第12話 ねじ伏せる

 授業終了後、休憩の時間となった。

 最初の授業だからか内容は基礎的なものだったが、やはり教師に教えてもらうという経験は良いものだとユーズは感じていた。



(前の勉強は全部独学だったもんなぁ……)



「ユーズ、ちょっと席を外すぞ」



「ん? あぁ」



 ヴェルとローディが揃って教室を出ていく。

 恐らくトイレ休憩だろう、自分も済ませておくかとユーズが思ったその矢先―



「ねぇ、ちょっと行こうか?」



 ニッコリと満面の笑みをたたえたクラスメイトが別の生徒に話しかけていたのを耳にする。



「……」









「おい! テメェ、金がないならかっぱらってでも持ってこいって言ったろ!?」



「ゆ、許してください……」



「あぁ? 舐めてんのかおい。……どうしてやりましょうかアークスさん」



 人気のない廊下、三人組が一人を取り囲んでいた。

 囲まれていたのは小柄でオレンジ色の髪の男子生徒、先ほど呼び出されていたクラスメイトである。



「うーん、自由にしなよ。そろそろ飽きてきたし」



 笑みをたたえたままでリーダー格の生徒が冷酷な台詞を吐く。

 それを聞くと角刈りの男子生徒はニヤリと笑い、その脚を上に振り上げた。



「ねぇ、さっきから見てるキミ。何か用かな?」



「!」



 四人の注目が一気にある方向へと向いた。



「アイツは……!」



 連中の目は俺の方に向けられた。

 さっきのやり取りが気がかりで、こっそり追ってきてしまった。



「……別に。特段用はないんだけどな」



「テメェ何見てやがる! 文句あんのか?」



「そうだ! 星褒章スターバッジ付けてるからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」



 取り巻きの二人、角刈りとオールバックが強い敵意を露わにして俺に詰め寄る。



「まぁまぁ、止めときなよ。帰ろうか」



「えっ? アークスさん、いいんですか?」



「いいよ、次の授業もあることだしね」



 すると三人組は俺の方へと歩き出し、教室に帰ろうとしていたが。

 リーダー格は去り際に―



「お昼休みにまた会おうか。キミとは仲良くしたいしね」



 不気味な笑みを貼り付けたまま、そう囁いていった。



「……」



「あの……」



 オレンジ髪の気弱そうな生徒が俺に話しかけてきた。



「確か……ユーズ君だったよね」



「あぁ」



「僕はフエル・ウィンドルス、助かったよ。……でも君も完全にあいつらに目をつけられちゃったよ」



 フエルは心底暗い顔で告げる。



「あの横分けのニコニコしてるやつはキャゼル・アークスって言うんだ。評議会の議員の息子で、低い家柄のやつをいじめるのが趣味なんだ……」



 評議会は王国の政治に深く関わる組織であり、その権力は相当に強いと聞く。

 騎士団と双璧をなして国王の補佐をする由緒正しい組織であるとも。

 あのディアトリス家も歴史的に評議会とは繋がりの強い一族だ。



「ま、なるようになるさ。目をつけられたっていうならもう仕方ない」



 思わずやってしまった行動でトラブルを引き寄せてしまった。

 ヴェルやローディには迷惑をかけないようにしなくては。



 教室に戻ると既に二人は席に戻っており、俺もとりあえず次の授業に備えることにした。








 昼休み―校内の食堂は非常に賑わっていた。

 流石は王立魔法騎士学園ナイト・アカデミア、豪華な施設であり学食のレベルも非常に高い。

 例によって俺とヴェルとローディは一緒に昼食を取ることにした。



「にしても凄いな、レイアウトも料理も」



「私に言わせれば料理は少し仰々し過ぎる気もするな」



 ヴェルの、というかセルシウス家の食事は意外と味付けなどが庶民的なのだ。

 旦那様曰く、貴族とは本来民を守るものであり、その意識を保つためには食事などの面において庶民離れしてはいけないのだとか。



「でも美味しいですね。これから毎日の昼食が美味しいと思うと単純に嬉しいです」



 まぁ概ねローディの言うとおりである。

 俺からすれば食事が美味しいというのは日々の楽しみとして何にも勝ると言えるレベルに重要だ。



「やぁ、両手に華とはお昼から羨ましいね」



 俺たちが食べ終わる頃、俺の席の後ろをキャゼルが通った。



「じゃあこの後に校庭の裏へ来てくれるかい、待っているよ」



