第8話 真っ赤なウィンナーと真白 雪



「なぁ、武雄よー、今日こそは学食行こうぜー。うちの学食ってめっちゃ評判良いみたいだぞー?」


「まぁ、それはわかっているんだけど……」


 大学生活が始まって早二週間。

未だに校内は、コンビニ事故で子供を救った大英雄の"染谷 武雄"の話題で持ちきりだ。

多少はこの流れに慣れてはきているんだけど……


「やっぱ女の子の視線が気になるか?」


「実はお前が休みの日に学食行ってみたんだよ、そしたらサークルとか、部活の勧誘が凄過ぎて、飯もろくに喰えなくて……」


 どうやらどの部活もサークルも、今話題の一年生である、俺を加入させて広告宣伝等にしたいらしい。

別に俺って、音楽ができるわけでも、絵が描けるわけでもない。

スポーツだって、あまり得意じゃない。痩せて体が鍛えられって、そういうところは多分変わっていないと思う。


「モテるって案外大変なんだなぁ……」


「そういうわけで、毎日弁当にしているってわけよ。お財布にも優しいし。体にもいいし」


「主夫か!」


「実は将来目指してて」


「その前に彼女な?」


「そうだな……」


……彼女か。

たぶん、今は引く手数多の状態だから、作ること自体は簡単なんだろう。

だけど、今一歩踏み出せないのは、おそらく「黒井姫子」のことがあるからだ。

別にアイツとよりを戻したいとか、そういうことではない。

ただアイツが人生初の彼女であって、俺の経験の全てだ。

更に内容は、今思い返せば最悪なものばかり。


 俺はある種、女性という存在を恐怖しているところがあるのかもしれない、と最近気がついた。


 とはいえ、俺は良いスタートダッシュが切られたんだ。

いつまでもウジウジとしてちゃ、せっかくのチャンスを逃してしまう。


 まずは行動あるのみ。具体的にどうしたら良いかは分からないけど、とりあえず頑張る!


「あああーー!!」


 と、意気込んでいた俺の背後から突然悲鳴のような声が湧いてきた。


 背にしていた植え込みからこっそり裏側を覗いてみる。


 どうやらこの女の子二人組は、俺たち同じように中庭で弁当を食べていたらしい。


「あうあう、ひっく……真っ赤なウィンナー……私の真っ赤なウィンナー……!」


「こ、こら雪! いくら好きだって、落ちてたもの食べようとしないの!」


 この聞き覚えのある声と、雪っ……もしかして!?

 色白で、長い髪は天然の栗色をしていて、ちょっと不思議な感じのする話し方には覚えがある。

 

「あの、良かったらこれ食べますか?」


 俺は自分の弁当箱に残っていた、真っ赤なウィンナーを差し出した。


「良いですかっ!?」


 彼女は落ちていた真っ赤なウィンナーからこちらのウィンナーへ視線を向けてくる。

 

 やっぱりそうだ! この子は、入学式の日に河原であった"真白 雪"さんだ。


「いや、良いですよ、そんなことしなくて……ってぇ!? あ、貴方はもしかして、入学式の時の……?」


 そして一緒にいるスポーティーな印象の子は、林原 翠さん。

うん、あの時出会った二人組で間違いない!


