第10話 炎上生配信と兎葉 レッキス
『じゃ、実験開始しますねー』
『りょーかい』
バーチャルアイドル 兎葉 レッキスさんのDMのツリーへ、そう返事をする。
ややあって、俺宛への音声通話のアイコンが浮かび上がったので、すぐにタップする。
「あー……あー……こんにちは……? 聞こえますか?」
スマホから綺麗な音質で、少し不安をそうなレッキスさんの声が聞こえてきた。
「ばっちり聞こえますよ。でもちょっとだけ音割れしてるんで、音量を調整したほうが良いかな?」
「わかりました! ……あー、あー、るるー……これぐらい?」
「オッケー! ばっちり!」
「良かったぁ。すみません、お付き合い頂いて……助かりました!」
レッキスさんの安心した声を聞き、俺自身も安堵のため息を漏らす。
俺がレッキスさんの存在を拡散して、はや二週間。
その後も彼女は、毎日投稿を続けて、それなりの視聴回数とそれなりの登録者数を獲得していた。
高音質マイクを用いた、パソコンでの動画制作が奏功したと思われる。
てか、この人、今まではスマホで動画作成をしていたんだよね。
時代の変化って本当にすごい……今更、失った3年間が悔やまれる。
今では"兎葉 レッキス"は歌系個人バーチャアイドルとして、ちょっとした有名人だ。
「本当、ここまで来られたのたけピヨさんのおかげです。ありがとうございます!」
DMで声を掛けて以来、レッキスさんはことあるごとに、俺へ機器の使い方やら、動画の感想を求めるようになっていた。
今日は彼女が人生初の"生配信"をするので、事前調整とかを頼まれ、こうして直接話をしている。
とは言っても俺も配信に関しては素人なんで、答えられることは本当に少しなんだけどね。
「大丈夫。今夜の初生配信は俺も聞いてますから。頑張って!」
「ありがとうござますっ! たけピヨさんが見守ってくださるなら安心ですね!」
どうもレッキスさんの中の人は、すっかり俺のことを信用してくれているらしい。
正直、俺みたいなスコッパー崩れよりも、もっとちゃんとした意見を言える人がいるとは思うんだけど……でも、こうして頼ってくれているなら、できることはしたい。それが今の俺の心境だ。
「わぁー……緊張してきたぁ……! やばいよやばいよやばいよー!」
「落ち着いて。いつも通りにやれば大丈夫ですから!」
「はいっ! 頑張りますっ! 今日、学校の友達にもそう言われたんですけど、やっぱりたけピヨさんにそう言ってもらえるのが一番効果ありますねっ!」
「いえいえ」
「それじゃまたあとでっ! しつれしまーす!」
にしても、レッキスさんの中の人って、本当声質が若いよな。
多分俺よりも年下なのか? 時々、ポロッと"学校が……"とかいうし、高校生くらいだろうか?
いやいや、こういう声の人って年齢不詳なところがあるし、実際はよくわからない。
俺はレッキスさんが生配信をする、動画投稿サイトへアクセスした。
やがて軽快なBGMと共に、バーチャアイドル・兎葉 レッキスさんの、初生配信が開始された。
「ドーモ知っている人も知らない人も初めまして! 兎葉 レッキスでーす! 今夜は私の人生初の生配信に来てくださってありがとうございまーす!」
脇のTLにはずらりと"ドーモ"から始まる挨拶が、ずらりと並んだ。
レッキスさんのファンは、みんなわかっていて、嬉しい。
コメントの数からして、個人でバーチャアイドルをしているレッキスさんにとってかなり良い滑り出しなのだろう。
しばらくの間、レッキスさんはこれまでの感謝の言葉を述べた後、視聴者へ向けて"曲のリクエスト"を聞き出した。
「ええっと……その曲って、こんな感じでしたけ?」
そうして提示された曲を即興で演奏しつつ、歌うというのがこの生配信の趣旨で……実はこのアイディアって、レッキスさんと俺が相談をしあって決めたコンテンツなのだ。
「あーっ! それなら知ってる! 得意だよ! それじゃあ……」
レッキスさんは鮮やかな生演奏と生声で誠心誠意答え続けている。
「こ、これは知らない……むむむ……頑張る!」
時々振られる無茶振りにも、困りつつしっかりと答えているところがまた誠実な印象だ。
にしてもレッキスさんの困り声って可愛いのな。
なんかもっと、困らせたくなっちゃう。
「うううー……未だだ! 未だ終わらん! ……って、ひやぁ! それも知らないよぉ〜!」
レッキスさんの良い感じでみんなにいじられながら生配信を進めてゆく。
「わわ! 投げチャ!? ありがとうございますー!」
クソっ、やられた! タイミングをみて、俺がレッキスさんへ"初投げチャ"を贈ろうとしてたのに!
