第14話 実技演習

 "ホワイトクラスとイエロークラスの合同演習授業、場所は第一演習場"



 そう書かれた紙が教室に貼り出された。

 クラスの皆は貼り紙の前に集まり、それを眺めながらざわついている。



「合同演習か……となると実技だな」



「ちょっと気が重いですね」



 楽しげな様子のヴェルと正反対に嫌がっている様子のローディ。



「ローディは自信をもう少し持った方がいい。自分で思っているより遥かに強いぞ」



「もう、そんなこと言っても何も出ませんよ。私もヴェルくらい才能があれば……」



「でもヴェルの言うとおりじゃないか。ローディは実際強いよ」



 何だかんだ言って入学試験でもゴーレムを倒したし、彼女が言うほど苦手意識を持つ必要は無いだろう。

 武器の扱い方は慣れというものがあるから慣れるまでは仕方ないだろうが、魔法の使い手としてはクラスでも上位なのではないか。



「ユーズ君、呼んでる人がいるよ」



「俺を?」



 フエルが俺に伝える。

 どうやら廊下に立っているらしいがこのタイミングとなるとある程度訪問者は予想できる。



「よぉ、氷使い」



「やっぱアンタだと思ったよ。ハルク」



 大地の巨獣イエローベヒモスといえばこの男だった。

 前から俺やヴェルと戦いたいと再三言っていたが、学校内で無意味な戦闘行為は禁止。

 ハルクにしてみればようやく念願の環境がやって来たのだ。



「にしてもワザワザ来るなんて、何か用があるんじゃないのか?」



「そうだな。合同授業では俺が勝つ、という宣言をしに来た」



「それ、冗談か?」



「いいや、本気さ。俺は本気でお前のように強いヤツと戦ってみたい。今回の授業は願ったり叶ったりというもんだ」



 そう力強く言い切るハルクの瞳に嘘はない、直感的にそう感じた。



「分かったよ。でも俺も負けるつもりはない、望むところだ」



 そんなやり取りがユーズとハルクの間では交わされていた。



 そうして合同授業がやって来る―



 皆は運動用の衣服に着替え、第一演習場へと移動した。

 第一演習場は大理石でできた、まるで闘技場のような造りで、真ん中は大きな円形の決闘場となっている。



「私はイエロークラスの担当教員、ムスクルスだ。ホワイトクラスの諸君今日はよろしく」



 そう挨拶するムスクルス先生はハルクに負けず劣らずの肉体と彼を上回る体格の男だった。

 何故か目だけが見えるやたらと刺々しい仮面を被っているが……。



「では早速始めよう。私の方針は実践あるのみ! 鍛えに鍛えて、修行を積んだ者こそが先へとゆくのだ。その修行には実践が一番!」



 熱い性格の人らしい。

 またなんというか、ハルクとも性質の違う感じがする。



「まずは各々得意な武器を持ち、互いのクラスでペアを組むのだ! その後はペア同士で打ち合う。その後は剣や槍など違う武器を使って繰り返していく。流れは追々説明していこうと思う」



 そのように促されると整列していたクラスの皆がバラバラになり、互いのペアを探し出す。

 同じホワイトクラスでは駄目なので必然的に……。



「よぅし早速やろうじゃないか。安心しろ、ここでお前の手の内を探ろうなんてセコい真似はしない」



「あぁ、よろしく」



 ハルクの方からやって来た。

 恐らく他のやつでは中々組んでもらえないだろうから、妙にホッとする。





________






「よぉし! 一旦止めだ!」



 ムスクルス先生の号令を聞き、全員の動きが止まった。



「今から模擬戦を行おうと思う。他者の戦いを観察するのも非常に参考になるからな、それに生徒同士の真面目な戦闘を行う機会は貴重だ。今やっているペア同士でも良いぞ、我こそはという者は!?」



 そのことを聞いて待ってましたと言わんばかりにハルクが歩み出る。



「ほぅ、早いな。イエロークラスからはレオギルスか、できればもう一人はホワイトクラスから申し出て欲しいところだが……」



 ハルクが顎をクイッとやり、来るようにジェスチャーをした。

 それを見た俺は緊張しながらも前へと出た。



「よしホワイトクラスからは君がやるのだな。えぇと……ユーズ、か」



 ムスクルス先生が俺の名前を確認する。

 俺が前へ出た瞬間、皆の注目が一気に集まってきた。

 これは気の所為ではない。



「勇気ある二人に拍手を!」



 パチパチと拍手の音が送られるが、俺に向けられている視線には奇異なものもあれば憎悪に似たものもある。

 平民だから、入学試験で誰も見たことのない氷魔法を使ったから、銀の星褒章スターバッジを持っているから、色々と理由はあるだろう。



「ユーズ君、緊張してるなぁ。大丈夫かな」



 フエルは心配そうに見つめるが、戦いを観戦しようと近くにきたヴェルが言う。



「大丈夫さ。ユーズは負けはしない、何せ私を守ると誓ったんだから」



 観衆の注目集まる中、二人は真ん中の決闘場へと入る。

 一応審判みたいなものか、ムスクルス先生も入ってきた。



「では……始め!」



「……行くぞ! 氷使い!」



 鉄の手甲をはめたハルクが構えながらいきなり前へと突っ込んできた。

 やつの戦闘スタイルは拳による接近戦だ。



(速い!)



