第17話 本気の勝負

「お前は学園の森でユーズを狙ってきた……」



 ヴェルが警戒感を隠そうともせずに弓を構える。

 考えてみればあの時は突然襲ってきた、だが今は彼から殺気のような攻撃性は感じられない。



「……そう魔力を荒立てるな。お前たちと争うつもりはない」



「なら何の目的だ」



「お前たちこそ……と言いたいところだが、俺はコイツを狩りに来ただけだ」



 アリウスは今しがた仕留めたドラゴンを一瞥してそう言った。

 さらに懐からビンを取り出すとドラゴンの血液を採取し始める。



 そういえばドラゴン族の魔物の血液は貴重な薬の材料になると聞く。

 恐らくそれが目的なのだろう。



「……」



 アリウスから攻撃の意思がないと分かったのか、ヴェルも弓をおろした。

 しかしその顔は厳しさを失っていない。



「お前があのレースの時にユーズを狙っていたのか、まだ納得のいく理由を聞いていなかったな?」



「何故それを教えなければならない?」



「理由が理由ならお前はユーズを引き続き狙う可能性がある。悪いが私はお前を信用していない」



 厳しい口調でヴェルがアリウスを問い詰めると彼はフッと鼻で笑った。



「随分とそいつのことが大事なんだな」



 煽ったような口振りにヴェルは気分を害したのか、再び弓を手をかけようとする。



「待ってくれ。ヴェル」



 俺はヴェルを諌め、代わりにアリウスに近づいて問う。



「アンタ、あの時は貴族じゃない平民が不愉快だとか何とか言ってたけど……本当の理由じゃないだろ? アンタが本気で俺に刃を向けたわけじゃないことは戦いで知ってる」



 問いにも答えず、ただ血をビンに取る作業を続けるアリウス。



「けど俺は襲われた者としてアンタからハッキリした理由を聞きたい。何故俺を中途半端な殺意で襲った?」



「……単にお前の氷の魔法とやらを見てみたかっただけだ」



「アンタ嘘は下手みたいだな」



 ユーズは即座に見抜いた。

 だが当のアリウスは十分な量を採ったのか、立ち上がって去ろうとする。



「……仕方ないな。これ、アンタのだろ」



「!!」



 俺は先程拾ったロケットを見せる。

 するとアリウスは明らかに反応を示した。



「何か見覚えがあると思ったんだ」



「中を見たのか」



「悪いけどね」



「……よく正気を保っていられるな」



 アリウスが小声で呟いた。

 それが何を意味するのか俺はその場で理解できず、聞き返した。



「……世界で最も可愛く美しい妹だぞ!!! お前は何故それを見て正気でいられる!?」



「……………は?」



 俺もヴェルもあ然とする。

 アリウスの口調はそれまでのクールなものから一変して、やたらと熱のこもったものになった。

 しかも妹自慢をさらに饒舌に繰り返し始める。



(な、何だよコイツ……。こんな性格なのか?)



(随分と……これは……危険な匂いがするな。色んな意味で)



 二人とも心中では今まで持っていたアリウスのイメージが急速に崩れていくのを感じていた。



「……おっと、妹のことを話すとつい時を忘れる。そのロケットを返してもらおうか」



 ようやく正気に戻ったアリウス。

 だが俺はその要求を突っぱねた。



「交換条件だ。俺を狙ってた理由を話すなら返してやる」



「!!! 何だと……」



 アリウスは怒りを覚えているのか、その表情が険しくなった。

 だがそれこそユーズの狙いであった。



「それとも実力で取り返してみるか」



「良いだろう……覚悟はできているんだろうな」



 先程まで纏っていた雰囲気とはまるで違う、アリウスの殺気がほとばしる。



「ユーズ! 何を考えてる?」



「大丈夫だよヴェル、この戦いでアイツの本当の目的を見抜いて見せる」



 最初はやや心配そうにしていたヴェルだったが、ユーズの答えを聞くとしっかりと戦いを見据える顔つきに変わった。



「準備はできたか? 始めるぞ」



 あの時と同じく、アリウスは左手を上げた。



『"領域"発動、魔光結界』



 アリウスの生み出した光のフィールドでの戦い、存分に力を振るえる環境となった。



「行くぞ!」



「!」



 アリウスが突進しながら斬撃を放った。

 強化ライズによる肉体活性の影響か、その威力は細身からは考えられぬ重さだ。

 さらに一旦飛び退いたアリウスが詠唱する。



イカヅチよ、刃となりてあめより来たれ』



(!……アレか)



 先程耳にした詠唱、ユーズは咄嗟に防御魔法を発動する。



雷鳴剣ライトニング!』



氷塊フリギ・スクトゥム!』



 だが高位階に属する強力な魔法の雷鳴剣ライトニングはそう簡単に防ぎきれない。



(……!)



