狐のお姫様、人間の王子様を前にする
聖域に入ったアンとウィリアム様の姿に安堵していますと、精霊長様がおもむろに指を鳴らします。
すると景色が謁見の間と言うにふさわしい様相に変わり、私と精霊長様が座る椅子は樹木で形作られた玉座となっていました。聖域内での簡素な転移の魔法でしょうか、と考えている暇もなく、目の前にウィリアム様がアンを伴ってやって来ました。
「──ウィリアム、様」
隠していない狐の耳がピン、と立ち上がります。その姿を目にしただけで嬉しくて、安心して。でも、私のした事で巻き込んでしまったのだという思いが苛んで。
思わずウィリアム様から視線を外そうとすると、ウィリアム様と目が合いました。
驚いたような顔から、ふと安心したような笑みを浮かべるウィリアム様。私の身を案じていた、と言わんばかりのお顔。
ああ、やっぱり、私。
「だめだよ、王子様。ボクらのお姫様とお話する前に、その目で頭で考えた事をお話してもらわなきゃ?」
「あの時の子供……やはり貴方が精霊長か」
いかにも? と笑う精霊長様は、冷たい目をしています。
そんな冷たい態度を取ったら、精霊長様の印象は更に悪くなってしまいます。そう進言しようとすると、手で静かに制されました。
私はそれ以上口を挟んではならない、そう捉えました。これは精霊長様とウィリアム様の問題という事なのだと。
「ウィリアム・イーリス・アレキサンダー。ボクは君の事を、君の家族の事もよく知っている。口にもしたくないあの男の血縁としてね……チトセから聞いているんだろう?」
「はい。夫人から、お祖父様と精霊姫様の事を教わりました」
「なら、君がボクらのお姫様の隣に立つだけの価値があるのか。証明出来るのだね?」
「畏れながら精霊長様。わた、に、──?」
すっ、と手をかざされた私は、声が出て来なくなってしまいました。
口出し無用という事なのでしょうが、私はウィリアム様の隣に立つ資格は無いのだと、伝えたかった。
──お慕いする期限が過ぎて。それでも彼が好きでいたから彼が苦しむ事になってしまったのなら、私は彼の隣で生きる事を望みながら隣に行けぬ苦しみを味わうのが罪滅ぼしなのだと、ここ数日で考えました。これがお母様の言うような不幸せなのだとしても、そもそも私がウィリアム様を好きにならなければ良かったのです。
精霊長様が考えている事を認めたい訳でもありませんし、私の方がウィリアム様の隣に立てる資格なんてものはありません。
それを伝えられない事を悔しく思いながら、精霊長様を見つめます。
「ごめんね、お姫様。見ていて」
「──ソフィアに何をした?」
「大丈夫。今は君の誠意をしっかりと聞く番だから、静かにしてもらったのさ」
冷たい声のウィリアム様と冷たい目の精霊長様。
私は、争って欲しくない。対立しないで欲しい。けれどこれが必要なのだと精霊長様はおっしゃったから、私は何も出来ない。
前に持って来ていた尻尾を、こっそり握ります。お母様とお婆様と同じもふもふの尻尾が、今の私を勇気づけてくれるような気がして。
「さぁ聞かせておくれ。君は何を考え、何をもってボクからソフィアを取り戻す?」
精霊長様は朗々と問いかけます。
対してウィリアム様は息をついて、その場に跪きました。
「まずは、謝罪を。祖父の、先代王の罪を知らなかった事、祖父の犯した罪が簡単に赦されるものでは無い事、それを理解した上で謝罪を聞いて頂けますか」
「へぇ……受け入れろとは言わないんだね。聞くだけなら木々の擦れる音を耳にするのと変わらないけど、それでいいと?」
「受け入れるかどうかは御心に。そしてソフィアへの態度、行動にも謝罪をさせてください。俺は、彼女との対話を以って、彼女を親元へ返したいのです」
「クエール伯爵の元へ帰すのならボクだって出来るけれど……まぁ、そこはソフィア次第だ。けれどソフィアへの謝罪はボクが預かろう、君があの男のようにならないとも限らないからね」
ウィリアム様の言葉に驚きながら、精霊長様の発言にハッとなります。
精霊長様がお話なさった事をウィリアム様が知っているのであれば、私の存在をこの国に繋ぐ目的で婚約を継続するという可能性もあるのでしょう。
(それは、苦しいわ。きっと今までと同じように想うだけの生活には、もう戻れないもの)
ふたりで池を歩いて会話した事、馬車で気遣っていただいた事、私の為に
そのどれもが私への好意でないのだとしたら、きっとこの想いに悲しみが混ざってしまって苦しくなる。
けれど本当にそうだったら。そんな不安で押し潰されそうな気持ちでいっぱいになってしまいます。
すると、ウィリアム様の顔が上がりました。
「精霊長、畏れながら発言しましょう。──俺のソフィアへの気持ちは、お前に関係ないだろう」
ウィリアム様の瞳が鋭く光ったように思えます。
「俺のこの想いに、お前がいくら偉かろうと口出しする権利はない。行動に口を出されても構いはしないが、この想いを否定も肯定もしていいのはソフィアただ一人だ」
よく通る声が、胸を刺したような気持ちになりました。ウィリアム様の思いがまるで刃物のように突き刺さるような、それくらい激しくて強い思い。
そんなに強い気持ちを私に向けているウィリアム様はまるで知らない人のようで。
けれどどうしてか、そんな姿の彼が私の知っている「ウィリアム」という王子様なのだと、嬉しくなってしまいました。
(ああ、やっぱりウィリアム様が好き)
木陰で手を握ってくださったあの時の、私が大好きな王子様が、今この目の前にいるのだ、と。
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