第6話 最悪なスタートの黒井 姫子


『いい加減にしろアバズレ!』


『もう俺たち終わりにしよう』


『裏切り者』


『最後に忠告。ちょっと可愛いくらいで調子乗らない方が良いよ?』


『残念でした。君は俺のセフレの1人でした!』



……黒井 姫子のメッセージアプリには5人分の罵詈雑言が並んでしまっていた。


 高校時代は6股をかけても、上手に立ち回れた。

 男どもを上手く手玉にとれていた。

女王の気分を味わっていた。


 しかし卒業した途端、全てが一気に崩壊してしまった。

きっかけはほんの些細なことだった。寝ぼけて、別の男の名前でメッセージを送ってしまい、そこから崩壊が一気にはじまったのだった。


『ごめんなさい……だけど私、貴方だけが本気だから! 本気で大好きだから! だからこれからも一緒にいて!』


 そんな文章をコピペし、全員へ送る。

しかし当然、梨のつぶてであった。



今の黒井姫子は完全なるフリーとなってしまった。

彼女が上手く立ち回って築き上げたハーレムは、一瞬にして崩壊していた。


(せっかく、あの豚をフって頭数を減らしたのに……なんで、みんなこんな時に……!)


 今、黒井姫子は絶望の淵にある。

 しかし、更なる苦難が、彼女へ訪れている。


「あれでしょ? 噂の女王様って」

「全然可愛くないじゃん」

「アレであの染谷くんを奴隷にしてたって? ガチ? ウケるんですけど!」


 どうやら染谷 武雄が華麗な変身を遂げたことで、黒井姫子との過去の関係が明るみになったらしい。しかも染谷武雄は、先日のコンビニ事故で子供救ったことにより、学内では英雄視され始めている。


そんな彼を、かつて黒井姫子は奴隷扱いにしていた……故に、彼女は今や学内の女子生徒の共通の敵である。当然、そんな彼女と積極的に交流を持つ生徒などいるはずもない。


 この状況で新規の友人を作るのは難しい。

しかしいつまでも一人でいては、周りとの溝は深まって行くばかりというのは、小学生の時に嫌というほど経験させられている。


 だから彼女は必死に、中学・高校が共通する人間を探し出す。


「ぶっちゃけ、黒井さんって、いっつも調子に乗ってて嫌いだったんだよねー」

「これ、ガチな話なんだけど、あのバカ女、6股をかけてるみたいんなんだよ」

「ガチ? あの見た目で? 受けるわ! あはは!」

「アイツと話してると、ウチらまでヤバそうじゃん……んったく、あの糞ビッチが……」

「でも、まさか、愚かな豚ちゃんだった、染谷君があんなにカッコよくなるだなんてねー」

「あーあー……高校の時、連絡先交換しとけばよかったなぁ……」



 かつては彼を影で"愚かな豚"呼ばわりしていた同じ高校の出身者も、手のひらを返して、黒井姫子の批判に回っている。


 腹が立った。

力がある時は何も言わないくせに、弱体化した途端、寄ってたかって非難を始める。

結局、誰もがいつもサンドバックを探していて、自分のストレスを他者へぶつけたいのだろう。


(これじゃまるで小学生の時みたいじゃない……いやよ、もう! あんな思いをするのは……!)


 かつては彼女も染谷武雄と同様に"豚"呼ばわりされていた時期があった。

太っていて、どん臭くて、陰キャで、存在すること自体が悪とみなされて……そんな最悪な小学生時代を経験していた。


だから彼女は悔しくて、中学に入るまでに生まれ変わると決めた。


必死になって痩せて。

オシャレやトーク力の向上を目指して努力をして。

その結果、中学入学早々に周りからの信頼を勝ち得て。

そうしたら物事がうまく回るようなって。

小学生時代はまるで嘘だったようで。

他人の人生だったように思えてきて。

まるで自分が世界の中心だと思えてきて。

物語の主役になったような気分になって。

男も女もみんな、自分をちやほやしてくれて。


 そして次第に黒井姫子中から謙虚さが無くなっていった。


自分への自信が、次第に他人への傲慢へ変わっていって。

男はみんな彼女の奴隷で。

女はみんな彼女を煌かせるだけのスポットライトのようなもので。


 高校の時まで、何もかもが上手くいっていた。

だけど、染谷武雄を振った途端、何かが変わった。

再び最悪な状況に追い込まれた。

彼女は今、全てを失いつつあった。


 しかし人間誰しも、一度就いた地位からは離れがたいものだ。

黒井姫子は特にその傾向が強かった。


(また戻って見せる……私が私らしくいられる環境に……みんなが羨む、黒井姫子に……

!)


 ならばこれからどうするべきか?

 答えは朧げながら見えている。

もはや、この手段以外、自分が返り咲く術はない。


 そんな黒井姫子へ、とある女子グループが近づいてきた。


 見るからに派手で、キラキラしていて。

 きっと高校時代はスクールカーストの上位に居た女子の集合体なのだろう。


「あなたが黒井姫子さんよね?」


「あ、はい」


「染谷 武雄くんと同じ学校の出身なんだっけ?」


 遂に直接この話題が振られる時が来てしまった。

しかしこれはチャンスとも捉えられる。

黒井姫子は覚悟を決めて、女子グループへ対峙する。


「そ、そうですけど? 彼に何か?」


「実はこの子がさ、染谷くんとお話ししたいって言ってるの。でもすっごいイケメンだから、話しかけにくいんだって」


「あーそれ、わかります! アイツ、随分変わりましたもんね。前は全然あんな感じじゃなかったですし!」


 黒井姫子はあえて、彼との過去を隠さなかった。

たぶん、この女どもは、黒井姫子が染谷武雄の元カノだというのは知っているはず。


「ふーん。仲良いんだ?」


「そ、それなりには」


「今度一緒にお昼をどう? 染谷くんも一緒に!」


……やはり、このグループの狙いは染谷だった。

予想通りだった。そして、このチャンスを生かさない手はない。


「良いですね、それ! 私も久々に染谷くんとお話ししたいって思ってたんです!」


「ふーん」


「いつが良いですか? セッティングしますよ?」


「そうねぇ……週明けなんてどう?」


「わかりました! それじゃあ連絡先を貰っても?」


 姫子はお得意の営業スマイルとボイスで、明るくスマホを差し出す。

リーダー格の女子はスマホを出さず、代わりににお付きのような地味目な女子がスマホを提示してきた。


(自分と連絡先交換をしたきゃ、結果を出せってことね。調子に乗って……!)


 とはいえ、今は静かに。

ここで争いを明確にするのは得策ではない。

いずれこの女は、自分の一番の手下にすると黒井姫子は決める。


「それじゃくれぐれもよろしくね、黒井さん?」


「期待して待っててくださいね」


 黒井姫子はさっそくメッセージアプリ内にある"染谷 武雄"のブロックを解除した。


 そして彼へ向けたメッセージを送り始める。


(どんなに変わったって相手はあの武雄。私にベタ惚れ、私のいうことだったらなんでも聞く豚野郎だ。私とずっとヤリたがってたアイツなら……!)


 学内で有名人となった染谷武雄のカノジョに返り咲く。

黒井姫子が大学内で成り上がり、再び地位を築くには、もはやその手しかありえなかった。

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