係になって、もうこんな街は嫌だって2人で駆け落ちみたいに飛び出して、ヤンチャをし過ぎて度々警察にお世話になって……本当、今にして思えば、2人してなに滅茶苦茶な人生を送ってたんだろう、って今でも思うわ……」


 墓地の最奥。

木々の枝葉で街が覆い隠されている場所に、貝塚家の墓標があった。


「でもそんな無茶苦茶な私たちを救ってくれたのが、源さんなの。とっくの昔に私たちの両親は死んだり、行方がわからなくなったりしていて、誰も引き取ってくれなかったわ。そんな捨て猫同然の私たちを拾って、真っ当な人間にしてくれたのが源さん……」


 社長の会社は、進んで過去に罪を犯した人たちを大勢雇っているのは知っていた。

たまに更生に失敗することはあるらしいんだけど、大半の人たちは社長の下で、生まれ変わっている。

現に、俺もその1人だ。だから、今の自分があると自覚している。


「私たちは源さんにたくさん叱られて、たくさん愛情を頂いて、真っ当に生きると決めたわ。きちんと籍を入れて、まともに働いて……それで立ち上げたのが"かいづか"。蒼太を身籠ったのもわかって、あの瞬間が、私と海斗の思い出の中では最良のものね」


 真珠さんは花を新しいものに変え、線香へ火をつけた。

寂しさを抱かせる独特の香りが、鼻腔を掠めてくる。


「でも、その矢先に海斗は死んじゃった。バイクで無茶な運転をして、私と蒼太とお店を置いて1人で……本当、酷い人だわ……」


 真珠さんは線香を添えると、墓石へデコピンを見舞った。


「ついこの間まで、私はずっとこの人との過去に囚われていた。いつまでも前に進めずにいた。だけど、もうそれもお終い。ご先祖様を敬うって意味でここにはこれからもやってくる。だけど、もう海斗との思い出に浸るためにここへやって来たりはしない」


 俺は真珠さんの横へ並んで、海斗さんの墓へ線香を添えた。

そして彼女と一緒に墓標を見上げる。


……海斗さん、俺は貴方の代わりに真珠さんと蒼太君を支え、守ります。

必ずそういう男になって見せます。必ず……!


「ねぇ、武雄君」


「なんですか?」


「正直、どう? 昔の私の話を聞いて……」


 真珠さんは不安そうにそう聞いてくる。

俺はそっと、彼女の手を握りしめた。


「なんか、形は全然違いますけど、俺と一緒だなぁって」


「そうなの?」


「ええ。俺もこの間までまるで別人みたいな人生を送っていました。でも、社長のおかげで生まれ変わることができました。そして真珠さんと出会って、また新しい人生を送ろうとしています」


「……」


「これからもどうぞよろしくお願いします」


「うん。宜しくね」


 俺と真珠さんは互いに手を取り合って、歩き出す。


 ここから先は俺と真珠さんの新しい物語が紡がれてゆく。

そう思うのだった。



●●●



「また宜しくね」


「ええ、まぁ……」


 黒井姫子は油ぎった中年男性から、金を受け取り駅前で別れた。

もはや抵抗感も嫌悪感も無い。金がもらえればそれで良い。

すっかり彼女の貞操観念は狂ってしまっている。


 もう何もかもに嫌気が差した黒井姫子は、ここ数日間まともに家へも帰らず、こうして金を得て街をふらついていた。


 さて、今夜は大金が入ったし、美味しいものでも食べようか。

そう思っていた時のこと。


鬼村

"久しぶり! なんか色々ごめんね"


鬼村

"会って話がしたいんだ! 今までのことを謝りたいんだ!"



「ははっ……何が謝りたいがターコ」


 メッセージ入力さえ億劫な黒井姫子は、呆れの言葉をスマホへ零した。


 しかしはたりと思い起こす。

あっちが会いたいって言うなら、文句の一つでもってやろうと。


 黒井姫子は"どこで会えますか?"と返事をする。

すると彼は、いつものタワーマンション付近を指定してくる。


「まだ自分の家だって言い張ってるのかよ、はは……!」


 黒井姫子は周りの視線など気にせず、不気味な笑い声を上げながら、街のはずれにあるタワーマンションを目指してゆく。

そうして暗い夜道を、タワーマンションを目指して歩いている最中のことだった。


 突然、一台のバンが黒井姫子の真横に止まる。


「ーーッ!?」


 そして彼女はバンから出てきた複数の男に取り押さえられ、車の中へ押し込められてゆく。



●●●



「ううっ! さぶっ!」


「ご、ごめんね! ジャケット用意しておくべきだったわね。あったかいコーヒー買ってくるわね!」


 バイクを停車させた真珠さんは、そう謝ると近くの自動販売機へ駆けて行く。

もうすぐ初夏なんだけど、直接風を受けるバイクの上では、夜風が身に染みている俺だった。


ふと停車している道ばたに不気味な黒いバンが停まっていることに気がつく。


 なんだか嫌な印象の車だと思った。

なるべく離れて歩きたいと思い、車との距離を置く。

その時のことだった。


「……?」


 俺と戻ってきた真珠さんは示し合わせたかのように顔を見合わせた。


「もしかして真珠さんも?」


「うん、聞こえた……女の人の声かしら?」


 この辺りに幽霊の噂なんてあったっけ?

 気になった俺たちは息を潜めて、耳をそばだててる。


 やはり女のような声が聞こえて来ている。しかもどこか聞いたことのあるような。


 俺と真珠さんは互いに顔を見合わせる。

そしてなるべく足音を立てないように、神社の中へと踏み込んでいった。


 この神社は公園と裏山からなる、割と広い土地を持つものだった。

子供の頃、この裏山ではよく金太と遊んだ記憶がある。


 そんな思い出の場所に、今でも女の不気味な声が僅かに響き渡っている。


 俺と雪は人の気配を感じて、咄嗟に岩陰に身を隠す。

そしてその先に見えた光景に息を呑んだ。


「やめっ……!」


「おい、被さんなよ。お前の背中なんて誰も見たく無いっての!」


 僅かな光の中、3人の男が誰かを押さえつけている。

 

 黒井姫子だった。


 なぜか彼女は男たちに押さえつけられ、必死に身を捩っている。


 この状況ってまさかーー


 黒井姫子は俺にとって、もはや赤の他人だ。助ける義理は無い。

そして俺の高校時代を奪った、憎い相手でもある。


 だが、顔見知りでもある。知り合いが危機的状況に陥っているのは見過ごせない。


 いま、俺が摂るべき行動。

それはーー



●黒井姫子を救出する。



●黒井姫子を救出しない。

_____________________


【!!注意!!】


 スクロールで次のエピソードへ進みますと必ず『●黒井姫子を救出しない』になります。

別の選択の場合は、ご面倒をおかけいたしますが一度TOPへ戻り「●黒井姫子を救出する」のエピソードへ飛んでください。

なお、スクロールでは「しないのエピソード」の後に「するのエピソード」が表示されます。

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