ちなみに投げチャとは、配信者へ投げ銭のように送金し、応援する手段だ。
同時に自分のメッセージを目立たせる効果もある。
最初は初投げチャを凄く喜んでいたレッキスさんなのだが、その内容をみると、途端に言葉を失ってしまう。
【今の曲って、この間著作権とかで問題になってるやつだから ヤバくね? てか、レッキス最近調子乗りすぎ】
「あ、えっと……」
先ほどまで明るく振る舞っていたレッキスさんが、固まってしまった。
するとみるみるうちにタイムラインが荒れ始める。
【レッキス犯罪者!】
【無能レッキス乙】
【投げチャやるから、はぁはぁしてる声希望】
【つまらん。失せろ】
……和やかな雰囲気が一転、レッキスさんの配信が荒れ始めた。
にしても炎上の速度が異様に早い。
不安に駆られた俺は、手当たり次第に状況の調査に乗り出す。
すると、最初にレッキスさんへ投げチャでいちゃもんをつけたやつが、さまざまな媒体でレッキスさんの誹謗中傷をしているのが分かった。どうやらこいつは新人バーチャアイドルを潰すことで有名な厄介者らしい。
しかも最低額の投げチャでって、せこ過ぎだろコイツ。
「あっと、えっと……」
すっかり勢いを失ったレッキスさんはしどろもどろの状態になっていた。
視聴者数も物凄い勢いで減り続けている。
代わりにタイムラインが、謂れのない罵詈雑言で溢れかえっている。
その時、画面越しにレッキスさんと目があったような気がした。
きっと彼女は俺へ助けを求めているに違いない。
……今の俺にどれほどのことができるかはわからない。
だけど、このままレッキスさんを放っておくことなんてできない!
そう決意した俺は視聴をパソコンへ切り替えた。素早く、キーボードへ打ち込んでゆく。
そしてその書き込みをレッキスさんのために用意した"満額投げチャ"に乗せて、タイムラインへ流す。
【このサイトにおける曲に関する著作権問題ですが、提携している管理団体のものであれば全く問題はありません、と規約に記載されております。CDやダウンロードの音源をそのまま使用するのは、他の団体が絡んでくるため問題になるパターンはありますが、兎葉レッキスさんの場合は、ご自身の耳コピ演奏が音源ですので、全く問題ないかと思います】
突然投下された満額投げチャと、長文にレッキスさんは目を見開いて驚いていた。
【この発言にはきちんと裏付けがあります。本件については3年ほど前に同じような事例が報告されております。こちらおよびコメント欄へ該当するURLを記載いたしました。適宜ご参照ください。知ったかぶりで、誹謗中傷をするのはよくないことだと当方は考えます】
ーーそれっきり妙な投げチャや、コメントは発生しなくなった。
他の視聴者もレッキスさんへ、励ましのメッセージを送っている。
だが、ああいう輩は簡単に諦めたりはしないだろう。
今日を機に、二度とレッキスさんの邪魔をしないよう徹底的にやってやる。
その時、ツワッターを通じて、俺のアカウントへDMが送られてきた。
3年前のスコッパー時代によく絡んだ、ニンジャさんからだった。
>ニンジャ
『ホシの特定は完了。情報をスレイヤーさんへ伝達済。情報提供多謝』
次いで、そのスレイヤーさんからメッセージが入った。
>スレイヤー
『これより掃討作戦へ入る。ずっと探していたターゲットだ……非道な輩は全て滅ぼすべし!』
ニンジャさんは情報収集が専門で、スレイヤーさんはその情報を受けて、荒らし屋などを殲滅する。
そういうことを趣味にしているのがこの2人だ。
敵に回すと厄介な人たちなんだけど、味方に回った時はこの2人以上に頼もしい存在なのは間違いない。
炎上が始まってすぐに、この2人へ連絡を取って本当によかった。
これで、さっきの誹謗中傷野郎どもは一網打尽だろう。
レッキスさんの配信へ目を戻すと、視聴者数が回復どころか、鰻登りで上昇を続けている。
どうやら"もう一つの仕込み"が上手く発動したらしい。
>イヤァー&ウーアー
『ご依頼通りに"兎葉レッキスさん"の生配信を拡散しといたよ。さすがはたけピヨさんが掘り起こりしたバーチャアイドルだね!可愛らしい新人さんだね!』
『てか、たけピヨ復帰したんだね! またよろしくねー!』
かつては一緒にスコッパーとして活動していたのが、このご夫婦?アカウントのイヤァー&ウーアーさんだ。
正直、3年も音信不通になっていて、さらにすっかり有名になったこの2人の力を借りるのは気が引けたんだけど……でも、レッキスさんのためならばと久々に連絡を取って正解だった。
「皆さん、ありがとう! ありがとうございますぅ! お礼に歌いますですぅー!」
レッキスさんはワンワン泣きながらも、いつも通りの綺麗な歌声を披露してくれる。
これにて一件落着といったところだろう。
本当大事に至らなくてよかったよ……。
そしてありがとうニンジャさん、スレイヤーさん、イヤァー&ウーアーさん達!
●●●
「びえぇぇーん! たけピヨさぁーん!!」
通話を開始していきなり、スマホからレッキスさんの鳴き声が聞こえてきた。
まさか、さっきの連中にまた何かされたのか!?
「ありがとうございますぅ、本当にありがとうございますぅ! たけピヨさん、神です! びぇぇぇーん!」
ああ、感謝の言葉を伝えたかっただけなのね。
驚いた……
「いえいえ。できることをやっただけなんで。これからも応援し続けますし、何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
「うっ、うっ、ひっく……わっかりましたぁ! 頑張りますぅ! 満額投げチャの連投もありがとうございますぅ!」
「ごめんなさいね。本当はお祝いで贈ろうと思ってたんですけど、あんな使い方になっちゃいまして」
「いえいえいえいえ! ありがとうございますぅ! このお金大事に使わせていただきますぅー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます