第14話 兎葉 レッキスへの相談


 とりあえず俺は真珠さんの言葉を受けて、一晩考えた。


 まずはきちんと相談をしなければと思ったからだ。


 きっとこの手の相談は同性よりも異性の方がいいだろう。


そこで最初に浮かんだのは真白さんだったのだけど……彼女は独特すぎるので、とりあえず保留にした。

ならば林原さんか……でも彼女も意外と飾りっけがないし、ちょっと違うような。

この手の話題はおしゃれな黒井姫子なら強いのは分かっている。だけど、思い浮かんだからって今更アイツになんて頼りたくはない。


 なら、もう俺が相談できる異性は1人しかいない。


 俺は意を決して、バーチャアイドル・兎葉 レッキスのツワッターアカウントからDMを送る。


"おり言って相談したいことがあります。今日の夕方以降だったら時間ありますので、タイミングで連絡をください"


……とりあえずあとは、彼女からの連絡を待つのみ。


 そして指定した夕方以降になって、


"音声通話の方が良いですか?"


"今で大丈夫ですか?"


 勿論と応じる。

 しかし既読は付くものの、なかなか音声通話の申請が来ない。

今日は忙しいんだろうか……


 やがてアラームが鳴り響き、音声通話の申請が。

俺は許可ボタンを押し、スマホをスピーカーモードへ移行させる。


『……あ、あの……稲葉……じゃなくて、兎葉ですっ……』


『ドーモ! ごめんなさいね、急に』


『あ、いえ、全然……』


 なんか妙に元気が無いな? いつもみたくドーモも返してくれないし……


『具合悪いんですか? なんか声がいつも違うような気がしますけど……』


『い、いえ! 全然! 元気です! めっちゃくちゃ今日も元気ですっ! あははー』


『で、早速なんだけど……』


「い、いきなり!? ちょっと待ってくださいっ!』


 声質が良いというのは、武器にもなりうると思った。

耳がキーンとする。とはいえ、そのことを素直に告げたらきずつきそうなので、黙っておく。


『あ、あのですね……私、たけピヨさんにはすごく感謝しているんです。あなたが私のことを見つけてくれたなかったら、今が無いって言うか……この間も危ないところを助けてくれたし……』


 なんで急に昔話なんかを……?


『私、たけピヨさんのことすごく信頼してます! してはいるんですけど、でも、お互いにこうして声だけで、顔も知らないわけで……』


 この展開って……やばい、なんかすごく勘違いさせているっぽい……。

参ったな。ここで"実はただの相談です!"と一蹴するのもアレだし……だったら少しでも……


『ありがとう。俺も君を見つけた時は、すごく興奮したのを覚えてる。そして悔しかったんだ。君みたいに凄いバーチャアイドルが、埋もれてしまっていたことに……』


『たけピヨさん……』


『だから俺はこれまで、俺のできる全力で君を応援してきた。もう俺たちは戦友っていっても過言じゃない』


『……私もそう思ってます!』


「だからお互いに顔を知らないとか、そういうのってどうでも良いんだ。だって、この話を聞いてもらいたいって、思って真っ先に浮かんだのが兎葉さんなんだから……だから聞いてほしいというか、できれば答えを欲しい』


『……わかりました』


『ありがとう……それじゃあ……今、兎葉さんの周りで流行っている、可愛くて美味しい料理とかのことを知ってたら教えてほしい』


『へっ……?』


 あー! やっぱりそうだ! 絶対に告白とかそういうのと勘違いされてた!

ここは彼女を傷つけないためにも、一気に責め立てるしかない!!


『お願いだ兎葉さん! 今、バイトをしている飲食店の命運がかかっているんだ! だから知っている範囲で構わないから、教えてくれ! 頼むっ!』


『……わかりました! ちょっと待っててください! 心当たり、たくさんあります!』


 暫くすると兎葉さんからニャンスタのURLが送られきた。

ニャンスタグラム、通称ニャンスタ。主に若い女の子間流行っている写真投稿が主なSNSのことだ。


『このアカウントって……?』


『わ、私の個人のですっ……私、カフェ巡りが大好きで、良くここに写真載せてますので……』


『ウソ? マジ? 良いの?』


『良いんです! 戦友のたけピヨさんが、頼りにしてくれたんです! これぐらい!』


 まさかの展開だった。

アカウント名はinaba.usausa0401……さっき本人も口走っていたけど、中の人は"イナバさん"っていうんだ

とはいえ、そこは突っ込まないぞ。

勇気を出して、個人ニャンスタのアカウントを晒してくれた、彼女のためにも!


 ざっとサムネイルを見たところ、あまり自撮りなどはしておらず、もっぱら食べ物と風景が主なようだった。


 俺は気になったものを確認しつつ、適宜、兎葉さんへ詳細を聞いてゆく。

兎葉さんも、丁寧に答えてくれた。


『ありがとう。とっても参考になったよ。これでなんとかなりそうだよ』


『そうですか! お力になれたのようなよかったです! こんな程度で良ければいつでも! ところで、あの……ようやく敬語やめてくれましたね?』


 しまった。

さっきの言葉の畳み掛けからの流れで、言葉遣いが砕けていたと、今更気がつく。


『すみませんでした』


『あ、いえ! 戻さなくていいですっ! むしろ、戻さないでください……その方が、なんとなくたけピヨさんに似合っているっていうか……』


『そうですか?』


『きっとたけピヨさんの方が私よりも大人だと思いますし……なんか今の話し方の方が落ち着くし……か、カッコいいですっ!』


 意外な言葉に、心臓が高鳴った。

胸の奥がじんわりと暖かさに溢れてゆく。


『ありがとう。じゃあ、これからは遠慮なく』


『はいっ!』


『今夜の生配信も頑張って。楽しみにしているから!』


『はいっ! ありがとうございますっ! 今夜も頑張りますねっ! それじゃっ!』


 通話を終えた俺は、そのまま床へ寝転んだ。

妙な高揚感があるからだった。

 そうして改めて、兎葉 レッキスさんを改め、"イナバさん"のニャンスタアカウントへ目を移す。


 そして気になった一つの投稿を開く。


 どうやら夕焼けが綺麗で撮ったものらしい。その風景に俺は強い既視感を覚えている。


「これって駅前の風景だよな……」


 長年、この街に住み続けているから、間違えるはずがない。


 でもまさか"イナバさん"がこんなにも近くに住んでいるだなんて。

嬉しいような、これから彼女との関係をどうして行くべきか。

ほんのちょっと悩み出す、俺だった。



●●●



「はぁ……はぁ……」


 兎葉 レッキスこと、中の人である"イナバさん"は、スマホのフロントカメラを起動させていた。

画面の中の自分をあらゆる角度から見て、絶好な角度を見定めようとしている。


だがすぐさま不安に駆られて、スマホを投げ捨てた。


「はぁ……なにしようとしてるんだろ、あたし……自撮りなんてしたことないよぉ……」


 今、ニャンスタへ、自撮りの投稿をすれば、たけピヨへ自分の本当の姿を見せることができる。


 兎葉 レッキスではない。真実の自分の姿を……見てもらいたいような、恥ずかしいような。


 イナバさんはそのままベッドへダイブし、枕へ顔を押し付ける。


「たけピヨさんの声好きだな……どんな人なんだろ……ううー! 気になるぅーっ……!」

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