第17話 染まる貝塚 真珠
「どうかしら……?」
真珠さんに見つめられながら、俺は匙を口へと運ぶ。
瞬間、ひんやり心地よい感触が口いっぱいに広がった。
「んーーっ!?」
「ど、どう?」
「美味いっ! これめっちゃ美味いですよ!」
そう声を放つと、真珠さんはほっと胸を撫で下ろす。
俺は夢中で、真珠さんが試行錯誤の果てに完成させた、かき氷を食べ続ける。
なぜ、昼間から、しかも居酒屋でかき氷を食べているのかというと……ことの始まりは約一週間前。
突然、真珠さんから相談を持ちかけられた時にまで遡る。
「実は客層を広げようと思って。主にお昼に女性のお客様へ来てもらいたいの。だから何かいいアイディアはないかと思って……」
なるほど、そういうことだったか。
まぁ、たしかにいきなり"告白"なんてありゃしねぇよな。
真珠さんは俺の雇い主、遥に大人なわけだし……
しかしその場では妙案が浮かばず、一旦保留にし、兎葉レッキスさんこと"イナバさん"へ相談を持ちかけた。
そして彼女のニャンスタグラムから今"かき氷"がブームになりつつあると知った。
そこから情報を集めて、色々検討の後に、真珠さんへ提案して、完成したのがこのかき氷。
真っ赤な特製イチゴソースがたっぷりかかったコレである。
見た目も味もとても良く、注文をしてもらえれば確実に売れるはずだ。
更に真珠さんへは追い風が吹いている。
「取材、何時からでしたっけ?」
「連休前の14時からよ」
「緊張してます?」
「当然よ、初めてだし……」
世間では、かき氷がブームになっているということで、ローカル局の夕方のニュース番組が目をつけたようだ。
この裏には顔の広い白銀社長の口入れがあったようだ。
本当、社長ってすごい人だよな。
ともあれ、これで大きな宣伝手段も確保できたわけだ。
まだテレビには強い影響力があるので、店が繁盛するのは間違いない。
「じゃあ、試食も終わったんでこっちも始めましょうか!」
「ええ! ご教授宜しくね」
真珠さんは新しいかき氷を手にして、客席の方へ、スマホを持って出てくる。
テーブルに置いたかき氷をスマホで様々な角度から見始める。
「コレぐらいでどうかしら?」
「まずは色々と撮ってみましょうか」
「分かったわ」
俺と同い年から少し上の世代の女性がが、このかき氷のメインターゲット層だ。
その世代へ宣伝をするにはニャンスタの運用が必要不可欠……と、レッキスさんにアドバイスを頂いたので、そのまま実行に移しているのが今の状況だ。
「この色合いどうかしら?」
「もうちょっと暖かみがあるといいかもしれませんね」
「なるほど!」
真珠さんも俺も一応、ニャンスタのアカウントは持っているけど、そこまで詳しくはない。
だけどレッキスさんのアドバイスを参考に、色々と試行錯誤をしながらやっている。
意外とこういうのって楽しい気がしてならない。
「この写真の方が良いわね、ふふ……」
本当、ここ数日の真珠さんは楽しそうだ。
まるで子供のようにはしゃいでいて、とても可愛い。
見ているだけで幸せな気持ちになるし、胸の奥が勝手に踊りだして仕方がない。
「染谷君? どうかしたの?」
「あ、いや! なんでも!」
うっかり真珠さんの横顔を眺めてしまっていた俺は、慌てて視線を外した。
「本当、色々と染谷君には頼りっぱなしね。本当にありがとう」
「お、俺はなんもお礼を言われるようなことはしてないっすよ!」
「何言ってるのよ、すごく色々としてもらっているわよ。蒼太のことは助けてくれたし、お店も手伝ってくれているし、このかき氷のアイディアだって、染谷君が持ってきてくれたじゃない。本当に感謝しているわ。ありがとう」
改めて、真珠さんにそう言われて嬉しい反面、とても恥ずかしかった。
「ど、どういたしまして! できることをしたまででして」
「何かお礼をしなきゃね」
「バイト代で十分っすよ」
「そうは行かないわ!」
なんか真珠さんってこういう義理堅いところがあるのな。
血の繋がりは無いけど、社長に良く似ていると思う。
「何が良い? バイト代とは別に……わ、私でできることだったら……」
妙に歯切れの悪い言葉に、胸の奥が勝手に高鳴ってゆく。
真珠さんも、僅かに頬を朱色に染めて、俯いている。
「で、できることって……?」
「なんでも良いわよ……染谷君が、したいことだったらなんでも……」
不意に静寂が訪れて、外の車の音だけが店に響き渡る。
俺よりも遥に大人な貝塚真珠さんは、すごく綺麗な大人の女性だ。
だけどよく見てみれば、彼女は俺よりも背が低くて、意外と華奢で。
そんな真珠さんはずっと1人でこの店を守っていて、蒼太くんを一生懸命育てていて。
俺みたいな子供とは絶対に釣り合っているとは思えない。
でも、せっかくのお誘い出し、
「じゃあ、遠慮なく……」
俺はじっと真珠さんを見下ろした。
彼女は少し不安げな表情で俺を見上げている。
「今度の、俺と一緒に出かけてやってください」
「え……? そんなので良いの?」
「俺にとっちゃ"そんなこと"じゃないですよ。結構勇気持って伝えてます。いつもここで会ってばかりいるので、できればもっと素に近い真珠さんを見てみたいんです」
「……」
「だ、ダメっすか?」
「良いわ! それぐらいお安い御用よ!」
真珠さんは普段のような、だけど少し残念そうな……といった態度を見せた。
なんだろ? このリアクション? 詳しく知りたいような気もする。
だけどこれが今の俺の限界だ。
もしもっと真珠さんとの距離を縮めたいならば、勇気を持って彼女に染まる覚悟が必要になってくる。
残念ながら、まだそこまでの覚悟は固まっていない。
「ただいまー!」
蒼太くんが飛び込んできてくれたおかげで、微妙な空気が一蹴された。
「よぉ、武雄。今日も来てたのか」
「しゃ、社長! こんちわっす!」
いつもは朗らかな社長が、少し厳しい視線を注いでいるのは気のせいじゃないんだろう。
この人もだんだんと察し始めているのだろう。
もしも本気で動くのならば、社長との対峙は避けては通れないことなのだろう。
「にいちゃん! マスクライダー一緒に見ようぜ!」
「お、おう! そうだな。真珠さん、奥借りますね!」
「え、ええ……」
俺は真珠さんから逃げるように、蒼太くんと奥へ下がってゆく。
蒼太くんのことだってある。
だってこの選択は、この子にも強い影響を及ぼすことだからだ。
数日後に世間は大型連休に入るし、いつも以上に時間が取れる。
だからその間にゆっくりと考えようと思う。
これからの真珠さんへの向き合い方を……
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