第16話 休日を過ごす
カロン・ディアトリスが突然の訪問をしてから数時間後―ヴェルはユーズを気にかけていた。
毅然とした態度で彼の誘いを跳ね除け、その後はいつも通りに振る舞っていたように見えるが、本当のところはどうなのか。
もし彼の忌まわしい記憶が蘇ったりしてはいないだろうか。
だがそんな彼女の心配は態度に出ていたらしく。
「ヴェル? そんな険しい顔してどうしたんだ」
張本人のユーズに気にかけられてしまうとは。
彼女はそんな自分に苦笑した。
「いや、今日はローディと3人で勉強して過ごしたが明日はちょっと私に付き合ってもらえないか?」
「! どこへなりとも。俺は行くよ」
薄っすらと赤面しながら誘ってくるヴェルに、ユーズはドキリとしながらも護衛らしい答えを告げた。
「よし、約束だ。じゃあ朝の10時に出発しよう」
約束をとりつけて満足そうな様子のヴェル。
彼女の笑顔を見ると、不思議とユーズは力が湧いてくるのだ。
________
翌日、10時に出発したヴェルと俺。
その行き先とは。
「ヴェルエリーゼ様、いつもいつもすみません」
「いや良いんだ。私がしたいだけだからな」
ヴェルを見知った様子の老婆。
恐らく何度も彼女と同じやり取りを交わしているのだろう。
「……なるほど、魔物退治って訳ね」
「そうだ。ここは騎士団も滅多に来る場所ではないが、しょっちゅう魔物が出ては畑を荒らしていく。それに困っている人々が多いんだ」
俺とヴェルがやって来たのは郊外、というかかなり田舎の農村だ。
確かに王国騎士団もわざわざ来て魔物を追い払ってくれる筈がない。
専門のギルドに頼もうにも、当然それにはそれなりの金がかかる。
貧しい農民からすればこうして無料で魔物退治を請け負ってくれるヴェルのような存在はありがたいに違いない。
「初めて君と出会ったのもここからの帰り道だったよ」
「何だかもう懐かしいな」
ヴェルに助けられたあの日から自分の人生は一変したのだ。
だが今日こうして人助けをしようというヴェルの姿を見ると、彼女が自分を助けたのはこの魔剣―零華のことだけでは無かったのだろうと確信する。
彼女は優しい人なのだ、例え誰であろうと困っている人を助けたがるのだろう。
「……おっと、来たぞ。厄介者が」
遠くからコボルトの姿が見えてきた。
コボルトは脅威度Dランクに分類される強くない魔物だが、一般の農民からすれば危険であることに変わりはない。
ヴェルは弓を引き絞り、狙いを定めた後に最も前にいたコボルトに向かって攻撃した。
農村で周囲に影響を及ぼす強力な魔法はあまり適していないので、物理攻撃が必然的に中心となる。
ユーズも通常の剣を抜いてコボルトの群れに向かっていく。
ユーズが次々と群れを切り裂き、その剣撃を逃れた個体はヴェルが射抜く。
一声もないのに二人は抜群のコンビネーションを見せつつ、どんどんと討伐数を増やしていく。
「そぉら!」
ユーズが最後の一体を斬り伏せると、もはや群れは集団の様相を呈しておらず、残った僅かな個体も逃げ出していった。
「終わったっぽいな。意外と時間かからないもんなんだな」
「君がいてくれたからだ。今まではこうはいかなかったよ」
良い汗をかいた運動気分で二人は農村の人と話し終え、村を出発した。
報酬は殆どなく完全に善意といってもいい行動だだが、何より感謝されることは悪い気分には決してならない。
「結構時間余っちゃったけど、どうする?」
「そうだな……」
時間は昼過ぎ、空腹感を覚える時間帯になっている。
ふとヴェルが弓矢と共に荷物を持っているのが目についた。
自分が持つと言ったが聞き入れてはくれなかった。
「この道を行かないか? 今の季節、この先にある花畑が凄く綺麗なんだ」
そう誘われると断る理由はない。
俺は二つ返事で了承した。
「……本当だな、凄く綺麗だ」
