人間の王子様、知る

 そこにお掛け、と示された椅子に座ると香りの良い紅茶を出された。


「適切な温かさの飲み物は人の心を落ち着かせる。うちの使用人がブレンドした特製のとっておきだ、効果はあるよ」

「ありがたく頂戴しますが、早速……前伯爵夫人。あなたは全てを知っておいで、ですね」


 向かいに座り紅茶を口にする夫人は、その黄金に似た色の瞳をこちらに向けて静かに発言した。


「チトセで構わないよ、アンタも言いにくいだろうし何より堅苦しい話をしようってんじゃない。昔の御伽噺おとぎばなしを王子様にお話する、それだけさね」

「では、チトセ夫人と」

「ふ。アンタの祖父さんよか礼節は弁えていると見える。こんな夜更けに女性を訪ねるのはどうかとは思うけど、それだけソフィアがいないと嫌だという事なのだろうね?」


 子供のする事だからといった調子で笑うチトセ夫人。けれどその目は冷たい光を宿し、食うに値するか値踏みされている──そんな恐ろしささえ感じる。


「彼女を傷付けた事を、彼女自身に謝らねばならないのです」

「そしてソフィアをどうする? あの子自身から王子様に愛されたい、愛して欲しいと求めてはいたが、アンタはこの国に繋ぎ止める為なんて無粋な理由で側に置くのかい?」

「それは、ありません」


 即座にそう答えると、夫人は少し俺を見つめてから、ひとつ息を吐いた。


「そうかい。でも薄っぺらな謝罪をあの子が許しても、中身が伴わねば許しはしない。それは分かった上で動いている、そう認識しても構わないと」

「……意に添えるかは分かりません、流石に俺もおっしゃる通り祖父の血を継ぐ者ですから。ただ、そちらの納得の出来る答えを導けるようを聞かせてくれませんか」


 沈黙。威圧は向こうが上だが、こちらも負けてはいられない。

 もう一度ソフィアに会えるのなら、命以外であれば俺のものは何でも捧げられる。そこは命を懸けろと言われるかもしれないが、それが無ければ彼女に再会する事すら叶わなくなるから出来ない。これは我欲だが、俺は俺のまま彼女に想いを伝えたいからだ。

 それに兄上にはソフィアのと言われたが、元より彼女が望む方を選ばせたいと考えている。愛した相手を想いその愛を抱えたまま秘める苦しみもまた、贖罪と認められるのなら。


「ああ……そっくりだね。強欲を宿したその目の輝きも、頑固な思惑を貫こうとするところも、アンタの言う祖父に。だがアンタのソレはいい塩梅だね。その欲の手綱をしっかりと握りしめている。なら、その手綱を離した男の話は戒めにはなるかね」


 懐かしむような、慈しむような、柔らかな空気が広がる。

 俺は今、目の前の人に、まずは話を聞く事を認められたのだと、僅かに安堵した。


「お願いします、夫人」

「むかしむかし……なんて前口上はいるかい?」


 そんな穏やかな言葉にいえ、と告げる。それこそソフィアに会いにこの屋敷に来たあの日、歓待を受けた時と同じ空気を噛み締めるように感じながら。


「あの男が……アンタの祖父さんが丁度アンタくらいの頃。この国に住まう精霊と人間は、いい隣人として良くやっていた。それこそ、本当に手と手を取り合うような仲だったそうだよ。けど、最後の精霊姫せいれいひめの代で事件が起こった」

「精霊姫……それは、御伽噺の?」

「──完全に御伽噺の存在にしたのはアンタの祖父さんだけどね」


 冷たい金色を向けられ、背筋がヒヤリとする。

 精霊姫。それは何百年に一人我が国に精霊の加護を授ける、精霊に愛された女性。

 しかし、お祖父様の時代でも精霊姫は半分伝説のような存在だったと認識している。それも、ここクエールの土地にしか伝わらない子供達の眠る前の絵本の読み聞かせのような、ささやかな物語として。


「失礼、その精霊姫は親友だったもので。つい感情が抑えられなくなるなんて、淑女らしくない事をしたね。お詫びに精霊姫の情報を整理しようか」

「……お願いします」

「まず、精霊姫はその名の通り精霊に愛される人間の女性がその称号を得られる。特にその土地の精霊の長、精霊長せいれいちょうからね」

「精霊長、とは」

「アンタも見たろう。を」


 そう問われ、脳裏に浮かぶのはソフィアと共にいた精霊らしき夜色の子供。ソフィアを消してしまえる存在は精霊しかいないと思っていたが、まさかあの子供が。


「人間の子供の姿をなさっているが、この国の精霊のおさ。つまりはこの国における精霊の中の王といったところさね。そんな存在に愛されたら「姫」が相応しいだろう?」

「──まさか、」


『人間の王の子。ボクは、ボクら精霊は君から大切なものを返してもらう。取り返したいのなら、最も愚かな人間の血を継いだ君に、このお姫様と釣り合うだけの価値があるとボクらに証明したまえ』


「ソフィアは、言わば。精霊長様はソフィアを精霊姫として護ると宣言なさるおつもりで、アンタから返してもらったワケさ」


 にっこりと、そう言ったチトセ夫人の目は黄金で作られた槍のようだった。

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