第4話 人妻? 母親なのは間違いない、貝塚 真珠



「貝塚 真珠と申します。この近くで居酒屋を営んでおります」


 なるほど。この着物は多分、仕事着なんだろうね。

名刺に記載された営業開始時間から、そう判断する。


「今度、ぜひお店へいらしてください。ご馳走させてください!」


「いや、気持ちは嬉しいんですけど、俺未成年なんでお酒はちょっと……」


「昼はサラリーマンや学生の方向けにランチ営業をしていますので。うちの生姜焼き定食美味しいですよ! せめてこれぐらいは!」


 相変わらずの魔眼のごときの眼力だった。

 手が自然と伸び、俺はいつの間にか貝塚さんから名刺を受け取っていた。


「ところでお名前をお教えいただけませんか?」


「そ、染谷 武雄っす」


「染谷さん! かしこまりました。絶対に忘れませんね!」


「ど、どうも……」


「必ずいらしゃってくださいね! お待ちしていますよ、染谷さん!」


「じゃーねーマスクライダーのお兄ちゃん!」


 こうして嵐のような親子は、俺の前から去ってゆく。


 "居酒屋かいづか"の店主の貝塚 真珠さん……あれが大人の色香っていうか、人妻の魅力か。

なんだか新しい性癖に目覚めた気がした。


「やるじゃん」


 と、本日2回目の金太の緩々肘鉄が、俺の脇腹へ炸裂する。


「もしかしてお前、今モテ期か? 朝の雪ちゃんといい、今の貝塚さんといい……」


「いや、そういう訳じゃ……」


「俺にもご利益よこしやがれ! このこの!」


「や、やめっ! 脇腹をくすぐるなぁ!!」


 なんだか周りの一部の女性陣から熱い視線が寄せられていた。

 

 何を考えているのか、根っこは同じ属性の人間だからわかる気がする……

とはいえ俺と金太のカップリングなんて誰得だよ、おい。


 貝塚 真珠さんか……今度、お店を覗いてみようかな?



●●●



 今、友人とゲームといえば、オンラインプレイが一般的らしい……?

約3年間、そういうことを一切封じていた俺は、時代の変化に戸惑いを覚えている。

きっと浦島太郎ってこういう気分だったんだろうな。


「たまにはこうやって肩並べてやるのも良いな!」


 とはいえ、金太は嬉しそうに、俺の横に並んでコントローラーパッドを握ってくれている。


「なぁ、タケ」


「ん?」


「実はさ……知ってたんだ、お前の高校時代のこと……」


 いつも明るい金太の声のトーンが、いつの間にか下がっていた。

俺は真剣に、親友の言葉に耳を傾け始める。


「知ってたんだ?」


「結構有名だったぜ、その……」


「良いよ、正直に聞かせろよ」


「豚奴隷と女王様とか……豚に真珠とか……」


 ああ、当時の俺はそんな風に言われていたのか。確かに、高校時代の俺は黒井姫子の奴隷だったような気がするし、真実を的確に表した揶揄だと思う。世の中、上手いことを考える奴がいるもんだ。


「人の交際のことだからとやかくいうのはダメだと思って、何も言えなかった……部活も忙しくて……だから俺……」


「気にすんな。そうして正解だ。たぶん、当時の俺だったら、いくら金太でもブチ切れてたと思う」


「でもよ! 今だから言わせてくれ。あんな女と別れて、武雄が自由を取り戻して本当に良かったって、心の底から思ってる! もうバスケに未練はないし、これからはお前との時間を大切にして行きたいんだ!」


 目頭に熱いものを感じるも、恥ずかしいので目を逸らした。


「金太、もしかして男子校に通って"やらないか?"に目覚めたか?」


「ば、馬鹿野郎! そんなんじゃねぇ! しかも"やらないか?"なんて古いっての!」


「冗談だよ。本当にありがとう。金太とまた一緒になれて、めっちゃ嬉しい!」


 やっぱり金太は親友だ。心の友とはまさに金太ような友人を指すのだと体感する。


と、そんな中、床に放置されていた金太のスマホが、通知アラームを響かせる。


「うわっ! 母ちゃんからだ……」


「早く帰ってこいって?」


「お、おう。悪いな……」


「良いって。明日からまた一緒なんだから!」


 そんなこんなで楽しい時間が過ぎて行き、自宅通いの金太は帰ってゆく。


「そうそう! 久々にバーチャアイドルを見てみろよ。すっげぇ進化してるぜ?」



ーーバーチャアイドル。


今から約3年ほど前に、動画投稿サイトに登場し始めた、配信者の総称だ。

3Dモデルをモーションャプチャーして、2次元キャラがあたかも3次元に存在するかのように振る舞う当時としては画期的なものだった。黒井姫子と付き合う直前が、このバーチャアイドルの黎明期だった。