 ユーズの剣が拳を受け止めたが、攻撃は止むことなく次々と連撃が繰り出される。



(くっ……! 肉体活性の強化ライズをよく使いこなしてるな)



 ハルクは魔力を腕と脚に纏わせ、破壊力とスピードを圧倒的に高めている。

 その無駄がなく淀みない魔力の放出技術は相当なレベルだ。



「どうした? 守ってるばかりか!?」



 正直、防ぐのにやっとで反撃の暇さえ与えられない。



「なら行くぞ、喰らえ!」



 それまで連続した攻撃を放つハルクの動きが変わり、まるで溜めるように右手を構えた。

 それと共に魔力の性質が変わる。



「!」



『地砕き!!』



 まるで大砲のような勢いから繰り出される体術。

 俺の中で喰らったらマズいと本能が警鐘を鳴らしたのか、防御のため咄嗟に詠唱した。



氷塊フリギ・スクトゥム



「無駄だ!」



 ユーズの身体の前に出現した氷の塊は凄まじい勢いで放たれた拳に粉砕され、彼の身体が後方へと吹き飛んだ。



「!」



「……ゲホッ……いってェな」



 左手で胸を抑えるユーズ。

 だがその姿を見たハルクは驚きを隠せなかった。



(俺の拳を防御魔法では受けきれないと読み、絶妙のタイミングで後ろへと跳んで威力を軽減するとは……コイツ)



 そして観衆はその戦いのレベルにしばし言葉を失っていた。



「これが……ユーズ君の戦い……魔法の使い方も体術も素人離れだよ」



「だがあいつもやるな、流石は私とユーズに宣戦布告するだけはある。地の魔力で腕を硬化させた上での正拳突き、まともに受ければ一撃でダウンだ」



「……ユーズが後ろに跳んだことを考えても約4m吹き飛ばされましたね。質量を35kgとするとおおよその運動エネルギーは……2160。じゃああの拳の速度は……」



 フエルは戦闘のレベルに驚き、ヴェルは観戦を楽しみ、ローディはハルクの拳の威力を計算しようとしている。

 この内フエルの反応が他生徒の殆どの反応と同一であるが、既にヴェルとローディはユーズと過ごした期間が長いため、別段驚きはしていなかった。



「俺も負けたくないからな、本気で行くぜ」



(使うか、零華コイツを)



 俺はそれまで使っていた剣を鞘にしまい、代わりに零華を抜いた。



「その剣……そういえば二刀流という訳でもなかったな。何を見せてくれる」



「見たらあっと驚くかもしれないぜ?」



 零華が現れた瞬間にその氷の刀身からは凍てつくような冷たさが放出され始めた。

 その寒さを感じた時、入学試験のことを思い出す生徒たちがいた。



(何だこの冷気は……今までと違う。だがこれは入学試験であいつが放っていたそれと同じ……まさかこれが本気なのか?)



 その強烈な冷気を感じて早めにケリをつけるべくハルクは駆けた。

 だが―



氷面鏡テルス・ゲラート



 ユーズが零華を突き立てると、決闘場の床が一瞬で凍りついた。



「!? くっ……!?」



 突如足元のおぼつかない地面へと変貌し、ハルクの動きが止まる。



「!!」



 足を止めたハルクの目の前にはもうユーズが迫っていた。



氷縛フリギ・プレヘンデレ



 一見は防御魔法、だが今回の使い方は違う。



「……!!! これは……」



 ハルクの両手を氷塊が包み込み、施錠してしまった。

 何とか動かそうとするもビクともしない。



(氷の錠……! 腕が動かん!)



「俺の勝ちだな」



「…………参った」



 もはや覆し難い状態となったのを理解したのか、ハルクは白旗を上げた。



「そこまで! 二人とも一年生とは思えない素晴らしい勝負を見せてもらったぞ。特にユーズ、君には驚かされた。話には聞いていたが氷の魔法というものがこれ程とは」



「ありがとうございます」



 魔法を解除した後に礼を言うユーズ。

 だが決闘場を降りる前にハルクが呼び止める。



「……全く完璧に俺の負けだ。氷使い、いや……ユーズ」



 完敗を喫したのが衝撃なのか、珍しく静かなトーンで喋るハルク。



「だが次は負けん、次はお前の魔法を打ち破るために修行を積む。その時を待っていろよ」



「あぁ、楽しみだよ」



 二人は握手を交わし、壇上を降りた。

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