第16話 すっかり染まった真白 雪


『染谷さん、こんな時間に電話してごめんなさい……』


 家で寛いでいると、突然真白さんから電話が掛かってきた。

なにやら深刻そうな声音に、俺は息を呑む。


「どうかしたの?」


『おり言ってご相談したいことがあります』


「分かった。聞くよ。それでどうしたの?」


『会って直接お話ししたいので、駅前のビックリバーガーへ来てもらえませんか? もう私1人じゃどうしようもなくて……』


「分かった、すぐに行く! 1人で考え込まないで! 俺が付いてるから!」


俺は急いで身支度を整えると、駅前のビックリバーガーへ走った。


いつも元気な真白さんが、あんな声をするなんて。

きっと彼女にとってとてつもないことが起こっているに違いない。

俺はかなり急いでビックリバーガー駅前店へ向かってゆく。


そして窓際の席でスマホへ視線を落としたまま微動だにしない真白さんを発見した。

俺は無我夢中で店へ飛び込み、真白さんのところへ向かってゆく。


「はぁ、はぁ……お、お待たせ!」


「こんばんは染谷さん。なんでそんなに息咳切らせて……?」


「心配だからに決まってるじゃないか! で、どうかしたの?」


「あ、えっとですね……」


 真白さんは恐る恐ると言った具合に、スマホの画面を見せてくる。


「ん……?」


 なぜか画面には先日、真白さんへ紹介したスマートフォン向け、アクションゲームが映し出されている。


「もしかして……」


「この敵に勝てないんです! 私、昔からこのアニメのファンで! 特にこの敵役が大好きで! でもなかなか勝てなくて、全然ゲット出来なくて! それに今夜の0時でこのコラボ企画終わりじゃないですか!」


「あ、ああ、そういうこと……はぁー……」


 どっと疲れた俺は椅子へもたれ掛かる。

なんて人騒がせな……とは、いえこうして俺を頼りにしてくれたんだから無碍にはできない。


「分かった、任せて。で、今の真白さんのパーティーは?」


「一応、特攻? キャラクターってのは引けたんですけど……」


なるほど、少し心もとないが手持ちは揃っているか。

でも、できればもう少しメンバーが欲しいところ。


「林原さんは協力してくれそうかな?」


「今夜はダメみたいです。なんか、用事があるとかで」


「そっかぁ。こっちも金太は外せない用事があるって言ってたし……」


「勝てますか?」


「勝たせる! 必ず!」


「ありがとうございます! やっぱり染谷さんは頼りになります!」


 こうして俺と真白さんは、コーヒーを一杯づつ注文しただけで、ゲームに熱中し始めた。

真白さんは始めたばかりなので手持ちも少ないし、使用キャラも育ちきっていない。

まずはそこを解決ししていたら、コラボ終了時間まで後1時間に迫っていた。


 後は俺のプレイスキルでカバーをするしかない。


 俺と真白さんは必死に戦いそして……


「うっし! 撃破!」


「か、勝った……勝てちゃったぁー! 染谷さんっ!」


 思わず深夜のファストフード店でハイタッチ。

店員さんには怒られてしまった。


 閉店時間を迎え、俺と真白さんは店を追い出される。


時計は既に、0時を過ぎている。


「今夜はお世話になりました! それじゃあ!」


「あ、あの真白さん!」


 俺はさっさと帰ろうとする彼女を、意を決して呼び止めた。

元陰キャの俺にとっては、かなり勇気のいる所業だった。


「どうかしました?」


「家まで送るよ。時間遅いし」


「えっ? 良いんですか……?」


 真白さんは少し不安そうな顔をしながら伺うように聞いてくる。

どうやら感触は悪くないらしい。


「もちろん。こんな夜更けに1人で返して何かあったら嫌だしな」


「それじゃ宜しくお願いします!」


 俺と真白さんは並んで夜道を歩き始めた。

実はこうして真白さんと2人きりになるのは初めてだったりする。


「なんか、やっぱり都会って眠らないんですね。こんな時間でもキラキラしてますし」


「これでも前よりは静かになったもんだよ」


「ここが同じ国だなんて、今でも信じられないです」


「真白さんの実家って、長閑なところなんだっけ?」


 ゲームで勝てたのが嬉しかったのか、今夜の真白さんは普段以上に饒舌だった。

 実家は山奥で、8時を過ぎれば真っ暗になってしまうこと。冬は豪雪地帯なので、みんなで一生懸命雪かきをすること。

地元の魚が非常に美味しいこと。林原さんとは物心つく前からの幼馴染ということ、などなど。


「なんか、翠ちゃん、今でも私のこと子供扱いするんですよ? "雪を1人で本土へ行かせられない!"なーんて、言ってくれて進学先まで一緒にしてくれて……」


 その話を聞いて、少し胸がざわついた。

俺も黒井姫子の影響で、林原さんと同じような選択をしてしまっている。


「でも、ずーっと昔からの共通の夢を追うことができていて嬉しいなぁって」


「たしか2人は教育学部だっけ? 先生にでもなりたいの?」


「幼稚園の先生になるのが夢なんです! 実際、高校生の時は2人でそういうところに行って、子供と一緒に遊んだり、色々していましたし!」


 たしかに林原さんは面倒見が良いし、真白さんはいい意味で子供の視点に立てそうな人だと思った。

だからこそ、先ほど林原さんの意向を聞いて、不安を抱いた自分を馬鹿馬鹿しく思った。

 林原さんは、別に真白さんと一緒に居たいから進学先を、今のところにしたのではない。馬鹿な昔の俺とは違って……


「本当、真白さんと林原さんって仲がいいんだね」


「はいっ! とっても仲良しな、私にとってはお姉ちゃんみたいな人です!」


「お姉ちゃんって……ははっ……」


 真白さんと連むようになって、そろそろ1ヶ月が経とうとしていた。

その間、彼女は俺の好きなゲームに興味を持ってくれた。

だから話題はそのことばかりだった。俺としては得意なことの話題ばかりなので、楽だった。


 だからこそ今夜、多少でも彼女の好きなことや、昔のことなどを知られてよかったと思っている。


「あの、染谷さん」


 不意に真白さんが立ち止まった。

さっきまでの元気いっぱいな姿はなりを潜め、なぜか俯き加減になっている。


「どうかした?」


「えっと、ですね、よかったらこれをご一緒できないかと……」


 真白さんは恐る恐るスマホの画面を見せてくる。


 そこにはさっきまで一緒に楽しんでいたスマホ向けアクションゲームのイベントの告知が掲載されていた。

どうやらゴールデンウィーク期間中、海浜展示場で大型イベントが開催されるらしい。


「すっかりはまっちゃってるね」


「どうでしょうか……?」


 正直ゴールンデンウィークの予定は不明確だ。

確認しなきゃいけないことも多々あるわけで、


「ちょっと、答えを待ってくれるかな? 予定を確認してみるよ」


「そ、そうですねよ。あはは……」


 なんでそんなに不安そうな顔をするんだろうか。

見ていて忍びない。


「でもちゃんと考えるから。だから待っててほしいな」


「わっかりましたぁ! じゃあお返事待ってますね! もし一緒に来てくれたら……ちょっと良いことあるかもですよ?」


 初めてみる真白さんの小悪魔的な表情に胸が自然と高鳴る。


 マジで検討しないと……!


 

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