第18話 染めている? 兎葉レッキスこと、"稲葉 兎"




 誕生から3年以上が経過しバーチャアイドルの数は増え、まさに戦国時代さながらの様相を呈している。


 数多のバーチャアイドルがネット上で鎬を削っている。

バーチャアイドルは大きく二つのグループに分けることができる。


 企業に所属し、支援を受けつつも一定の制約下で活動をする"企業グループ"


 支援は一切ないが、自由気ままに活動のできる"個人グループ"


 だがやはり、企業という巨大な"箱"で活動をした方が、露出力も影響力も強いのは明らかだ。

当たれば再生数や、生配信の同時接続数は、個人の比ではない。

 逆に個人は、その多くが所詮は個人であり、企業並みの人気を獲得するのは難しい


 そんな状況下であっても、ここ最近急成長をしているのは"個人グループ"のバーチャアイドル【兎葉 レッキス】だ。


 確かに企業グループと純粋に比較をしてしまうと、兎葉レッキスは圧倒的に劣っている。

だが、個人という枠組みで見てみると非常に好調だ。


登録者数は数万に昇り、コラボなども積極的に行って、順調に数字を伸ばし続けている。

コンテンツもここ最近は生配信を主にしつつ、歌ったり、多少お笑い芸人のように無茶なことをしてみたりなどなど、非常に充実しつつある。


 兎葉レッキスが、個人グループであるにも関わらずかなり頑張っている。

こうして彼女が個人ながら、成り上がってゆく姿は様々な人々の心を打っているのだろう。

だから、良い循環が生まれていると言っても過言ではない。



「たけピヨさん! ちょっと今夜もご相談が……」


「はいはい、どうぞ。なんでも!」



 そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女だが、未だに俺のようなスコッパー崩れの一般人を頼りにしてくれている。


 俺の意見をいつも素直に受け入れてくれて、こうして必ず相談を持ちかけてくれて。


兎葉レッキスは、俺好みに染まったバーチャアイドルと言っても過言ではない。


 だけどこのままじゃいけないと思う。

 なにせ、俺は一視聴者としての意見しか持ち合わせていない。

このままでは彼女の足枷になりかねない。

だからこそ、俺はこれから学ぶべきである。

 バーチャアイドルのことを、兎葉 レッキスという存在を、今以上に真剣に……。



●●●



「へぇーここが……雰囲気いいじゃん」


 兎葉レッキスこと、中の人である"イナバさん"のニャンスタアカウントを拝見して、俺に新たな趣味である"カフェ巡り"が加わった。

 始めは、今のバイト先で新メニューの相談を持ちかけられて、市場調査をするの目的だった。

だけど色々なカフェを巡って、その魅力に気づいて、今では暇ができると気になる店を訪れるようになっている。


……もしかすると、同じ街に住んでいて、同じようにカフェめぐりが大好きな"イナバさん"にどこかで出会えるような。

そんな気がして……


 今日訪れたのは"レッキス"というカフェだ。

ちなみにレッキスとは、フランスに起源を持つウサギの品種のことだ。

非常に毛感触が良いとのことで有名らしい。

まさか、兎葉 レッキスの名前って、ここから来てたりしてと考えたりしつつ、店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ!」


「ーーッ!?」


 聞き覚えのある独特の声音に、背筋が震えた。


 そして迎えてくれた店員さんをじっと見つめてしまう。


その店員さんは綺麗な青色の目をしていた。

外国人のように鼻も高く、堀が深いが、丸い雰囲気を感じるのは多少日本人の血が混じっているだからだろうか。

きっとこれで髪色がブロンドなら、すごく似合っていると思う。


「あ、あの、一名様ですか……?」


 彼女は墨汁で塗りたくったかのような、不自然なほど真っ黒な髪を揺らしつつ、困惑している。


「あ、ええ、一名様で……」


「ど、どうぞこちらへ」


 おいおい、なに自分で"一名様"とか言っちゃってるのよ俺。

情けない……


 とりあえず窓際の席へ通してもらい、腰を落ち着ける。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 トーンもテンションもいつもとは違う。

だが、確実にこの声には聞き覚えがある。


 そして彼女がエプロンにつけていた名札を見た時、俺は息を呑んだ。


"稲葉"


 名札には確かにそう書かれている。

まさか、この人が『兎葉 レッキス』の中の人の"稲葉さん"!?


