第13話 貝塚 真珠と親しくなり始める時


「お待たせしましたー! 生2つでーす!」


 今夜はここ最近では珍しく、居酒屋かいづかは満席になっていた。


「染谷君、3番さんへ! こっちは5番さんへ! 6番さんもお呼びよ!」


「りょ、了解っす!」


 いっつも思うけど、真珠さんの目って幾つあるんだろ?

料理もして、お酒も作って、お客さんともお話をしつつ、俺への指示だしも怠らない。

こうして側で仕事をするようになって、真珠さんのそんな一面を知った俺だった。


……なんで俺が居酒屋かいづかでアルバイトをしているかというと、話は今から二週間前にまで遡る。

たまたま昼間の忙しい時間帯を手伝って帰ろうとしたところ、真珠さんが俺へ一万円札を差し出してくる。


「今日お手伝いしてくれたお礼に……」


「多過ぎですって。時給換算したら5000円ですよ?」


「良いのよ! 蒼太を助けてくれたお礼もありますし!」


「いや、良いですって本当に!」


「お願いよ、受け取って!」


「あーいや……」


 俺が困り果てていると、真珠さんの"父親"と名乗る、俺の恩人でもある白銀社長が豪快な笑い声を上げた。


「武雄は俺の会社にいた時からこういう奴だったからな。だから、おめぇのところで雇ってやりゃいいんじゃねぇか? 真珠だって、人手が欲しいって言ってだろ?」


「それは、えっと……ご迷惑じゃ……」


「良いっすよ」


 返答に困っていた真珠さんへ、俺はあっさりそう告げた。


「良いの……?」


「ちょうど、バイト探そうかなって思ってましたし。という訳で……」


 俺は真珠さんから一万円札を素直に受け取る。

これから働く分を、ここから引いて欲しいと告げて。


 そして白銀社長が俺をここへ送り込んだのは、別の思惑があったからだ。



「……部長のばーろぉー! むにゃむにゃ……」


「お客さーん! タクシー来ましたよ! 俺に掴まって!」


「でへへ、女将のお胸……なんか固くなってない?」


「俺は真珠さんじゃ無いですし、男ですっ! ほら 早く!」


 泥酔したお客さんをタクシーへ放り込んで、今日のミッションは完了。

 ここで働くようになってわかったことなのだが、割と多くのお客さんが真珠さん目当てでやってきているということだ。


 そしてごく稀に、真珠さんへ変なことをしようとする輩もいる。


「別に多少触られったって良いわよ。減るもんじゃないし。大事なお客様だし……」


 肝心な真珠さんはサービス精神が旺盛というとか、優しすぎるというとか。

そんな彼女を危惧して、白銀社長は俺をここへ送り込んでいる。


 他にも時間がある時は仕込みを手伝ったり、経費削減のために酒屋さんへ荷物を取りに走ったり……ここでは色々な経験をさせてもらっている。





「お疲れー真珠! いっぱい飲ませろぉ!」


「飲ませろぉ!」


 閉店間際、酔っ払った白銀社長が、なぜか真珠さんの息子の蒼太君を肩に担いで、店へやってくる。


「もう、源さん! こんな夜中に蒼太を引っ張り回さないでくださいっ!」


「明日は土曜で幼稚園もないし、良いじゃないか。がははは!」


「んもうぅ……染谷君、席用意してあげて。あと、今日は上がりでいいから源さんの相手をしてあげて」


「うぃっす!」


 真珠さんのご厚意で、俺は社長と蒼太くんの席を用意し、一緒に座り込む。

するとすぐさま、蒼太くんが俺へピッタリくっついてきた。

手には相変わらず、お気に入りのマスクライダーグッズがぎっしり入った箱を持っている。


「にいちゃん、みてみて! このマスクライダーなーんだ!」


「そいつはマスクライダークワガのタイタンモード!」


「正解! さすがにいちゃん! じゃあ……こいつは知らないでしょ!?」


「ふふ、舐めるなよ。そいつは今放送している、リバイブのゾンビフォームだ」


