人間の王子様、知る2
「話が逸れたね。とにかく、精霊長は精霊姫を選び、精霊姫はこのイーリス王国に加護を授け繁栄を願う。これが続いていたのさ」
先程までの鋭い光は穏やかなものへと戻り、俺も落ち着けるように紅茶を飲む。少し冷めてもやはり美味い。
そんな俺の様子を見てから、チトセ夫人は話を進めた。
「──精霊姫は、やはり人間だから死んでしまう。いつかは栄えても、次の精霊姫が現れるまでは緩やかに廃れていく。何事も対価は必ず付くものだ。それが普通だと歴代の王は理解していた」
「しかし、お祖父様は違った。そうですね」
「あの男は、アイリーンを……精霊姫を生かせ続ける方法を探したんだ。肉体の生死は問わずね」
言っている事が、理解出来なかった。お祖父様は、何をしようとしたのか。
「王子様。生ける屍……ゾンビという魔物は知っているかい。魔物に食われ死んだ生き物の体が魔物化した存在、それが生ける屍さね」
ぞわり、と胸が騒ぐ。まさか。
「──あの男は。愛した女を、国の繁栄の為だと
心臓が早鐘を打つ。信じられなかった。
腹に何か抱えているとしても血縁者で、俺達兄弟には剣も勉学も教えてくれた、あのお祖父様が。
「そん、な。そんな大事件、誰にも」
「当然内々で処理されたのさ。分かるだろう? まぁ突拍子の無さはアンタの兄さんが血を受け継いだようだがね」
「なら精霊姫は、その精霊姫と呼ばれた彼女は」
「──死んだよ。魔物に食われ、自分を愛してもいない男に寵愛されるくらいなら、とね」
気高い、最後だった。静かに噛み締めるような声色で、夫人は窓の外を見る。
空には、月が浮かんでいた。
「アイリーンは、夜闇に浮かぶ優しい月のような子だった。決して明るい子では無かったけど、そこにいるだけで落ち着くような、不思議な子……アタシの、親友」
「──どんな経緯でお知り合いに?」
「この国に異文化交流にとアタシが来てね。その滞在先がクエール伯爵領で、アイリーンは当時の
あの男、お祖父様は社交界デビューしたアイリーン嬢を一目で気に入り、事あるごとに愛を囁いた。しかし、王子様でもよく知ってからでないとお受けできないと突っぱねたアイリーン嬢を、お祖父様はクエール伯爵家を脅すように婚約を持ちかけていたという。
「アイリーンはそれでも、婚約を断ろうとしていた。けど、断るのならクエール伯爵家に自領の森を開拓せよと王命が届いた……精霊の住処を人質に取られた彼女は、頷く他に無かった。狂愛に変わったあの男の感情を見抜けないまま、アタシらは彼女を見送るしか出来ず、次に再会した時は自分の胸にナイフを刺して、どうしてこうなったかを話して……アタシ達に感謝して、逝った」
「お祖父様は、そんな許されない事をしたのか」
「ああ。けれど、王家は国民の混乱を避ける為に、精霊姫が事故で亡くなった事にした。しかし王家は精霊姫を
「それが、あの……?」
「お察しの通りの事件さね。けれど、それでは国民の方が困る。だから、クエール伯爵領に嫁いだアタシが精霊長と
だから、お祖父様は『一生あの
身勝手な人だった。愛に狂ったお祖父様は、己が欲で動く男だったのか。
「王子様、アンタが気に病む事じゃない。アンタが生まれる前で、あの男が愛に頭を浮かされたから起こった事。アンタが知っている姿と違う一面の話。だがアンタにはそうなる可能性」がある……律せるのかい、己を」
「ソフィアを、彼女を愛するなと?」
「そこまでは言わない。だが、一方的な感情で傷付けないかと聞いている」
一方的な感情。それはどこまで指すのだろう。
ソフィアを一方的に避けようとしたのは該当するのか。それとも、彼女を婚約から解放しようとしたのは。
兄上と親しくしていると勘違いした時、俺から解放させてやれると思ったと同時に俺をもう好きでは無くなったのかと、焦ったのは。
「──今夜はもう寝るといい、部屋を用意させてあるから。ウチの孫が好いている王子様だからね、丁重におもてなしさせてもらうよ」
立ち上がりそう言う夫人に続いて、老齢の執事がやって来る。夫人はメイドを連れて自分の部屋へ戻り、俺は執事に客用の部屋に案内された。
執事に紙とペンを用意してもらい、ひとりきりになってから聞いた事を書き留める。
……正直。話を聞いて、スッキリとはしない。後味の悪いお祖父様の過去と己の感情でぐちゃぐちゃになった。努めて冷静に書き留めなくてはならないのに。
「ソフィアを傷付けている俺は、ソフィアを愛していいのだろうか」
ふと窓の外に映る月は、優しくも厳しく俺を見つめているような気がした。
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