「し、失礼します!」


 稲葉さんは少し怯えたような顔をすると、脱兎の如く、俺からは離れてゆく。

そりゃ、新規のお客にじっと見つめられ続けりゃ、逃げたくもなるか。

大失敗……


 俺はしばらく窓際の席で、コーヒーとパンケーキを楽しみつつ、稲葉さんを観察することにした。

その間も稲葉さんは、飲み物を運んだり、カウンターの内側を整理したりなど、忙しくしている。


 そんな中新たな来客が。


「うさぎー! おはよー!」


「わわっ!? 今バイト中! 学校みたく抱きつかない!」


 稲葉さんは入店するなり飛びついてきた女子高生を軽く押し退けている。

あの制服って、確かうちの大学の附属高校のものだっけ?


 そうなると、稲葉さんはやっぱり高校生で名前は"うさぎ"

兎葉 レッキスは視聴者から投げチャを受け取っていることから成人の"18歳"であることは確実。


 以上のことから推察できる、兎葉レッキスの中の人の正体は……


 カフェ"レッキス"でバイトをしている、英華大学附属高校の3年生、稲葉 兎さん、18歳の誕生日は既に迎えている……といったところか。


 なんてことだ。

こんなにも早く、レッキスさんの中の人と巡り合えるだなんて。


 早くも声をかけて「ドーモ! レッキスさん。 たけピヨの中の人こと、染谷武雄です!」

と声をかけたい気持ちが沸き起こる。

だけどやっぱり、いきなりそんなことをして信じてもらえるか怪しいところだ。


 俺は悶々としつつ、それでも機会を窺い続けてのだが、なかなかそのチャンスが巡ってはこない。

なぜなら、夕方を超えた辺りから、店が物凄く忙しくなり始めたからだ。


 あんまり長居をしてちゃ、邪魔っぽい雰囲気も感じ取れる。

 俺は会計をするために席を立つ。


するとラッキーなことに、稲葉 兎さんがレジに着いてくれた。


 これは千載一遇のチャンス。声をかけるには今しかない!


「あの……」


 勇気を出して声をかけようとしたところ、逆に稲葉さんから声をかけられた。


「な、なんすか?」


 情けなくも声が震えてしまっていた俺だった。


「いえ、その……男の人が1人でくるの珍しいなって思いまして……さ、参考までに何をご覧になったんですか!?」


「知り合いというか、仲間が、色々とカフェ巡りをしているみたいで。そこで知って、来てみたいなと思って」


「そ、そうですか。ありがとうございます。参考にさせて頂きます……」


「また寄らせて貰いますね。コーヒーとパンケーキ美味しかったですよ」


「はいっ! ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております!」


 俺は稲葉さんに見送られて、店を出てゆく。


 あの態度で、もしかしてあっちも気づいてくれたのか?

もうちょっと、通えば、こっちから声をかけても変じゃないよな……?



●●●

 


(あの優しそうな声って……もしかして!?)


 突然、訪れた男性客の会計を終えた稲葉 兎は1人で頭の中をテンパらせていた。


「おい、兎。ナンパか?」


 同僚で同級生の鮫島 海美うみが、脇腹を小突いてくる。


「あのお客さん、すっごいイケメンだったしなぁ。このエロうさぎ」


「ち、違う! 違うって! あの人はその……」


 もちろん、顔がかっこいいのはプラスのポイントだった。

しかしそれ以上に、兎の心を掴んで離さなかったのは、彼の声だった。


(うう、もしもあのお客さんがたけピヨさんだったらどうしよう! やばいよやばいよー!)



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