第15話 黒井姫子の最悪な日常


(ううっ……最悪……気持ち悪い……吐きそうっ……)


 黒井姫子は、講義に集中できず、ただひたすら強い嘔吐感を必死に堪えていた。

アフターピルの副作用だった。

 しかし今、吐くわけには行かない。服用後、2時間が経過しないと、効果が失われてしまうからだ。


(だめっ……いくら鬼村さんの子供でも、今妊娠するわけには行かない……。今、妊娠してもなんの得もないんだから……だから、耐えろ……耐えるんだ、私っ……!)



 黒井姫子はなんとか強い嘔吐感を堪えて、午前中を過ごしきった。

しかし次に彼女を苛んだのは、強い倦怠感だった。


(マジ最悪……殆ど副作用がないのって嘘じゃん……)


 あまり食欲が湧かず、ただ呆然としたまま、無駄に時を過ごす。



 アフターピルは、近年では産婦人科でも処方して貰える安全な薬だ。

副作用も基本的には、少ないし、服用自体に問題はない。

しかしこれには当然、個人差がある。


 どうやら黒井姫子にとって、この薬は強い副作用を齎すものだったようだ。


「はぁ……さすがになんとかなんないかな……」


 思わず1人そう愚痴る。


 それはアフターピルの副作用へでもあるが、大半を占めているのは交際相手の"鬼村"へだ。


 ここ最近、黒井姫子は毎晩のように鬼村に呼び出され、行為に及んでいた。

そしてさも当然かのように、危険行為をされ、アフターピルを飲まさせる日々。


 幾ら薬を飲んでいるからと言って、妊娠の確率がが全くないとは言い難い。

心のどこかでは、常に望まない妊娠の不安が付きまとっている。

その不安を抑えるのための薬なのだが、それもまた彼女を苦しめる一因となっている。


 それでも離れられないのは、彼が超優良物件というのもあるのだが……


「……」


 この大学には数多くの生徒が在籍している。

しかし誰もが、黒井姫子には目もくれず過ぎ去って行く。



 大学生活が始まって1ヶ月――黒井姫子はすっかり機会を逸してしまっていた。


同じ高校の出身者たちは、周りはサークルへ入ったりなどをして、新しい友人の輪を広げていた。見知らぬ生徒たちも、交友の輪を広げ、楽しげな大学生活を謳歌し始めている。


 しかし黒井姫子は、入学してすぐに、鬼村と出会って彼にべったりしていたため、学内には友達と呼べる人が誰1人としていなかったのだ。

入学当初、染谷とのコンタクトを強要してきた女子グループでさえ、黒井姫子へ声をかけなくなっている。

かつての友人たちも、荒廃してゆく彼女から自然と離れていった。


 妊娠の不安、薬の副作用、鬼村への愚痴……これらを誰かに話せれば、少しは気も晴れることだろう。だが、そんな話題に乗ってくれる人など、今の黒井姫子には存在しない。家庭でなどもっての外だ。



 そうして孤独になると黒井姫子は思い出す。


 いじめ、孤独……かつて散々苦汁を飲まされ続けた、最悪な小学生時代のことを……。


(大丈夫、あの時の私とは違う。自分磨きはちゃんとしてるし、太ってないし、会話も上手くできるし……それに私には鬼村さんがいる……鬼村さんだけいれば良い……)


 すると黒井姫子の気持ちが通じたかのように、タイミングよく鬼村からメッセージが入っているのに気が付いた。


"今日も16時位に迎えに行けば良いかな?"


 黒井姫子は即答し、そして椅子へもたれ掛かった。


 さすがに身体が悲鳴をあげている。

そろそろアレも近そうだし、今夜は普通のデートで終わりにして欲しいと頼もう。

鬼村だって、今、黒井姫子が妊娠するのは望んでいない筈。

きっと聞き入れて貰える。きっと……



 ふと、窓から中庭の楽しそうな様子が見え、黒井姫子は眉間へ皺を寄せる。


 目下では染谷 武雄がいた。

 男友達と2人の女の子と楽しそうにゲームをしていた。


 あんなに楽しそうな武雄の顔を見たのは初めてだった。


「ちっ……あんな元デブの陰キャが生意気な……!」


無性に腹が立ち、黒井姫子はすぐさま視線を外して、その場を後にするのだった。



●●●



「やっ! 姫子ちゃん! 乗って乗って!」


「し、失礼します……」


 いつものように鬼村は姫子を乗せた車を走らせ続ける。


 最近はすぐさま、ホテル街に直行することが多かった。

しかし今日はいつもとは違う風景が車窓を流れている。


「今夜はどこへ?」


「さすがにホテルばっかだと飽きちゃったからさ、俺の家でまったりと、と思って」


「鬼村さんのお家にですか!?」


黒井姫子は喜びのあまり声を弾ませる。

そんな彼女を見て、鬼村はニッコリと優しげな笑みを浮かべた。


「そそ。姫子ちゃんじゃ招待しても良いかなぁって」


 自宅に招くほど、鬼村は心を許しているのだろうか。

素直に嬉しい黒井姫子ではあったのだが……


(今夜は身体がきついから断ろうと思ってたんだけどな……でも……)


 きっと自宅へ行くと言うことは、そこでそういう展開になるだろう。

彼もきっとそうなることを望んでいるはず。

だったら機嫌を損ねないためにも、今夜、拒否するのは得策ではない。


 大丈夫。まだ体力はある。明日は土日だから、副作用が出ても寝ていれば良い。

このまま順調に彼の信頼を勝ち得れば、いずれ本当に妊娠することもやぶさかではない。

 そうすれば、自分はまた成り上がられる。

むしろ今まで以上の地位が手にできる。


 優しくて、イケメンで、お金持ちの、まるで王子様のような男性に溺愛される、誰もが羨む女の子に……!



