第11話 堕落を始める黒井姫子




「あのさー黒井さん、染谷くんと約束はどうなってるわけ?」


 ずっと連絡を寄越さない黒井に痺れを切らしたのだろう。

大学の校門に1人でいた黒井へ、先日の女子グループのリーダーが直接の接触をしてきた。


「あーっ、忘れてた! ごめんねー」


 当の黒井はあっけらかんとした声たを返す。

その不遜な態度に、リーダー格は眉間へ皺を寄せる。


「忘れてた? へぇ……ふぅーん。そんなウチらにそんな態度取るんだ?」


「だいたいあんな男の何が良いの? アイツ元々は鈍臭い、ただの豚野郎なんだよ? みんな見る目ないよね!」


 黒井の発言にリーダー格は更に眉を吊り上げた。


「たしかあんた染谷くんの元カノなのよね? もしかして彼がカッコ良くなったからって調子に乗ってのかしら?」


 取り巻きも黒井のことを嘲笑し始める。

 しかし当の黒井姫子はどこ吹く風といった具合だ。


「別に調子になんて乗ってないよ。ただ、あんなのどこが良いのかなって。みんな見る目の無いバカばっかりだなぁって! あはは!」


「ちょっと、あんた良い加減にしなさいよね!」


「もう耳元でうるさいなぁ。ちょっと黙っててくれる?」


「なんなのこの子……?」


 リーダー格もあまりに不遜な黒井の態度に、戸惑いを隠せない。

そして、黒井の自信を示す高級外車が、彼女の前停まった。


「やっ、お待たせ! 姫子ちゃん!」


パワーウィンドの向こうから顔を覗かせたのは、身なりが非常に綺麗で、爽やかな大人の色香を放つ好青年。


「鬼村さん! 待ちくたびれちゃいましたよ!」


「ごめんね。打ち合わせがながびいちゃって。さっ、乗って!」


 黒井は絡んできた女子グループなどには目もくれず、車の反対側へ回り込んだ。


「もうさ、染谷みたいなガキのことで絡んでこないでね? くれぐれも宜しく!」


 唖然としている女子グループへそう捨て台詞を吐いた黒井は、鬼村の車の助手席へ乗り込み、大学を跡にするのだった。


「さっきの子達は友達?」


「そんな訳ないじゃ無いですか。なんか昔の知り合いに引き合わせろってしつこくて、迷惑してたんです」


「なるほど。じゃあ、俺良いタイミングで迎えに来られった訳だね?」


「そうですよ。やっぱ鬼村さんって、私の王子様ですね」


 鬼村は二週間前に、マッチングアプリでマッチングした超優良物件の男だった。

今の黒井にとっては、まさに王子である。


「はは、俺アラサーだから王子様はきついんじゃないかな?」


「全然! 鬼村さん、すっごくカッコいいですし、王子様がぴったりですよ!」


「ありがとう。姫子ちゃんみたいな若い子にそう言ってもらえて凄く嬉しいよ」


お金持ちで、爽やかで、イケメンで、なにより"染谷 武雄"のようにガキじゃない。


 今日のデートコースは、まずは高級ブランド店でのお買い物だ。

最初こそ、多少は遠慮をしていた黒井だったのだが……


「姫子ちゃんみたいな可愛い子には良いものを身につけて貰いたいんだよ。これは俺からの姫子ちゃんへのお願いってことで、遠慮せずに受け取ってくれると嬉しいな」


 彼がそう言ってくれるならと、黒井はあっさり了承し、今に至る。

もちろん支払いは全て彼もち。大人らしく、真っ黒なカードでの支払いである。

もう現金とか、スマホで電子決済をする男なんて、目にも入らない。


 その後は、この地域でも一番有名で、一番高いホテルでの豪華な夕食だった。

至れりつくせりでまさに名前通り"お姫様"気分を堪能している黒井だった。


(もう染谷なんて知らない。大学のガキどもなんてどうでも良い。私には鬼村さんがいる。鬼村さんさえいれば……)


「姫子ちゃん、昨日伝えた通りにはしてくれた?」


「はい! 親には友達の家に泊まるって伝えてあります」


「ありがとう。じゃあ、行こうか?」


「はい……」


 さすがに貰ってばかりでは悪いと思ったし、身体を許しても良い頃合いだと黒井自身も考えていた。


 黒井は鬼村に連れられるがまま、彼の用意してくれた部屋へ寄り添いながら向かってゆく。


 予想通り、最上階のスイートルームだった。

しかし予想通りだったとはいえ、初めて目にした豪華な部屋に、黒井はただただ驚きを隠せないでいる。


 すると鬼村は黒井の腰を掴んで、彼女の少し乱暴に引き寄せた。


「姫子ちゃん……」


「鬼村さんっ……はむっ……」


 入室していきなりの濃厚なキスだった。

 かつて複数の男を手球に取っていた黒井だったが、こんなに濃厚なキスは初めてだった。

まだまだ自分はお子様で、大人の世界を知らないと思い知らされた。

だから黒井は、黒井なりに頑張って、鬼村のキスへ応じる。

それでもまだまだ鬼村さんのキスのテクニックには遠く及ばない。


「あっち、行こうか」


「あ、あの、えっと、シャワーは……?」


「そのままの姫子ちゃんが良いな。それとも姫子ちゃんって、そういうの気にする人?」


 多少抵抗はあった。前の男の1人と一度、不潔な状態で行為に及んで、嫌な気持ちになったことがあったからだ。


(だけど鬼村さんなら汚くないし、彼がそう望んでくれているなら……)


 黒井は言葉の代わりに、鬼村へ身を寄せる。

彼女は鬼村によって大きなダブルベッドへ誘われてゆく。


 鬼村はかなり慣れている様子だった。そして凄く上手だった。


 もう二度と、ガキの彼氏になんて作りたくはない。

夢みごごちの黒井姫子は、ただただ鬼村の行為に溺れ続けている。

しかし、いざ"その時"を迎える前に、我へ返った。


「お、鬼村さん……?」


「どうしたの?」


「あの……着けないんですか?」


 確かにどこにも衛生器具が見当たらなかった。

彼が取り出す素振りもみられない。


「俺、無し派なんだよ。ダメ?」


「ダメって、言うか、えっと……」


「心配いらないよ。後でアフターピルあげるか。だから、ねっ?」


 正直なところ、そこまでの行為自体、黒井は未経験だった。

散々学校の授業でも、"そのこと"の危険性はしっかり刷り込まれている。


「せっかく盛り上がってたのに、萎えちゃうなぁ……」


「す、すみません! 大丈夫ですっ! 大丈夫ですから。ちょっとそういう経験は無いので、驚いたって言うか……でも相手が鬼村さんなら、全然!」


 慌ててそういうと、鬼村は機嫌を直してくれたのか、いつもの爽やかな笑みを返してくれた。


(彼の機嫌を損ねないよう、気をつけないと……彼に嫌われないようにしないと……!)


 こうして黒井姫子は、鬼村の行為を受け入れる。

"それの行為"は心地よさよりも、不安の方が大きく優っていた。


 しかしこれは始まりに過ぎなかったのだと、この時の黒井姫子は未だ知らない。

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