第10話 ディアトリス家の激震

 ディアトリス家の当主、カロン・ディアトリスはいつになくその日上機嫌だった。

 午後のひと時、最高級ハーブティーをすすりながら一人笑みを浮かべていた。



 というのも彼が仕組んだ策略がその日に効果を発揮するからである。

 王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアの入学式、だがその記念すべき日に一つの策を打った。





________






「何? 新入生対抗サバイバルレースだと?」



「そうだ、それであのユーズを学校から追い出すことができよう」



 王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアの入学試験が行われた次の休日、ディアトリス邸ではカロンとオズバルドが話し合っていた。



「良い手を思いついたというから来てみたが……どういう意味だ?」



「つまりはこうだ、新入生全てを集めて競争を行わせる。そこで順位のよかった者には褒美をやって、悪かった者には罰を与えるのだ。罰は退学処分、これでユーズを無理なく追い出せる」



「なるほど……幸い王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアは実力主義、成果主義を標榜している。名目ならば何とかなるな」



 カロンのアイデアを聞かされて笑みを浮かべるオズバルド。

 しかしその次には疑問が浮かんだ。



「……だが問題がある。やつをどうやって下位にする?」



 その疑問を聞き、カロンはユーズが上位になることなどあり得ん!と返しそうになったが冷静に事を考えた。



「やつを追い落とすため、誰か実力者を雇うというのはどうだ?」



「雇う?」



「新入生の中にも一人くらいはいるだろう、頭一つ抜けている優秀な生徒が。そいつに星褒章スターバッジを裏で渡すなり何なりしてユーズを狙わせればいいのだ」



「……クックックッ。お前も本当にあくどいやつだ、一人潰すためにそんなことを考えるとはな」



「何を言う。歴史と伝統ある王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアに平民が入学するなどそもそも許されんのだ。今の校長が何を考えているのかは知らんが……我々保護者側にも意見の自由というものはある筈だ」



 それを聞くとオズバルドはあの入学試験の日、ユーズの前で無様にも腰を抜かしてしまった記憶を思い出す。



「……そうだ。今回は何かの間違いだったのだ、今こそその間違いを正す時だ。ヨーゼル校長は反対するだろうが……。確かお前は評議会とも繋がりがあったな? そのパイプを使えば校長も従わざるを得ないだろう」





________






 そして今日はようやくその策が発動し、あの忌々しいユーズを追い落とす日。

 オズバルドからの報告と長男ティモールの帰りを楽しみに待ちながらカロンは過ごしていた。



 だが―



「どういうことだッッッ!!! 何故ッ! 何故お前がッ……!!!」



「も、申し訳ありません……父上」



 床に伏せて詫びる息子の姿、だが最早カロンの怒りと混乱は頂点に達し、正気を半ば失っていた。



 午後、レースが終わった頃に突然音通魔動機フォンデバイスが鳴り響いた。

 そこに出るとあのオズバルドからの連絡。



 カロンはその報告がユーズが無事にレースの下位に落ち、退学になったという知らせだと思い込んでいた。

 しかしその報告は思いもよらぬ内容、息子ティモールが最下位となり退学になった知らせだった。



「こんな……馬鹿なことがあるか!!! お前が最下位だと!? 何という真似をしてくれたんだ!!」



 顔を真っ赤にして怒り狂うカロンの姿に使用人たちは怯え切り、娘ミゼーラは恐怖と聞かされた話に混乱して涙を流していた。



「我が……我がディアトリス家の家名にお前は一生かかっても拭い切れぬ泥を塗ったのだぞ!? 王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアを退学ッ……最早ディアトリス家は世間の笑い者だ!!!」



 貴族の家ならば王立魔法騎士学園ナイト・アカデミアへの入学は当然、だが退学などと知られれば家の威信は地に落ちたも同然である。

 ティモールがレースで最下位となって退学させられたことは一日で他生徒の知るところとなった。



「か、格上の魔術師を相手にしてしまい……身動きが取れなくなってしまって……」



「黙れッッ!! 下らぬ言い訳など聞きたくないわッ!!」



 しかしティモールが退学となってしまったことも取り返しのつかぬ失敗ではあるが、さらにカロンの神経を逆撫でする事実が一つ。



「ユーズが……あの役立たずが! 星褒章スターバッジの獲得者なのだぞ!!?」



 オズバルドから聞き出したユーズの順位、それは星褒章スターバッジを受け取る上位だった。

 脱落させるために差し向けたのは新入生の中でも最も強い使い手にも関わらず、だ。



「申し訳ありません……申し訳ありません……」



 ひたすら謝り続けるティモールと怒鳴り散らすカロン、その日のディアトリス家はまさしく地獄絵図であった。

 だが本当の破滅はここから―

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