第3話 たぶん地方出身の可愛い子、真白 雪



「あの藍色のハンカチを取れば良いんですよね?」


「えっ!? あ……はい!」


 色白で長い髪の女の子は驚いた様子を見せるも、明確に答えを示してくれた。

 俺は彼女の脇へ並んで、迷うことなく地面へ膝を着いた。


 そうして手を伸ばせば、石の間に引っかかっていた藍色のハンカチが、あっさり指先に触れた。

楽勝だった。きっと前の俺だったらお腹が引っかかって、こんな芸当は到底できなかっただろう。


「はい、どうぞ」


 俺は軽く絞ったハンカチを、キョトンとしている女の子へ渡す。

 よく見てみるとすっげぇ可愛い。


「あ、ありがとうございますっ!」


 彼女はぺこりと頭を下げた。

同時に彼女のジャケットの裏で、かなり存在感のある胸がポインと揺れ動く。

なんていうか……眼福だ。


「ああ!」


 と、ポインな彼女は今素っ頓狂な声をあげた。

すぐさま俺の前へ膝まづき、砂ほこりまみれになった俺の膝をポンポン払い出す。


「すみません、お召し物が!」


「いや、良いってそんなこと。てか……」


「はい?」


「そこで膝ついちゃ、意味なくね? スカート汚れちゃうよ?」


「あっ!」


 どうやらかなりのうっかりさんらしい。

なんとなく見た目とか、言動からそんな気はしていたけど。


「本当、すみません。気を遣っていただいたのに、この子がバカで」


 付き添いの髪の短い子の方も俺へ頭を下げてきた。


「もうぅ! バカは酷いよ、みどりちゃん!」


「もうさ、雪は18を過ぎてるんだから、もう少し言動を大人っぽくした方が良いと思うけど?」


 なるほど。髪の短い方が翠で、長い方が雪って名前か。

 にしても2人とも色白で結構可愛いな。

たぶん、この辺の人じゃないんだろうな。


「うわっ! こんな時間! どうもありがとうございました、先を急ぐので失礼します!」


「わわっ! 引っ張らないでよ、服伸びるー!」


 翠さんは雪さんを無理矢理引っ張って歩き出す。


「あ、あのー! 私、真白 雪! こっちは林原 翠ちゃんでーす! またどこかでお会いしましょー!」


 嵐のような2人が去り、河原には静けさが戻った。

 土手の上へ戻ると、ニヤニヤ顔の金太が、肘で小突いてくる。


「すげぇ行動力じゃん! やっぱ痩せると違うもんだな?」


「そうか?」


「うっし、俺もタケみたいにカッコつけて、さっさと彼女でも作っちゃうとしますか!」


「ならどっちが早く彼女作れるか勝負な?」


「受けて立つ!」


 やっぱりこうして、金太とバカを言い合えるのは楽しいと思った。

俄然、この先が楽しみで仕方がない俺だった。


 真白 雪さんか。同じ大学だったら良いなぁ……



●●●



 俺たちが通うこととなる"英華大学"は、学部数・在校生数共に非常に多いマンモス大学だ。

だから、幾ら同じ大学に通うとしても、黒井姫子と入学式で会うことはなかった。

まぁ、今更あの女にあったところで、もう赤の他人だ。

勝手にしやがれだ。


 つつがなく入学式を終え、俺と金太はまるで野球ドームのような講堂から外へ出た。

 今日はこれにておしまい。オリエンテーションなどは明日からなので、帰路へ着くことにした。


「なぁ、金太。この後、家で久々にゲームなんてどう?」


「おっ? 良いね! んじゃ新居を荒らさせてもらうかね」


「それはやめてくれ」


「つーかさ……」


 金太は突然キョロキョロと周囲を見渡し始める。


「お前と一緒に歩いてると、俺も注目されてるみたいな気分になるのな?」


 確かに入学の時からここに至るまで、たくさんの視線がこちらへ向けられている。

何を言われているかは、なんとなく察しが付く。

嬉しいような、恥ずかしいようなというのが正直なところだ。


 まだこういう周りの視線に慣れていない俺は、気持ち足速に歩いて、校門を出てゆく。

そして、大学の隣にあるコンビニへ飛び込んだ。

 金太とオールで語り合う予定なので、兵糧を確保するためだ。


 そこでも主に女性の視線が気になるが……とりあえず、今は無視することに決めた。


