第15話 ディアトリス家の崩壊
「うあああああアァァ!!!!!」
部屋に響く叫び声。
あの日から、ティモール・ディアトリスは最悪だった。
「うぅ……うあああ!!!」
脳裏に焼き付いて離れないイメージ。
それはある二人の人間の姿だった。
________
「あ、あれは……ユーズ!? な、何でここに……」
斬撃と共に放たれた氷が雪崩のように勢いよく機械仕掛けの巨人を飲み込んだ。
冷気が強すぎて訓練場はまるで冬のような極寒の地へと姿を変える。
その人間離れしたチカラにティモールは恐怖し、戦慄した。
「この炎は一定以上の水魔法でなければ消火することはできない、時間までここで閉じ込められていればいいわ」
「なっ、何だと!?」
女は踵を返してスタスタと歩き去って行った。
燃えるような赤髪と唐紅色の瞳を持つ女は自分より遥かに格上の魔術師だった。
「くそおおおおおっ!!! 出せっ! 出してくれぇえええ!!!」
激しく燃え盛る炎の壁を前にして絶叫するしかない。
無惨にも時だけが刻まれていく中、ティモールは絶望した。
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部屋の中をのたうち回るティモール。
彼にはその二人がトラウマとなっていたのだ。
あの日からティモールは家に籠もってばかりになり、時折幻覚のようにイメージを見ては発狂を繰り返すようになっていた。
ティモールだけでなく、ディアトリス家全体にはまるで暗雲のようなものが立ち込めていた。
当主たるカロンは何としてでも息子ティモールを学園に復学できはしないかと校長ヨーゼルに直談判をしに行ったり、評議会とのパイプを頼って圧力をかけようと試みた。
しかし何れも上手くいかず、復学の目処はまるで立っていない。
それまで尊敬し、仲の良かった兄の衝撃的な凋落を目にした長女ミゼーラも塞ぎ込みがちとなっている。
何より跡取り息子の学園退学という醜聞は貴族間であっという間に知れ渡り、今や名門家名の威信は地に落ちていた。
そのカロンは一人執務室に籠もり頭を抱えている。
「……クソッ! クソッ! どうすればいい!? どうすれば……ッ」
打てる手は全て打ち尽くした。
だが全くといっていいほど事態は好転しない。
「ユーズ……ユーズめッ……!!」
魔力適性の測れない実験体の役立たずを追い出したところまでは間違っていなかった筈だ。
しかしその役立たずがどういう訳か、学園に入学して息子よりも活躍している。
その事実はカロンの精神を逆撫でし、怒りと憎しみが増していく。
だがそもそも何か有効な手立てがなければディアトリス家はどんどん下に落ちていく。
このままでは歴史ある名門貴族は笑い者の没落貴族に堕するであろう。
そしてその時は確実に素早く迫っている。
「何としてでもティモールを復学させねば……だがどうすれば……代わりの存在がいるでもなし……。…………!!!」
その時、カロンの頭に一つのアイデアが浮かぶ。
それは今までの方針を完全に転換するものであった、しかしこうなっては仕方がない。
昔からカロンは実利を考えれば、そうした行為も平気でできた人間であった。
「旦那様? どちらへ……」
「ええぃ黙れ! さっさと護衛を集めろ!」
思い立ったカロンは護衛を引き連れ、屋敷を出発した。
その手に大金を携えて。
(確か情報によると
ある企みを心に秘めて歩みを進めるカロン、その行き先は―
「旦那様、お客様でございます」
屋敷の使用人がウルゼルクの部屋に入る。
セルシウス家に突然の客人が来たという報せだ。
「何だ、何も聞いていないな。一体誰だ」
そして使用人からその訪問者の名を聞いてウルゼルクの表情が変わる。
「……何をしに来た。カロン・ディアトリス」
そして客人を迎え入れるなり、開口一番そう言い放った。
「久方ぶりだな。ウルゼルク・セルシウス」
カロンはセルシウス家へとやって来ていた。
そしてその目的をウルゼルクが問い質す。
「私はある男に用があって来たのだ。……ユーズを出してもらおう」
「! ユーズ……? 彼は今娘とその友人と共に出かけた。彼は娘の護衛としてここで働いている」
「なるほど、雇っているという訳か。一体いつ戻る?」
そうカロンが言った瞬間、屋敷にヴェルたちが帰ってきた。
「おかえりなさいませお嬢様」
メイドたちの声を聞いて目当ての男が帰ってきたと知るとカロンは執務室を飛び出した。
「!」
ヴェルは玄関で突然目の前に現れた見知らぬ男と相対する。
「これはこれはヴェルエリーゼ嬢。お初にお目にかかりますな、私はカロン・ディアトリスと申す」
気味の悪い猫撫で声。
だが彼女はそれよりもその名に聞き覚えがあった。
「!! ……貴様が」
ユーズに虐待同然の扱いをし、さらには屋敷を追い出した人間。
「カロン! 待て!」
「父上!?」
そして奥からやって来たのは父のウルゼルク。
状況がやや飲み込めない。
そして当のユーズはその場で立ち尽くしていた。
その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「ユーズ。久しぶりだな」
「カロン! 何のつもりだ!」
ウルゼルクの静止を意に介さず、カロンは話を続けた。
「ユーズ、噂は聞いているぞ。何でもお前には魔法の才覚があったようではないか、あの時は私としたことが手違いだったらしい」
カロンは珍しく笑顔を見せていた。
無論―それは傍目から見れば演技に他ならないのだが―彼を知っている者からすれば親族以外にその顔をするのは本当に珍しいことだった。
「ここだけの話だ。今のお前ならば我がディアトリス家に戻ってきてよい」
その時、場は静まり返った。
何を言い出すかと思えば、事情を知るヴェルとウルゼルク―そして当人のユーズにとっては呆れ返る話だったからだ。
「お断りします」
ユーズは言い切った。
カロンを、かつて主人と仰いだ男をしっかりと見据えて。
「……ッ! 確かに私は今までお前に厳しい訓練を強いてきた! だがそれはお前を強い魔術師に育て上げるためだったのだ!」
「俺を訓練して来たのはあなたの子供たちのためでしょう。俺のことを考えてはいない」
「な、ならばこれでどうだ!」
カロンは最後の切り札とばかりに持っていた大金を目の前に見せた。
それは相当なものであり、平民であるユーズにとっては一生かかっても得られぬ額だろう。
「今お前はこの屋敷で働いているのだろう? 貧しく、使用人のように。私のもとへ戻ってくるならばこれを前金としてやろう。当然今後もお前には贅沢をさせてやるつもりだ、本当の息子のように」
「俺は今の場所に自分の意思でいるんです。俺が望んで仕えてる。……もうあなたのところになど戻る気はありません、何があろうと」
最後の切り札すら通用しなかったカロンの顔が驚愕と失意に歪む。
「が……クッ……ぐッ……!!!」
ユーズの答えを聞いたヴェルとウルゼルクは勝ち誇ったように笑み、ユーズを一瞥する。
「ではこれでお引取り願おう。カロン」
こうしてカロンの目論見は崩壊し、彼は何も得ることなく、その先に待つ破滅へとまた一歩進んでいった。
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