 防御を貫通されると見るやいなやユーズは後ろへと跳ぶ。

 だがその動きもアリウスは読んでいた。



光弾フォトン!』



 間髪入れずに爆発する光球を撃ってくる。

 低位階とはいえ、まともに受ければ大怪我は免れない。



強化ライズによる脚力の強化で避けたか、なるほど大口を叩くだけはある)



 俺は光球を躱しながら、腰に差した零華を抜刀した。



(何だこの魔力は……)



 アリウスもそれまでとは違うユーズの魔力を感じ取り、警戒を強めた。



(さっさとケリをつけさせてもらう!)



 持っていた剣に光の魔力を纏わせる。

 切れ味が鋭く増したそれを構え、全力の強化ライズでスピードをアップさせた。



氷面鏡テルス・ゲラート



 俺は零華を地面に突き立て、ハルクとの戦いで見せたように周辺を氷床へと変えた。



(何ッ!? 地面が凍りついた……)



 危うく巻き込まれそうになったアリウス、だが体勢を立て直して剣を再び構える。



(これで剣による接近戦をほぼ封じた。次にアリウスが打ってくる手は……)



(この環境での接近戦は隙が大き過ぎる……ならば)



 アリウスの剣に光のエネルギーが収束していく。

 そして充填されたそれが次の瞬間―



『集え昭光、下せ裁きを! 聖光一閃ホーリィライン!!』



「!」



 放たれた光線からほとばしる凄まじい熱と威力。

 弾道が直線であるからこそ避けられたが、もし喰らえば命すら危うい。



「……妹こそこの世界で最も尊い存在だ。俺は妹のためならば何にもなれる」



 静かに独り言を話すアリウス。

 だがそれは自分に言い聞かせているようにも聞こえる。



「アンタの妹……」



「あの子は誰よりも優しい子なんだ。絶対に救わなきゃならない」



 再びアリウスは剣にエネルギーを溜める。

 それを見たユーズは動きの止まったアリウスに向かって駆けた。



「なるほど、この場はお前ならば自在に動ける訳か。だが……」



「!!」



聖光一閃ホーリィライン!』



 さっきよりも充填されたエネルギー量こそ少ないが、走るユーズに向かって光線は発射された。

 しかしそれを見越したユーズはアリウスを囲むようにして走り出す。



「……お前に分かるか!? 病で魔力を失った貴族の娘がどんな目で見られるか……!」



 アリウスの眼には最早今の戦いではなく、病で苦しむ妹の姿が映っていた。



(アメリア……必ずお兄ちゃんはお前を助けてみせる。俺がこの世界の正義を変えてやる、例え魔力のない者でも虐げられない世界に!)



聖光一閃ホーリィライン!!!』



 3発目の光線が俺の足をかすめた。

 右脚に僅かに血が吹き出るのが見える。



 さらに同じように光線を放つアリウス、それを俺は避け続ける。



 爆熱による煙が発生したその時だった。



「! 何っ!?」



 ユーズが直ぐ目の前まで接近してきた。

 円を描くようにして段々と距離を詰めてきたのだ。



(しまった……!)



 斬撃を剣で防ぐが、凄まじい冷気が身体ごと包み込み、次第に手足が凍りついていく。



(馬鹿な……魔力による熱すら奪われていく。こんな魔法が……)



「……俺の勝ちだな。アリウス・ハイランド」



 光のフィールドも消え、四肢の凍りついたアリウスは大人しく敗北を受け入れた。

 ヴェルが安心したようにこちらへやって来る。



 ユーズは彼の氷を解除するとロケットを返した。



「……何のつもりだ? 勝ったのはお前だ」



「言っただろ、交換条件だって。俺はアンタに勝ってロケットを手に入れるのが目的じゃあない」



 ユーズの目的を悟ったアリウスは静かに話し始めた。



「…………お前を狙ったのはオズバルドに持ちかけられたからだ。お前を退学に追い込めれば秘密裏に星褒章スターバッジをくれると」



「退学だと!? 教師がユーズを退学にしようというのか?」



 ヴェルが驚きと怒りを込めて問う。



「そこの詳しい事情は俺は知らん。だが俺は何としても星褒章スターバッジを手に入れたかった」



 その台詞の最後、アリウスは自嘲するように鼻で笑った。



「だが……お前と戦ったその時、俺は本気になれなかった。妹の……アメリアの顔が目に浮かんだ」



星褒章スターバッジを集め、監督生となって、卒業してからは国を変える大きな存在になる……アメリアを救うためにそうするつもりだったというのにな」



「俺はとことん甘いらしい。いざとなると他人を蹴落とすこともできない」



 アリウスの目的は立派だった。

 そしてやはり俺が思っていた通り……。



「いいんじゃないか、それでも。俺はそんなアンタのこと、嫌いになれないからな」



「……!」



 それを聞いたアリウスは小さく笑みを浮かべた。



「俺は俺のやり方で星褒章スターバッジを集めるとしよう。……お前には負けん、ユーズ」



 そう言ったアリウスは負けたにも関わらず、まるで憑物が取れたようにどこか晴れやかだった。

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