「おい、タケ! ここ、食玩すげぇあんぞ!」


「マジか! おお! 平成マスクライダーの初期のシリーズじゃん! これっ!」


 俺と金太は童心に帰って、棚から食玩を漁り始める。

やっぱりコイツと連んでいるのが、気楽で心地よい。

注目されすぎるのも、なんだかアレだなぁっと思い始めていたので、本当に金太が側にいてくれて良かった。


「ちょっと少年チャンプ取ってくるわ」


「タケは紙派だったけ?」


「そそ。電子はなんか目がちかちかしちゃってね。それに紙ならちり紙交換に出してトイレットペーパーと物々交換できるし」


「主婦か!」


「一人暮らしの知恵よ! いろいろ金かかんだよ、一人暮らしって……」


 俺は金太を別れて雑誌コーナーへ向かってゆく。

 丁度雑誌コーナーでは、幼稚園生くらいの男の子が、今放送しているマスクライダーの本を立ち読みしている。


 へぇ、今のマスクライダーって、あんな派手な色使いなんだ。三年で随分変わったもんだな。

黒井姫子と付き合ってさえいなきゃ、今でもマスクライダーシリーズをちゃんと追えてたんだろうな……。


ーーふと、窓に面した体の右側が総毛だった。

胸へ押しつぶされそうなプレッシャーを感じる。


「危ないっ!」


「ーーッ!?」


 俺は咄嗟に飛び出して、マスクライダーの本を読んでいた男の子を抱きしめた。


 ガシャン! バリバリ!と、背後から激しい破砕音が響き渡ってくる。

俺は背中を張って、男の子を降り注ぐガラス片などから防ぐ。


「お、おいタケ! 大丈夫かっ!!」


 棚の裏から金太が血相を変えて飛び出してきた。

どうやら一番の被害者は腕の中の少年と俺だけだったらしい。


「お、おうなんとか。つーか……」


 振り返るとそこには、店の壁を突き破った車のボンネットが。


 時々、車がコンビニへ突っ込むなんてニュースを見たことがあるけど、まさか本当にその場面に巡り合うだなんて……


「マ、ママ……!」


 腕の中で件の少年が震えている。

そりゃ、こんな場面に遭えば怯えるのは当然だ。

ママのことを呼びたくなる気持ちは痛いほど良くわかる。


「マスクライダー! にいちゃん、マスクライダーなんだろ!?」


 なんか助けた少年は、泣くどころかキラキラした視線を俺へ寄せてきた。


「いや、俺はマスクライダーじゃ……」


「だって今俺をカッコよく助けてくれたじゃん! なぁ、にいちゃんマスクライダーなんだろ!? なぁなぁ!?」


 どうしよう……ここは合わせるべきか。

それとも正直にマスクライダーじゃないと、突っぱねるべきか?


 どうしたものかと必死に考えていると、頭上から"蒼太!"と綺麗な声が降ってくる。


「お母さん!俺、すげぇんだよ! マスクライダーのにいちゃんに助けてもらったんだよ!」


「もう、この子ったらこんな時まで……」


 腕の中の少年ーー蒼太は、お母さんの心配を他所に、嬉々とした声を返している。


 この人が蒼太のお母さんって……めっちゃ美人じゃん!?

しかも今どき、藍色の着物を着ているだなんて、そんな人初めて見た!


「この度は息子の危ないところを救っていただきありがとうございました。なんとお礼を申し上げたら……」


 古風な着物姿の蒼太のお母さんは、申し訳なさそうに何度も頭を下げている

 その度にふわりと彼女から、良い匂いが漂ってくる。

正直、ガキの俺には強いすぎる大人の色香だ。


「あ、あ、いえ! たまたま! たまたまですからっ! いやぁ、助けられて、本当によかったですよ! あっはっはー!」


 我らながもっとスマートに返せれば良いなと思った。

今後の課題だし、やっぱり今の俺は所詮メッキなんだろう。


「宜しければ何かお礼を!」


「良いっす! マジで大丈夫っす!」


「遠慮せずに!」


「あはは……」


 かなり目力の強い人だ。

逆に圧倒されて、俺は言葉を失ってしまった。

 やがて蒼太のお母さんはふっと呼吸を落ち着けて、懐から上品な名刺入れを取り出す。



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