 それだけ告げるとキャゼルは食堂を出ていった。



「ユーズ、今のは誰だ?」



 当然ヴェルは疑問に思い、ユーズに問う。



「ホワイトクラスのやつだよ、俺に用があるんだってさ。悪いけど二人は先に教室に戻っててよ」








「やぁ、よく来たね」



 校庭の裏、人影のない場所に呼び出されたユーズ。

 キャゼルの傍には午前中一緒にいた取り巻きの二人が立っていた。



「で、アンタこそ何の用なんだ?」



「テメェ口の利き方に……!」



 いきなり食って掛かる角刈りをキャゼルが制する。



「いやぁ〜僕ってさ、変わったヒトに興味があるんだよね。入学試験でもキミのこと見たけど、何せ平民なんだもんねぇ」



 ニコニコと笑いながらキャゼルは言葉を続けるが、その裏にある冷酷さは隠し切れていない。



「んでもってあの魔法、見たことないもの使うよね。実は手品とか? それだったら教えてほしいな〜ってのは冗談だけどぉ……」



「話が長ぇな、単刀直入に話してくれ」



 もってまわった喋りを続けるキャゼルにユーズが途中で割り込む。

 するとキャゼルは饒舌が嘘のように黙りこくった。



「……やっぱキミさぁ、ムカつくね。僕の嫌いなやつの特徴を教えてあげよう。一つ、僕の楽しみを邪魔する人間。二つ、僕の話を遮る人間」



「……三つ、汚らしい低俗な血の人間」



 キャゼルの笑みが今日一番ドス黒くなった。



「でキミはそれ全部に該当してるワケ、分かる? そんなキミのことは一刻も早くブチ殺したくなるんだよ」



 そう言うと取り巻き二人は剣を抜き、いきなり襲いかかってきた。



 ブンッ!



 剣が勢いよく空を切る音が鳴る。

 ユーズが咄嗟に攻撃を避けたのだ。



「よし俺に任せろ! くたばりやがれ!」



 前に出てきた角刈りの生徒が思い切り剣を振り上げ、ユーズの頭を狙ったその時。



「!?」



 角刈りの剣が凍りつき、使い物にならなくなってしまった。



「なっ、何じゃこりゃあ!?」



 ユーズが零華を抜き、構えたのだ。

 それだけで周辺の物質は急速に温度を失い凍りつき始める。



「悪いな、俺も嫌いな人間の特徴を思い出した」



 久しぶりに怒りを感じる。

 この目の前の連中をブチのめしたくなった。



「一つ、弱いやつをいたぶる人間」



「……!? ぎゃあああっ!!」



 角刈りの両手がパキパキと音を立てて凍りつき始める、恐怖からか角刈りは地面に倒れてのた打ち回り出した。



「こっ、この野郎! 火球ファイアボール!」



 もう一人の取り巻き、オールバックは距離をとって魔法を放つ。

 しかし即座に氷塊で防御し、火球を凍らせた。



「なっ、そんな馬鹿な!」



「二つ、権力を笠に着る人間」



 自分の放った魔法が凍ったことに恐怖したのか、オールバックは腰を抜かしてその場から逃げてしまった。



「……!」



「三つ、他人を血で差別する人間」



 目の前にいるキャゼルは明らかに恐怖し、錯乱していた。



(……こ、こいつの魔法、あれはトリックじゃなかったのか!? 氷の魔法なんて存在する筈が……!)



「まっ、待て! 僕は評議会の議員の息子なんだぞ、キミの家がどうなっても……ッ!?」



 キャゼルが脅しにかかるが、次第にユーズが近づくことで制服の裾が凍る。



「……関係ないね」



 何故なら俺は平民、元より家などという概念は存在しない。

 故にその脅しは無意味だ。



「や、止めろ! 来るな、近寄るなッ!!」



 俺は零華を腰の抜けたキャゼルの隣に突き立てる。

 キャゼルは恐怖でガタガタと震え、その髪の毛の先が白く凍っていた。



「二度と他の生徒に手を出すな」



 こうしてユーズはキャゼルを力で黙らせ、彼の弱い者いじめを止めさせたのだった。



「ユーズ君……」



「! フエル……」



 俺が教室へ帰ろうとすると校舎の裏からフエルが出てきた。

 どうやら始終覗いていたらしい。



「……君って勇気がある人なんだね。……何だか凄いや」



「勇気なんてねぇよ。売られた喧嘩を買っただけだ」



 その返答に首を振るフエル。



「いや、本当だよ。……ありがとう、ユーズ君」



 いきなりトラブルを呼び込んでしまったユーズだが、フエルの礼を聞いて後悔はなかった。

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