「わー! わー! さすが! にいちゃん!」


 こうして蒼太くんとは、度々マスクライダーの話題で盛り上がるのが恒例となっていた。

実際、蒼太くんをよく預かっている社長は"助かってる"と言ってくれている。

どうやら子供向け番組のことがよくわからないらしい。


「お、おい、真珠よぉ……もうちょっと濃く作ってくれないか?」


「ダメです。源さん毎晩飲み過ぎです。これぐらいの濃さで良いんです」


「ちぇえ、冷てめぇ娘だなぁ……」


「源さんにはいつまでもお元気でいて欲しいんですから。だから、ね?」


「う、むぅ……」


 ちなみに白銀社長は真珠さんのことを"娘"と言っているが、血の繋がりはない。

どういう経緯かはわからないけど、社長は真珠さんの後見人という立場らしい。

だから未亡人で、夜の仕事をしている真珠さんに代わって、良く蒼太くんを預かっているそうな。


……どういう経緯で、社長が真珠さんの後見人になっているのか気にはなる。

だけど、きっとすごくデリケートな、まだまだ子供の俺が立ち入っちゃいけない話題な気がする。

だから、あまりこのことに対しては気にしないようにしている。


「さてさて、私もいっぱい頂いちゃおうかしら?」


 店を閉め、リラックスモードに入った真珠さんが、俺たちの席へやってくる。


「お酒作りますね。いつもの?」


「ええ。いつものアレで!」


 いつものアレとは、グレープフルーツサワーのことだ。

真珠さんはこれを飲んでいる時、一番幸せそうな顔をする。


 こうして時々、閉店後に4人で飲むのが、ここで働く楽しみのひとつだ。

とは言っても、俺はノンアルコールだけど。


「おい、武雄よぉ、今日こそは飲めってんだ。俺のところにいたときゃ、一緒に……」


「ダメです! 染谷君、絶対にダメよ? そんな若いうちから飲んだくれていると、このおじさんみたいなダメ人間になっちゃうわよ?」


「ダメ人間って、あはは……」


 俺にとって、この時間はすごく楽しいものだ。

 まるで家族の団欒のような、そんな雰囲気があったかくて、心地よくて堪らない。


 本当に幸せな時間を過ごさせてもらっていると思う。


 と、そんな中、白銀社長のスマホが鳴り響く。


「うわぁっ、カカアからだ……」


「もしかして玉枝さんに伝えてないんですか!?」


「わ、わりぃ! ずらかるわ! またな! 武雄も頑張れー!」


 社長は飲んだ分の金額を机へ叩きおくと、慌てて店を飛び出してゆく。


「染谷君、あなたはあんな大人になっちゃダメよ?」


「う、うぃっす……」


 そんな訳で、今夜はお開きとなった。

 俺はすっかり眠ってしまった蒼太くんをおぶって、店を出てゆく。

こうして眠ってしまった蒼太くんを、真珠さんの家まで送り届けるのも、俺の役目のひとつだ。


「いつもごめんね。こんな夜中まで引っ張り回して……」


「いえ、楽しい経験させて貰ってます。気にしないでください」


「ありがとう。本当に染谷君って良い子ね。ふふ……」


 真珠さんの笑っている横顔は本当に綺麗で、どことなく可愛くて。

同級生からは感じられない、大人の魅力がある。

勝手に心臓が高鳴り出す。

 いつも凛としている真珠さんも良いけど、ほろ酔いで、少し砕けたこの人のことはもっと良いと思う。


「あの、染谷くん……」


 ふと真珠さんがか細い声を上げた。

いつもとはだいぶ違う様子に、俺の拍動が勝手に強まる。


「な、なんすか……?」


「実はその……お話が……」


 真珠さんが歩みを止め、俺も自然とそれに従った。

 すると彼女が俺のことを見上げてくる。


「ど、どうしたんっすか……?」


「あのね……」


 まさかの急展開か!?

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