当時は俺は金太とバーチャアイドルの配信を夢中で見てたっけ。


 俺は早速、最大手動画投稿サイトへアクセスする。

そしてバーチャアイドルで検索をかけたところーーここでも俺は、自分が随分と浦島太郎になってしまったのだと思い知る。


 目の前に提示された膨大な数の動画に圧倒された。


 スマホ一台で配信もできるようになっていた。


 金太と散々ハマった始祖のバーチャルアイドルが今年二月を持って活動を休止していた。


 だけどみんな上手で、楽しくて。そこから俺は夢中になって、同じ動画を探り始める。

失った3年間を取り戻すかの如く……と、語るのは少しやり過ぎかな?


『ドーモはじめまして! "兎葉うさばレッキス"です! ……今回は今期覇権と言われる、ガチ泣き必死なあのアニメのエンディングテーマを兎葉なりに歌ってみようと思いますっ!』


 この"兎葉 レッキス"というバーチャアイドルと出会ったのはたまたまだった。

たまたまサムネに乗っかってきたので、アバターが好みだからクリックしただけだった。


 金髪青眼。うさ耳。メイドっぽい衣装。ーー昔ハマっていた、美少女アニメの推しキャラに似ていた、ただそれだけの理由。

これで無料配布アプリの素材を組み合わせただけなんだから、時代の変化は物凄いと感じる。

 

「ーーーー!!!」


 多分、この子はスマホ一台で配信をしているのだろう。

だから音質はお世辞にも良いとは言えなかった。

だけど、スマホから聞こえてきた、鮮やかなピアノの旋律と、天使のような歌声に俺は圧倒された。

第三期が期待されている、俺の大好きだったアニメのエンディングテーマだったというのもあっただろう。

俺は時間を忘れて、何度も、何度も"兎葉 レッキス"の歌声を聴き続ける。


 そうしていると、俺の中に欲が湧いてくる。


 こんな素晴らしい歌声なんだから、もっと良い機材を使えば良いんじゃないかと!


 だからこんなにも良い歌声なのに、再生数が三桁なんだ。

こんなの勿体無い!


 俺はすぐさまツワッターで"兎葉 レッキス"を調べ始めた。

出てきたのはたった一件。しかも本人のアカウントのみ。

毎日必死に投稿をしているようだが、フォロー数がフォロワー数よりも多いといった、典型的なアカウントだった。

更にフォロー数に至っては3桁にも届いていない。


 いきなりDMはマズイか? 引かれるか? いや、別に無視されたって構わない!

だって俺に失うものは何もないんだから!



『ドーモ初めまして! 兎葉 レッキスさん! たけピヨです!』


『歌ってみた、すごく良かったです! 感動のあまりDMしちゃいました!』


 このノリは古いかな? まぁ、仕方ない。

だって俺、浦島太郎だもん。


……程なくして、既読のアイコンに色がついた。


『ドーモ初めまして! たけピヨサン! 兎葉 レッキスです!』


『アイサツは重要ですよね。コジキにも書いてあります!』


 うわっ、この子わかってくれたよ!


『てか、ありがとうございます!』


『やばい! 初感想DM! やいばよやいばよー!!』


……どこかの芸人さんみたいになっているのは、正直苦笑いだった。

だけど、拒否られてはいないらしい。

ならば!



*続きが気になる、面白そうなど、思って頂けましたら是非フォローや★★★評価などをよろしくお願いいたします!


また【Renta!】様にて好評配信中のコミカライズ版「パーティーを追い出された元勇者志望のDランク冒険者、声を無くしたSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される」(通称DSS)もどうぞよろしくお願い致します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る