 やがて鬼村の車は、この街の中でもあらゆる意味で"高い"タワーマンションへ入っていった。

それを見て、自ずと強い興奮を覚える黒井姫子だった。


「やほーこんばんにゃー!」


「おーこの子が例の?」


「あの……鬼村さん、この人たちって……?」


 鬼村の部屋の扉を開くなり、既に部屋の中には知らない男が2人いた。


「こいつら、大学時代の友達なんだよ。今日は一緒に遊ぼうと思ってね」


「そ、そうなんですか……」


 嫌な予感はした。

しかし、鬼村の機嫌を損ねるわけには行かない。

もはや黒井姫子には、鬼村しか頼れる人間がいないのだから。


そうして黒井姫子は鬼村に促されるがまま、部屋へ上がった。


「姫子ちゃんって可愛いねー!」


「あ、ありがとうございます!」


「まぁまぁ、飲んで飲んで!」


 3人に促されるがまま、姫子は時を過ごしてゆく。


 喜んでいるふりをしてバカ騒ぎをして。

 ノリに乗っている風を装って。

 出されるものは、嫌と言わずに進んで、飲んで食べて。


やがて視界がぐらりと歪んで、身体がぽかぽかとし始めて……気がつけば、鬼村の友人の肩へもたれかかってしまっていた。


「おっ?」


「ごめんなさい……ちょっと具合が……」


「なんだい? もう限界かい?」


「すみま……ッ!?」


 男はグッと黒井姫子を抱き寄せると、体へ触れてきた。

驚いて振り解こうとするが、力が強く、うまく抵抗ができない。


「やめてっ……くださいっ……」


 それでも必死に言葉でそう伝える。

すると男はつまらなさそうにため息を吐いた。


「おーい、こんなんで大丈夫かよ? まだ初めてもいないぜ?」


「まぁまぁ、ちょっと待てって」


 朧げな視界の中、鬼村が立ち上がった。

そして黒井姫子へ屈み込むなり、優しい手つきで頭を撫でてくる。


「俺、姫子ちゃんのこと大好きだよ」


「ふぇ……? な、なに急に……?」


「大事で大好きだからこそさ、俺は今夜はその気持ちをより強く感じたいんだよ」


「鬼村さんっ……?」


 鬼村はこれまで、見たことも無いような、優しくそして不気味な笑みを浮かべた。


「今夜は、俺の前でこの2人にも抱かれてくれないかな?」


「えっ……!?」


 飲まされたものの影響だろうか。聞き違いをしているのだろうか?

戸惑いの中、鬼村はいつも以上の優しい微笑みを送ってくる。


「俺さ、そういう性癖になっちゃったんだ……昔、付き合ってた人に歪められちゃって……大事な彼女が、他の誰かとしているのを見ると、物凄く興奮するようになっちゃって……」


「……」


「でも、こんな願望、誰にも言えなくて。だけど、優しい姫子ちゃんなら、俺の願いを叶えてくれるかなって……」


「……」


「ダメかな? この2人にも優しくするようちゃんと言ってあるし、怖いことはしないからさ。もちろん、いつも通り薬は用意するよ。だからお願いだよ、姫子ちゃん……俺の願いを叶えて!」


 いつも優しくて、いつもグイグイ引っ張ってくれて、自分よりも遥に大人な彼が自分を頼ってくれている。

嫌悪感も恐怖感もある。しかし、鬼村がそこまでいうのなら……黒井姫子はゆっくり体を開いた。


「お、鬼村さんがそこまで言ってくれるんだったら……」


「ありがとう、姫子ちゃん。大好きだよ」


 途端、鬼村の顔が急に冷たくなったような気がした。

しかしすぐさま、友人二人が黒井姫子へ近づいて、鬼村の姿を隠してしまう。


 そうして鬼村以外の男2人は早速黒井姫子へ触れ出す。

そこからの記憶は曖昧になった。


あらゆるところを無茶苦茶に汚されて、無理やり続けられて、朝日が昇り始めても終わらなくて……。


「あーもしもし、今パーティーやってるからおいでよ。結構可愛い子だから、参加費は1万でどう?」


 そんな会話が聞こえたが、誰が話しているかはよくわからない。

それだけ、黒井姫子の意識は、繰り返される行為によって、茫然としてしていた。


(私、なにやってんだろ……こんなはずじゃ……でも彼が、鬼村さんが喜んでくれるなら……

!)


 だからこそ気が付かなかった。

男たちが増えていることに。

触れている男がいつも違うことに。

そして……鬼村がずっと、黒井姫子へ向けて、スマホを掲げているということに。









*本作は決して該当する医薬品を否定するものではありません。

描写に関しましても、ほんの僅かな事例を、誇張して表現したフィクションです。

基本的には安全で、有効な医薬品であると考えております。

ただし、こうした医薬品の使用は緊急時に限ると常日頃から考えております。

安易な気持ちで危険行為へ走ることなく、安全で楽しく、営むことを望んで止みません。

衛生器具の使用も基本的には必須です。何卒宜しくお願い申し上げます。

またこうした犯罪行為を推奨するものでは決してありません。


最後に作品にはあまり関係ないことを長々と綴ってしまい大変申し訳ございませんでした。

引き続き、お楽しみいただければと思います。

宜しくお願いいたします。

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