第8話 サバイバルレース
第三演習場、そこはまるで広大な森と言っても差し支えない空間だった。
こんな場所で何が行われるというのか。
「……まさかこんなものが入学して早々あるなんて知りませんでした。調査不足だったんでしょうか」
ローディは不安なのかため息をつく。
しかし彼女の勤勉さと知識は本当に凄い、恐らく調査不足なんてことは無いだろう。
敢えて伏せられていた行事に違いあるまい。
「何だか少し楽しみだな。ここで
それに反してヴェルはむしろワクワクしていた、頼もしいと言えばいいのか何というか。
「……にしても全クラスの生徒がいきなり争うなんてどうゆう行事なんだかな」
ユーズは辺りを見回す、一クラス約40人だから全クラスではざっと200人。
これだけの人数で競うのだから中々厳しいものになりそうだ。
「何だか前途多難だな」
「どうした? 安心しろ、危なくなったら私が守るさ」
ユーズの呟きに反応したヴェル、ウィンクをしながらの頼もしい一言。
下手な男より遥かに格好いい、何よりその綺麗な顔で言われると破壊力は抜群だ。
「……俺が守るよ、なんたって君の護衛なんだから」
「全く……二人を見てると何だかこっちまで恥ずかしくなってきちゃうじゃないですか」
ぼやくようにローディがツッコむ。
そんなことをしていると一人の教員が生徒たちの前に出た。
「新入生諸君! 揃ったようだな、私がこのレースの主催者であり発案者だ。久方ぶりの再会を嬉しく思う」
聞き覚えのある声、こんな妙な企画を考えついたとあっては納得がいく。
前方に居たのはあの入学試験を取り仕切っていたオズバルドであった。
「これより諸君らにはこの第三演習場、通称"魔の森"の中に入り、奥に立つあの塔へと辿り着いてもらう」
オズバルドが指を指した先、木々の中にそびえ立つ高い塔があった。
「中には試験官が居るが、その試験官がゴールを記録する。その後は空間転移魔法陣を通って校舎へと戻る、そういう手筈だ。早く辿り着いた者先着5名には銀の
そうして死にものぐるいの生き残りをかけた競争がスタートした。
「皆、全力疾走だな。正確な距離を知らないのにあれだけ魔力を消費していては後半バテるぞ」
「ペース配分を考えてはいられないほど必死ってことですね。……最下位から10人は退学と聞かされては無理もない気がしますけど」
ユーズたち三人は序盤なるべく無理をせずに魔力の消耗を控えめにしながら進んでいた。
「どけぇっ! 邪魔だ!」
「うわっ、何しやがるテメェ!」
前方では生徒同士の直接的な争いが発生、気性の荒い生徒たちで潰し合いになっている。
「一番早いルートで直進すれば、参加者同士がかち合って我先にと争い出す。当然だな」
「どうするヴェル? 俺たちは敢えて遠回りするって手もあるけど」
「いいや……」
そう答えたヴェルは加速し、前方の混み合った生徒たちに向かった。
『
「!? うわああっ!」
強烈な水柱が人混みに叩き込まれ、行く手はきれいに空いてくれる。
「先手必勝、正面突破だ」
「……やってから言うなよな」
やや呆れ顔のユーズに対し、してやったりという表情を浮かべているヴェル。
だが追い抜いた後方の生徒たちは黙っていなかった。
「よくもやりやがったな! 許さねぇ!」
『
「!? な、何だ! 何も見えねぇ!?」
先程まで今にもこちらへ襲いかかって来そうだった連中は急に取り乱し、辺りを迷走し始めた。
「あれが闇属性魔法なのか、初めて見たな」
「ちょっとの目眩ましですよ。直ぐに解けますけど今なら十分な効果があるでしょう?」
対象者の視界を闇に包む、それはローディの唱えた闇属性魔法だった。
六属性の中でも比較的希少とされる闇、ユーズは彼女から話は聞いていたものの実物を見るのは初めてだった。
そうして前方の連中をけん制して三人はどんどん先へと進んでいった。
(……何としても! 何としても上位になって
消費する魔力などお構いなしに走り続ける一人の男がいた。
よく手入れされた長い茶髪を振り乱し、ひたすらに前へ進む。
(俺は必ず監督生になってみせる……そして
その男の名はティモール・ディアトリス。
彼には何としてこのサバイバルレースで出さねばならない結果があった。
「良いかティモール。入学式の日に私が学校側へと頼み込み、あの役立たずを排除する算段がついた」
「算段? 何をするというんです」
「やり方はオズバルドに任せてあるが内容は競争だそうだ、何でも演習場の森で行うらしい。そこで最下位そこそこの連中は成績不振の名目で退学にする、つまりユーズをそこで退学に追い込むのだ」
ティモールが息を呑む。
ユーズを追い落とすために仕組んだ策、少々強引だがこのままでは父も自分も到底納得できない。
あの役立たずにこのままでは自分たちが負けてしまう―そんな事実は受け入れられないのだ。
「道を開けろ!」
手に魔力を集めてそれを炎と変える、目の前の障害をその炎でもって叩き伏せる。
今自分の目の前にいたのは赤い髪をポニーテールにした女、それに向かって攻撃を放った。
「……!?」
「何、アンタ?」
ティモールは驚愕していた、その女の纏う炎は自分の持つそれと比較にならぬほどに強力だったからだ。
自分の放った爆炎は相手の炎に吸い込まれてかき消えた。
「ば、馬鹿な……俺の火属性魔法をこうも容易く……」
赤髪の女、その唐紅色の瞳がティモールを見据える。
そしてその右手が持ち上がり開かれたその瞬間―
『
「……何っ!?」
ティモールを囲むようにして円形の炎上網が発生した。
メラメラと燃え続け、止む気配は無い。
「この炎は一定以上の水魔法でなければ消火することはできない、時間までここで閉じ込められていればいいわ」
「なっ、何だと!?」
それだけ言うと女は踵を返してスタスタと歩き去って行った。
「くそっ! ここから出せ! ぐうっ……!」
前に出ようとして叫ぶティモールだが、熱さに耐え切れず後退する。
女がいなくなっても炎の勢いは衰えることがない。
「くそっ! くそっ! くそおおおおっっっ!」
ダメ元で火の魔法を使うが当然消えるわけもなかった。
もう一つ自分に適性がある地の魔法を使おうとしても、未だ実際に訓練したことはないため扱いが分からない。
「だ、出せっ! 誰でもいいっ! 出してくれぇ! 俺はこんなところで止まってるわけにはっ……!」
脳裏に過る最下位から10人は退学処分というルール、このままここにいれば自分はどうなるか……?
そしてもう一つ、ユーズの顔が浮かび上がる。
このままではあれだけ馬鹿にして蔑んでいたユーズではなく、自分が退学になってしまう。
「くそおおおおおっ!!! 出せっ! 出してくれぇえええ!!!」
燃える炎の中でティモールは叫んだ、だがその叫びは誰に届くでもなく森の中へと吸い込まれていった。
「よし、読み通り後半になると他の生徒たちのペースが落ちた。このまま行けば最速でもおかしくないぞ」
塔まではあと少し、ユーズたちは順調にその歩みを進めていた。
ヴェルの少々強引とも言える突破、そしてローディのけん制、何よりこれまで温存していた魔力の分だけ他の参加者より優位に立てていた。
「!? 危ない、伏せろ! ユーズ!」
だがヴェルはその気配に気づいた。
ゴールまで少しというこのタイミングでユーズを狙っていた刃を。
「……!? 樹が……今のは斬撃……?」
ローディは眼前に倒れた樹の断面からその攻撃の性質を言い当てた。
「よく避けたな。ここまで来れば油断している、そう思ったんだが」
「今の攻撃、ユーズを特定して狙ったな……何が狙いだ!」
木陰から姿を現したのは金髪に翠の瞳を持った男子生徒だった。
眉目秀麗とはこのことを言うのだろう。
「お前がユーズ、だな? 悪いがお前を先に進ませるわけにはいかない」
「誰だか知らねぇが……単独ご指名とはね」
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