山道を登ったその先は美しい花畑が広がり、行く手には青い海も見える、まさしく風光明媚な場所だった。
「前から私はこの場所がお気に入りだったんだ。ローディにも何度か見せたが、君が二人目だな」
そう言って目の前の景色を眺めるヴェルの顔は一段と穏やかで美しく見えた。
普段下手な男より凛々しい彼女のこうした一面は酷く魅力的に映る。
「……昔から貴族の世界が好きじゃなかった。形式や家柄に縛られ、自由を感じない世界。私はこうしてたまに美しい景色を見ると自由を強く感じる」
「……そっか。俺もこうして見てると心が何だか洗われるよ」
俺から見てもセルシウス家の雰囲気は良い意味で貴族らしくないところがある。
だが恐らくそうした家の姿勢を快く思わない人間は当然多いのだろう、上流階級には上流階級の悩みや葛藤があるのだ。
「さて! お腹が空いただろう? 実はお弁当を作ってきたんだ」
振り向いたヴェルは荷物から座る用の持ち運びできる絨毯とお弁当箱を取り出した。
まさか貴族のお嬢様が料理をするとは、正直驚かされた。
「美味しそうだね、いただきます」
目の前に広げられた昼食。
随分と気合が入っているのが分かる、そしてヴェルに促されてそれを口に運んだ。
作ってきた当人のヴェルは少し心配そうに物憂げな表情を浮かべる。
「…………美味い」
口をついて出た感想。
だがヴェルはそれを聞いていたく嬉しげに微笑んだ。
「あぁよかった。料理をするなんて経験、殆どなかったから不安だったんだ」
胸をなで下ろすヴェル。
彼女からすれば自分で作った弁当を振る舞い、自分のお気に入りの場所を紹介するというビッグイベントだ。
そんな反応でも無理はない。
しかもいつかユーズに手料理を出したいと考えていた彼女は少し前から料理の練習自体はしていた。
そんな小さな努力が結実したのだ。
(ヴェルに誘われて……二人きりで雰囲気の良いところって……何か)
自分の状況を考えると途端に照れくさくなる。
年頃の男女が二人きりで雰囲気の良い場所へ出かけて、しかも手作りの弁当を食べている。
その後、妙に挙動不審になった俺を訝しげに見ながらもヴェルは満足そうにしていた。
「ありがとう、ヴェル。綺麗なものが見れたし、弁当も美味しかったし最高だったよ」
「いや私が誘った話だからな。礼を言うのは私の方さ」
そんなやり取りをしながら、帰り道を行く二人。
(……? ロケットか?)
俺は山道に落ちていたロケットらしきものが目に入った。
「それは何だ?」
「ロケットなんだけど……」
中には金髪翠眼の女の子の肖像があった。
整った顔立ちで、その顔にはどことなく見覚えがある。
(何か誰かに似てるような……)
だがそんなことを考えている間もなく、突然感じる強力な魔力の気配。
それを俺もヴェルも感知していた。
「! 上だ!」
ヴェルが一歩早く気づく、その持ち主は上空を旋回するドラゴンだった。
ドラゴンは脅威度Aランクの非常に危険な魔物だ。
まず学生が相手にしていいレベルではない。
(……来るか!)
ドラゴンもこちらに気づいたのか、急降下を始める。
だが二人はそれ以上に、もう一つ感じる強力な魔力に違和感を抱いていた。
(ドラゴンと……もう一つ、何だ?)
『
どこからか聞こえる魔法の詠唱。
すると落雷のような形をした巨大な光の剣がドラゴンの身体を貫いた。
「グオオオォ!!!」
咆哮をあげてドラゴンは墜落。
頑強なドラゴンの皮膚を貫通して心臓を一突きにした光剣、それを放った主は。
「お前は……!」
「何だ、お前たちか。久しぶりだな」
ドラゴンを一撃で仕留める高い実力、そしてその端正な顔には二人とも覚えがある。
「アリウス・ハイランド……」
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