第5話 底辺バーチャアイドル・兎葉 レッキス


 俺は最大手ネット通販サイトからUSBマイクのURLを添付して、兎葉 レッキスさんへ送った。


『コレ使うと、今より歌声が良く拾えると思いますよ!』


……すぐさま既読がつくが、なかなかレスが来ない。

やっぱりいきなり過ぎたか?


『これどう使うんですか?』


おー! 返信、来た来た!

初めて直接バーチャアイドルと交流ができたことに、強い興奮を沸き起こった。


『PCに繋げば、すぐに!』


『PC? なんです、それ?』


『パソコンですけど』


『ああ! パソコン! 学校で買わされたのだったらありますっ!』


……学校って、中の人は俺と同じ学生さんか?

風の噂では、ここ三年でパソコンを使う人がめっきり減ったと聞いていたけど、まさか本当だったなんて……


 とりあえず、紹介したマイクの使い方動画と、パソコン配信用のアプリのアドレスを添付する。


『どうぞ参考に!』


『ドーモありがとうございます!』


 さてさて、これで伝えたいことは伝えたと……と思って、アプリを閉じようとした時のこと。

レッキスさんが何か入力しているのを示す、モニョモニョアイコンが浮かび上がる。


『あの! もしよろければなのですが!』


『今日教えてもらったもののこと、わからなかったら聞いても良いですか……?』


 おやおや、なんて素直な子。

正直、めっちゃ嬉しい!


『お安い御用!』


『分かんなかったら、すぐ聞いてください。ソッコーレスしますです!』


 レッキスさんは喜びを表す、うるうる顔の犬のスタンプを返して来た。


『あと、応援ありがとうございます!』


『初めてご感想を頂けて、とっても嬉しかったです!』


『今後とも兎葉 レッキスをよろしくお願いします! チャンネル登録も是非してくださいねっ!』


 兎葉 レッキスさんか……これから伸びてくれると嬉しいなあ。

だったら、少し応援をと思い、自分のツワッターアカウントへ移行する。


 さすがに3年放置していただけあって、だいぶフォロワー数が減っていた。

それでもまだ、5桁は維持している。この状態でも、多少はレッキスさんの一助を担えるだろう。


 ちなみに俺こと"たけピヨ"は現役時代、バーチャアイドルのスコッパーとして、その界隈じゃちょっとした有名人だった。

まぁ、3年間放置していたアカウントだから、俺のフォロワーもどれほどの数生き残っているものか。


 感動したレッキスさんの歌ってみた動画を共有して、拡散っと。


 みんな、レッキスさんの良さに気づいてくれると良いなぁ。



●●●



「おはよう金太!」


 大学二日目、俺は昨日と同じように桟橋前で金太と合流する。

しかし奴はスマホへ視線を落としたままだった。


「何真剣にみてんの?」


「何って、お前、気づいてないのか!?」


「んー?」


「お前、昨日、兎葉 レッキスってバーチャアイドルを拡散したろ?」


「したけど?」


「バズってるんですけど……」


「はぁ!?」


 俺は急いでスマホを取り出し、ツワッターを起動させる。

そういや黒井姫子の命令で、ずっと通知オフにしてたんだっけ。


「マジか……!」


 既に俺の拡散は数千件を超えていた。

しかし大半が、兎葉 レッキス宛のものというよりは、伝説的なスコッパーだった"たけピヨ"の再臨を喜ぶものばかりだった。


 とはいえ、昨日まで数十件の再生数しかなかった兎葉 レッキスさんの動画の再生数が、既に数千件にまで拡大している。


 まさか、俺にまだこんなに影響力があっただなんて……


 と、唖然としている最中、今度はDMが飛んでくる。


『ドーモおはようございます! まさかたけピヨさんって、あの伝説のスコッパーたけピヨさんだったんですか!?』


 字面を見ただけでも、レッキスさんが相当興奮しているのがわかった。


『あ、はい。そうです。たけピヨです』


『ありがございます! 今日早速、マイマク買いに行きます! よろしくお願いしま!』


 興奮のあまり、レッキスさんのレスには誤字脱字が目立った。

 

「やるじゃん」


 ニヤニヤ顔の金太が肘で脇腹を小突いてくる。


「た、たまたまな……」


「なんまんだぶ……なんまんだぶ……タケ様、どうか俺にもご利益を……」


「念仏唱えるなって!」


 そんなこんなで、楽しい大学生活の二日目が開始された。


 校門を潜るとすぐさま、女性はもとより、男性からも熱い視線が寄せられる。


「あれだろ? 昨日のコンビニ事故で子供助けたのって」

「イケメンで、行動力あるってカッコいい!」

「なんか、隣の人が恋人? らしいよ?」

「良いか、うちのサークルに絶対勧誘するだ。これは命令だ!」

「アレが豚奴隷の染谷なのか……?」


……なんだか、みんな昨日以上に好き放題に言っている。

昔、アニメでこういうシチュエーションの主人公を見て、"話題の中心にされてるんだから良いじゃん。なに恥ずかしがってんだよ"とツッコミを入れていたが……実際、こういう場面を目の当たりにしていると、どうにも複雑な心境である。

〇〇は静かに暮らしたい、ってどこかで見たようなタイトルが自然と頭に浮かんだ。


「ボナステだな」


 突然、金太が俺の肩を叩いて来た。


「武雄はこの間まで、絶望街道まっしぐらで、遂に最低なバッドエンドを迎えたんだ。だからボーナスステージくらいあったって良いだろ? いや、これはもはや転生か?」


「転生って、ファンタジーじゃあるまいし」


「とにかく、タケは生まれ変わったんだ! 自信持って今を楽しめ!」


「金太……」


「そのうち俺にもご利益分けてくれよな?」


「わ、わかった。頑張る」


 転生は少し言い過ぎかもしれない。

だけど、俺自身も、高校時代にできなかったことを、大学生活の4年間で取り戻したいとは思っている。

だから幸先のいいスタートダッシュを切られたと思う。


 俺は希望を胸に、明るい気持ちで道を歩み出すのだった。


●●●



……一方そのころ、幸先の良いスタートを切った染谷 武雄とは逆に「黒井姫子」は最悪な形で大学生活をスタートさせていた。


「なんで、こんなことに……なんで私ばっかり……!」





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