「あの時はろくに挨拶ができずごめんない。俺、染谷 武雄って言います!」


「染谷ぃ!? もしかしてあの、有名人の!?」


「有名って、あはは……」


「ねぇ、翠ちゃん! 食べても良いかな? 良いよね! くれるって言ってるんだもんね!?」


 真白さんは俺と林原さんそっちのけで、真っ赤なウィンナーに夢中な様子だ。

なんだかこの様子って、アレだ……餌の"良し"を待っているワンコだ。


「止めなよ、雪! はしたないよ!」


「いや、良いよ本当に。遠慮しないで」


「いただきまーす!」


 真白さんは嬉々とした様子で、俺の弁当箱から真っ赤なウィンナーを摘み上げた。

 口に入れた瞬間、とても幸せそうな顔をし始める。


 本当に真っ赤なウィンナーが好きなんだな。

 俺も、肉々しい本格派のウィンナーよりも、温かみのある味がするこっちの方が好みだ。


「ご馳走様でした!」


「お粗末様でした」


「あれ? 貴方って、どこかでお会いしたような……?」


「染谷 武雄くん。あんた、初日にハンカチ拾ってもらったでしょ?」


 林原さんの鋭いツッコミを受け、真白さんは"あーっ!"と声を張り上げた。


「その節は大変お世話になりました! ずっと気づかずすみませんっ!」


「いえいえ」


「まさか同じ学校だったなんて! 翠ちゃん、これは運命かな!? 運命だよね!?」


「なんの運命だっつーの!」


 林原さん二度目の鋭いツッコミが入る。

どうやらこの2人、真白さんの方がボケ役らしい。


「おーい、武雄やーい。俺も一緒に飯食ってるんだから、1人にしないでおくれー」


 ヤバい、すっかり金太のこと忘れてた……。

 俺は金太を招き寄せた。


「こいつは俺の友達で兼田 金太。実は最初に河原で2人のことを見つけたの、こいつなんだ」


「よ、よろしくっ!」


 金太のやつやけに緊張してるな。

 ああ、なるほど、わかったぞ。

確かこいつは林原さんみたいな、スポーティーな印象の子が好みだっけ。


「あ、どうも。林原 翠です」


 対する林原さんの反応は、いまいち?

 と、いうか、なんか少し警戒されてるような……?

まぁ、確かにいきなり知らない男共に声をかけられりゃ、警戒するわな。


「袖ふれあうも多生の縁! 今日から私たち友達ですねっ!」


 だけど相方の真白さんは、いい意味で何も考えていないらしい。

 なんか良いな。

こういう子のことを天真爛漫って指すのかな。


 もう少し、2人と話をしたかったが、無常にも辺りに昼休み終了の鐘の音が響き渡った。


「それじゃあ私たちはこれで……行くよ!」


「そーめたーにさーん! また明日、ここでお会いしましょうねー!」


「子供みたいにでっかい声出さないの! 恥ずかしい!」


 真白さんは林原さんに手を引かれて、校舎へ入ってゆく。


 初めて会った時もそうだったけど、嵐のような2人だと改めて思った俺だった。


 明日もここで弁当を食べようかな?



●●●


 雪は翠に手を引かれ、廊下を歩き続けている。

当の雪本人は、どうしてそんなことをされているのかも分からずに。


「ちょっとー翠ちゃん、なんでそんなに怒ってるの?」


「あんたわかってるの!? 今、会ったの、あの"染谷 武雄"くんなんだよ!?」


「それがなにか?」


「いや、あの人って、今学校中の女子が狙ってるんだよ?」


「狙ってる……? まさか、染谷くんの命を!?」


「ちっがーう! もう大学生なんだから厨二病発症しない! だから、ええっと……とにかく、あの人はあたし達みたいな地味な人間とは住む世界が違う人なの!」 

 

 雪ははたりと歩みをやめた。

反動で翠がつんのめる。


「そんなのおかしいよ!」


「ゆ、雪!? そんな大声出さないでっ!」


「出すよ! だって翠ちゃんがいきなり変なこと言うんだもん! 住む世界が違うとか、それなんなの!? それ、翠ちゃんが勝手にそう思い込んでるだけじゃん! 昔っから翠ちゃんのそういうところ駄目だと思うよ!」


「あっ、えっと……」


「せっかく本土まで来たんだから、たくさん友達作んないとね? 自分で壁を作っちゃ勿体無いと思うけど?」


「そだね……ごめん、あたしが間違ってた……」


「そーそーそれで良し! 明日もあそこでお昼ご飯食べるからね!」


「わ、わかった! 頑張る!」


 いつもは翠が雪を引っ張っているのだが、いざという時は立場が逆転する。

 それだけこの2人は仲が良い。

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